第416話 初陣④勝つための戦略
「集合!」
ピリッとした先生の声がして、わたしたちは先生の元に集まった。
総評をするから座るように指示がある。
もふさまが隣にやってきて、よくやったと労ってくれた。
最初は地べたに座ることを嫌がったお嬢さまたちも、今は躊躇いがなくなった。
地に這いつくばらなきゃ死ぬ時もあんだぞという先生の言葉が決め手だった。
「初の魔法戦だ。感想はどうだ?」
「頭が真っ白になりました」
指されてメランが答える。
「作戦通りに動けたと思います」
と、アイデラ。
「授業でできたように試合では魔法を活かせませんでした。それが今後の課題になるかと存じます」
悔しそうな表情でA組の子が答えている。
先生はうっすらと笑みを浮かべた。
「勝敗は大事だ。けれどもっと大切なことがある。それはその経験を次に生かせるか、だ。ま、それも命あっての物種だ。戦いにおいては敗北は死を意味する。死んでいたら次なんてないけどな」
ゴクリとわたしたちの喉が鳴った。
容赦がないなーと思うけど、それが現実なんだと想像できる。
「A組。おきれいな戦い方だった。一対一を意識していたし、倒れた者には続けて攻撃もしなかった。魔法も怪我をしないぐらいのレベルに緩められていた。それでも勝てると思っていたようだが……。崇高な精神は立派だが、魔法戦はスポーツではない。戦いなんだ。騎士になるにしても、もっと非道なことを課せられることもあるぞ」
先生はA組の子を見渡した。
「魔法を安定して広範囲で使えていたな。1学期の授業の成果を見せてもらった。各自、魔法と武力うまいことこなしていた。よって、各々に3点ポイントを付与する」
A組の子たちが嬉しそうにした。
「魔法を派手には使わなかったな。魔力を温存させ、最後に大盤振る舞いするつもりだったんだろう。でもわかったか、出し惜しみしていると、その最後がくる前に勝負がつくこともあるんだ。常に相手との力量を推し量れ。自分たちに何が残っていて何ができるか、戦況は秒単位で変わり、それに合わせて自分の動きも変えていくことが要求される。まぁ、相手がD組でなければ、そのやり方で勝てただろう」
「どういう意味でしょうか?」
ユリアさまが聞き咎める。
「D組とA組は考え方が全く違うってことだ。それは今までの暮らし、経験がかけ離れているからだ。だからA組にとっちゃ、習ったこと通りでない動きをするD組は一番やりにくい相手だろう」
ざっくりとした回答だ。この件に関しては細かに解説するつもりはなく、それ以上は自分で考えろってことなんだろう。意図を受け取り、みんなそれぞれ考えを巡らせているように見えた。
先生がD組に視線を定めた。
「試合はD組の勝利だ。D組に100ポイント」
分配されたのか、5ポイント入ってきた。思わず頬が緩む。これは嬉しい!
「初試合で〝棄権〟者を出した。アイデラ、メラン、ウォレスにそれぞれ5点追加」
頬を上気させる3人に、わたしたちは拍手を送った。
「D組は作戦を練ったようだな。それぞれに役割があり、それをまっとうしていた。各自5点追加」
わぁお、また5点入った。
「最後の畳み掛けも見事だった。敵が疲れたところに、力を温存していた大将が敵大将を打ちに行く。大将同士で戦えるようD組の動きもよかった。水魔法で邪魔者を動けなくし、風魔法で敵大将の勢いをとどめ、帽子を奪う、見事な戦略だ。よって、大将シュタインには追加で10ポイント」
わーと歓声が上がり、みんなに背中を叩かれる。
「さて、A組。敗因はなんだと考える?」
「魔法をもっと練習したいと存じます!」
「思ったように魔法が使えませんでした」
「少し緩めましたし、広範囲にもしました。でも負傷させるぐらいのものにはしていたのに、ダメージを与えられませんでした。練習ではできていたのに」
あ、途中から魔法使ってもバレなさそうだったので、ちょくちょく防御のカーテンを張らせてもらってたからね。
「A組大将ハミルトン、お前は敗因はなんだと考える?」
「……私が帽子を守りきれませんでした。私が弱いのが敗因です」
先生が微かに息を落とした。
「シュタイン、お前は魔力も少ないし体力もないが、魔法の精度は高く、ある程度の腕っぷしもあるようだ。それなのに大将に挑んだのは残り5分を切ってから。なぜ最初から攻撃しなかった?」
それをわたしの口から言わせるの?
