第404話 オババさまの占い②謝れる人
お腹が落ち着いた頃、ノック音があり、小さなおばあちゃんと、孫娘ぐらいの若い女性が入ってきて、殿下に異国風の最上礼を尽くした。神聖国の女の子の礼と似ていた。膝を床につけて、両腕をあげ頭と一緒にひれ伏す、それを3回繰り返す。
「フォルガードの小さき太陽に、祝福があらんことを」
「フォルガードの小さき太陽にお目通りを許され、光栄にございます」
「面をあげよ」
孫娘に補助されながら、小さなおばあちゃんは立ち上がり、目の位置で手の甲を重ねそこに額をつけるようにした。
「楽にしてくれ」
ふたりは手を下げ顔を上げる。そして揃って最初にもふさまに視線を走らせた。おばあちゃんの方はすっごく不思議な感じがした。そこにいるのに、いないような。空虚なような。この方が〝オババさま〟か。
「誘いを受けてくれて感謝している。星見をしてもらいたいのは、こちらの少女ふたりだ」
「まさか、ユオブリアで坊主に会うとは思わなかったよ。坊主の誘いに乗ったわけじゃない。坊主の親父には、良くしてもらったことがあるから乗ってやったまで。でもそれも今回限りだ」
若い女性がオババさまの服を引っ張る。
「おばあちゃん、殿下に不敬よ」
「対価は約束どおり支払う。お前の孫娘が困ったことになった時、一度だけ助けてやる」
おばあさんは鼻を鳴らした。
「それは出張費だ。ふたりを見るのに、ふたりには、きっちり7000ギルずつ払ってもらうよ」
「それは当然だ」
後ろに控えていた人が進み出て払おうとするから、わたしたちは慌てて、自分の分は自分で出すと言った。
先にアイリス嬢が別の部屋で占ってもらうことになった。
アイリス嬢がいなくなると、途端に居心地が悪くなる。
「別室でも、お遣いさまが一緒の旨は、了承してもらっている」
「ありがとうございます」
「アイリス嬢が、シュタイン嬢の家で出してもらった飲み物に、氷が入っていたといたく感激していたが、シュタイン家には氷があるのか?」
まさかそんなことを聞かれるとは予想もしていなかった。
氷って一般的には出回ってないっけ?
いいや、魔具ってことにしちゃえ。
「ウチには、いくつもの魔具があります」
にこりと微笑んでおく。
「氷を出す魔具があるのか?」
魔具で氷ってできないっけ? だめだ、〝答え〟を思いつかない。
アラ兄ごめん!
頭の中でアラ兄に謝る。
「魔具は兄の管轄ですの。詳しいことはよくわかりません」
氷はアリに出してもらっているんだけど、そう言うわけにもいかず。
「魔具というと、アランか。学園でも成果をあげているらしいね」
わたしは嬉しくなって頷いた。
「……君の家は、家族仲がいいんだね」
人によって感じ方は違うと思うけど、嬉しかったのでえへらっと笑っておく。
話しているうちに、殿下はウチの情報に詳しいことに気がついた。今日会うからか、事前にチェックしておいたんだね。王子ともなるとそういうことにも気を配らないとなんだと思うと、気の毒にも思う。そしてロサもそうなんだろうなーと思えた。立場が上になると、またその立場で苦労することもいろいろあるのだろう。
「先日は、悪かった」
唐突に言うから、一瞬何のことだかわからなかった。
「その、積極的だとか言って。我が国にブレドが遊びにきた時、大して親しくもない貴族たちが偶然を装って接触してきて、その時のことが頭をかすめたんだ」
ブレドってロサのことか。ブレド・ロサ・ミューア・トセ・ユオブリアがロサの名前だ。
他国の王族と顔を合わせたいのが丸わかりの親しくもない人から、自分をダシに近づこうとされそうになりトラウマになってるのね。そんなことがあったのなら、とんがってしまう気持ちもわからないではない。それに悪いと思った時に謝ることができる人は、わたしは好きだ。
「いいえ、お気になさらないでください」
本心で、わたしはそう言うことができた。
和やかな雰囲気になり、あれこれ話していると、アイリス嬢が戻ってきた。
とってもいいことを言ってもらったようで、表情が明るい。
わたしの手を握り、リディアさまの番ですわと言った。
わたしはもふさまと一緒に部屋をでた。
孫娘さんが待っていて、隣の部屋まで一緒に行く。
中に入り、オババさまの正面の椅子に導かれて座る。
もふさまが、わたしの膝の上に乗った。
「失礼します」
孫娘は部屋を出て行った。
占いかー。あれよあれよと決まってしまったところもあり、何も考えてなかった。急に胸がドキドキし始めた。
「これまた面白い娘じゃのー」
オババさまと対峙すると、彼女はわたしの方を見てそう言った。
そう、わたしではなく、わたしの方を見て。
この方、目が不自由なの?
「お主、呪術に関わったか?」
え? わたしは固まる。
「呪術師ではないな? ということは呪い、ふっ、呪術師でもないのに、光で呪いを蹴散らかしたか?」
わたしはますます固まった。
「だから光属性は、早くに命を落とすのだ」
「命を落とす?」
「ああ。呪術師でないものが完全に呪いを消せるわけがない。だから光魔法で浄化すれば、光の使い手に呪いが残る。お主は自身だけでなく聖なる者がそばにいるから、それくらいですんでいるのだ」
『お前は何者だ?』
もふさまがテーブルの上にあがった。
「その聖なる者は話せるのか? 悪いがワシは話すことはできん。娘、お主は話すことができるのか?」
「……はい。わたしは言葉がわかります」
呪いに関わったことも、属性のことも、もふさまが聖なる者ということも見抜いた。オババさまには隠し事をしても意味がない気がした。
「なんと言ったのじゃ?」
「お前は何者だ、と」
「ワシはただの占星術師。目が見えなくなった時に、少しばかり感度が良くなったようで、それを仕事に生かしておる。さて、聖なる者、お前は何者ぞ?」
見えていない目で、オババさまはもふさまを見据えた。
『我は森の護り手。聖なる方より森の護りを預かりし者』
わたしはもふさまの言った通りにオババさまに伝えた。
「なんと、森の護り手! 長く生きておると驚くことは減るものだが、これはたまげた。娘は何者ぞ? 人族か?」
「わたしは人族です。もふさまの友達です。オババさまは何族なんですか?」
隠蔽が効かなかったポポ族の人たち然り、このオババさまも人族ではないんだろう。




