第412話 数式と感情(後編)
黒板をじっくりと見る。このクラスを表しているんだよね?
文字が上の段は19個。下の段は17個。なんとはなしに足してみる。
19+17=36
36。あ、36はクラスの人数だ。男子が19人で女子が17人。
aと合わせたのは男子で、bと合わせたのが女子を表している。
「さあ、なんでもいいぞ。ここから導ける法則を、数式で表せる者いないか?」
手を挙げたジョセフィンが指されて、彼女は前に出て黒板に書きつける。
a(A+B+C+D+E+F+G+H+I+J+K+L+M+N+O+P+Q+R+S)=19
a=男子
先生は拍手した。
もうひとり指されて
a(A+B)=2=貴族
b(A)=1=貴族
これも拍手だ。
「お前たち、筋がいいな。これはもちろん仮定があやふやだから厳密にいえば数式ではない。でも、日常的な何かも、時には感情も、こんなふうに数式にできる」
そう言って、先生はみんなの顔を見渡した。
確かに、言葉混じりになるけれど、数式っぽくはなった。
「そして数式になるということは、それを解けば〝答え〟が出るということだ。
解くということは答えが出る」
答えが出る?
「これからの算術授業で、さらに多くの〝答え〟の出し方を学んでいく。それらを応用させれば、感情の方程式も〝答え〟が出せるかもしれない」
感情の方程式……。
「かもしれない、なんですか?」
先生は軽く頷いた。
「解きたいと思った者の、心持ち次第だな」
えーーー。
「計算をするだけでなく、算術は仮説を立て、それを解くことで正しいと、証明することができる。普段の生活にも、役に立つものだと覚えていて欲しい」
不思議とだんだん、算術がかっこよく思えてきた。
「先生は仮説をたて、数式にして予測することができたり、困ったことを対処することができたら素晴らしいと思うし、その可能性を秘めているのが算術だと思っている」
そう言い切った先生は自信に満ち溢れていた。
頭をかすめるものがあった。
そういえば……と前世で見たことを思い出した。
テレビでチラッと見たんだと思う。高速道路の渋滞を数式にして、それを解いて、実際にその答えが作用するのかを検証する番組をやっていた。導き出した答え通りに渋滞が解消される方法だった! すごいなーと思った。どんな頭の構造をしていると、渋滞を数学で解決しようと思うんだろうと。
外国のドラマでもあったな、数学者が犯人の行動範囲を、計算式でホワイトボードにどんどん書いていくの! 近代ものの刑事ドラマでもプロファイリングから、いくつかの条件を入力するというものもあった。パソコンがそれらを計算していき、地図上に条件のマッチングするところが映し出されていくのをすごいなーと思って見てたけど。前出の昔の外国のドラマでは、それをひとりの人間が、圧倒的な速さで計算式を解いていくシーンが見せ場となっていて圧巻だった。そちらもどんな頭の構造をしているとそんなことを思いつけるんだろうと、羨ましく思ったな……。
仮説を立てる数式や条件を〝現実〟に落としこめるのはすごいことだと思う。
先生は続けた。
「先生は算術が好きだ。だから算術でできることをするし、いつも考えてしまう。でもそれはなにも算術でなくても構わないんだ。
みんなも先生の〝算術〟のように、きっと好きな何かがあるはずだ。
音で表現をすることが好きなものもいるだろう。絵を描くこと。何かを作ること。考えをまとめること。体を動かすことが得意なもの。自分の好きなことが何かあるはずだ。
役立てるというのも、誰かに対してと志が大きいものでも、自分のためになることでもいいと思う。その好きなことを、得意なことを何かに役立てて欲しい。
先生は課題を通してそれを伝えたかった。絶対にそれぞれに役立てることができる、好きなこと、得意なことがあるはずだ」
図っていたようにチャイムが鳴って、先生は終わりの挨拶をすると教室から出て行った。
先生は算術が心から好きなんだなって思った。
日常的なこと、感情さえも数式で表せるという。そういえば兄さまも〝ねじれの位置〟を数式で表してみたいというようなことを言っていたっけ。
今の数式に表してみる頭の体操は面白かったけど、わたしには現実的に難しい。できたらすごいというのもわかるけれど……現実に当てはめていくにはなんか難しそうに感じてしまう、やっぱり。
けれど、先生の考え方は素敵だ。好きなことや得意なことは突き詰めると強みになる。何かに役立てることができる。志が大きくても、自分のためでもかまわない。学問ってやった分だけ、自分の身についたら、役立てることができるんだ。わたしはその当たり前のことを改めて教えてもらった気がする。
思い出していた。
音楽の授業や音楽隊の時にお世話になったメア先生は、音楽が好きだった。音で人を喜ばせることが好きなんだなと思った。音楽にも中途半端にしか関わってないわたしにも、音の楽しさを伝えられるのは凄いと思ったし、その姿勢にほっこりした。
カプチーノ先生やオババさまは占星術。星を読むこと、そしてそれを人の役に立てることが好きなんだろう。過去の統計から未来を見据える、その凄さを表面だけだとしても生徒が感じ取った時、カプチーノ先生はとても嬉しそうだった。統計の概算が合っていたことではなく、それが未来に繋げられると、わたしたちが感じ取ったことが。
古代語も、解体学も、薬草学だって、先生たちはみんなそれぞれの学問が好きだった。すっごく好きなんだなって伝わってきた。〝好き〟の中に信じていることや伝えたいことが存在していて、それがわかると、教わる方も楽しい。先生たちもそれぞれ得意だったり、できることを確立している。表現している。役立てている。
わたしは今世でも前世でも〝できる人〟と会うと、どんな頭の構造をしているんだと羨んでしまうけど。でも、もしかして、わたしも得意なことがあるかな? 好きなことを誰かに何かを伝えられたりするのかな? 役立てたりできるのかな?
それはとても素敵で、わたしもそうなりたいなと強く思った。
今わたしはいろいろ手を出して広げてしまっているけれど、本当に好きなことを職業にしたいな。先生たちをみて、わたしはそう思った。