「それは先生がおっしゃるように、わたしの魔力は少なく、体力がないからです」
先生がD組の作戦をA組に知らせようとしているのはわかるが、素直に従うのは癪に障る。
だって教えてしまったら、この作戦はもう使えなくなってしまう。
「つまり?」
何が何でも言わせたいみたいだ。
「つまり、……魔法でいえば精度が高いのは長所で、魔力量が少ないのが短所です。武力で言えば、ある程度の腕っぷしはありますが、体力がありません」
言いたくないですをこんなにアピールしているのに、先生は無慈悲だ。
「それで?」
舌打ちをしそうになる。言うまで許してもらえそうにないね。
「魔法も武力もある程度です」
『そんなことないぞ。リディアの魔法も腕もこの中の誰より強い』
思ってもみなかったところから擁護が入って、少しニンマリしてしまった。
心の中でもふさまにお礼を言って撫でて、コホンと咳払いをする。
「最初は警戒心が強いし、始まってすぐは体力があるので、わたしが対峙するには不利となります。わたしが大将とやりあうとして、勝機を見出すにはいくつか条件が出てきます。その条件が揃ったのが最後だった、ということです」
「ほーう。その条件とはなんだ?」
わかっているくせに、とんだタヌキだ。
「敵大将の守りが、わたしだけでも倒せるぐらい少ないこと。大将とやり合うのに体力を保てる射程距離に入ることです。その条件が揃ったのが、最後でした」
先生は父さまがよくするように、顎を触っている。
「最初に決めた陣地からだいぶ動いていたな。あれも作戦か?」
やっぱり、よく見ている。
「はい。相手側の大将は奥にいるものです。あの距離を移動してから戦うのでは、わたしの体力は持ちません。ですので、近づく必要がありました」
「……A組の陣を移動させた。あれも引き寄せたか?」
「…………」
「時間を区切っていたようだが?」
「慣れないことゆえ、戦況に合わせ武力か魔法を選ぶような余裕もありません。集中力も長くは続きません。ですから時間を区切り、魔法を使うターンと武力で攻めるターンを交代制にしました」
「最初は攻めていたようだが?」
「勢いで勝てたら一番いいと思いました。戦いが長く続けば魔力量が少なく、戦いにも慣れていないD組には不利になります」
「合流した時に水魔法を撒いて、みんなをびしょ濡れにしたな」
「土埃が凄かったので、水を撒いたつもりだったのですが、誰かの風魔法とぶつかってしまったみたいで、派手に撒いてしまいました。ごめんなさい」
「布石じゃないのか?」
「?」
「確かに攻撃性は感じられず、間違って水を降らせたように見えた。D組の大将は魔法をうまく制御できていないんだと、見せたかったんじゃないのか?」
A組からすっごい視線が突き刺さる。
「ち、違います。本当に偶然で」
「相手を油断させるための策略だったなら、50ポイント追加してやったのに」
「いえ、違います!」
先生はクックックッと、喉の奥で笑っている。
やめてくれ、メッチャA組から睨まれているよ。
「D組は最初は攻めた。だが、敵陣地に攻め込めるほどではなかった。だからあの時引いたのだな? いや、引きつけた。陣営に敵を引き込んだ。相手に今なら畳み込めば勝てると思わせて、応援を呼び寄せた。そうやって敵大将の守りを減らす。目論見通り、敵大将も陣営から出てきた。大将の守りの人数も射程距離も、シュタインが勝ちに行く条件が揃い行動した、それで合ってるか?」
「……そうです」
「それに最初にやりあったら、残り時間を守りきる体力はなくなるものな?」
ちっ。まったく全部バラしてくれちゃって。
「だ、そうだ。A組はこれで敗因がわかったか?」
「……作戦を見抜けなかったから、でしょうか?」
指された子が困惑しながらいう。
「エイウッド、お前はどうだ? わかったか?」
エリーが指される。
「戦略が浅すぎました。D組の戦略は緻密です。そこまで考えていたなんて……」
「その解答は50点だ。大将、お前はわかるか?」
ユリアさまは唇を噛みしめた。
「……わかりません」
「A組が立てたのは〝作戦〟だ。D組が立てたのは〝勝つための戦略〟だ。その違いだ」
終わりのチャイムが鳴って、授業の終わりの挨拶をした。
「リディア、完敗だわ。でも次は負けない」
エリーの目は熱く燃えている。
「こ、こっちも簡単には負けないわ」
着替えて教室に戻ってから、みんなにエリーへの発言を怒られた。どうして弱気になるのだと。
でも、今回はA組に油断があったからできたこと。わたしたちの実力を知っているから軽くみていた。いつものように崇高精神を持ちつつ〝試合〟に挑んだ。だからつけ入る隙があったのだ。
それに戦略をバラされたから、もう2度と同じ手は通用しない。
わたしがそういうと、みんなつまらなそうに口を尖らせた。