第403話 オババさまの占い①王子殿下のエスコート
あっという間に、休息日になった。
家族はわたしの外出を心配しているけど、外国の王族の守りとなれば、殿下の自国である護衛、それから王子に何かあったら外交問題になるので、ユオブリアも気合を入れて護衛をするはず。だから確かに安全は安全と思ったようだ。王族は権力ピラミッドでいちばん上だからね。
兄さまは最後まで渋っていた。
けれど兄さまは成人していないから、婚約者権限を出すことはできず、同じく成人していないわたしの保護者はあくまで父さまなので、父さまが許可したことには何も言えなかった。アイリス嬢の付き添いなのだからと、気持ちをおさめたようだ。
断れないとなれば、最後は楽しんでおいでと言ってくれた。
わたしは知らなかったけど、その占い師・オババさまは世界的に有名な人らしい。各国の王族から、国に留まってアドバイスして欲しいと言われているけど、1箇所に留まれない体質なのだと世界中を飛び回っていて、一律7000ギルで星を見てアドバイスをくれるそうだ。
こうした占星術師は、国が何人も抱えている。星廻りを見て災害などを事前にキャッチするためだ。冷夏が予想されるとか、雪が多くなるとか、そういった情報を民と共有したり、そんな気候に強い作物の割合を増やすなど役立て、頼りにされている。国の〝戦略〟でもあるので、表立っては出てこない職業だけどね。
占星術の授業は楽しいけれど、職業とするほど〝できる〟ようになれるとは思えない。統計からの導きなので覚えることは山ほどだし、計算式は複雑だ。そこに加味されるあれやこれや。さわりしかまだ教えてもらってないのに、要点でこれだけ大変なら、本格的に細かく習業することを考えると……早くもギブアップ気味だ。
占星術師のもうひとつの道といえば、占い。個人に対して星見をするサービスだ。その占い師によって占い料は違うし、未来をよむのはやはり難しいそうだ。それだからなのか、占い師は〝流れ〟が多い。土地を渡っていく。ずっといたら、「あの占い当たらなかったわよ!」とか言われるからなのかなと思っている。
でもこのオババさまはかなり有名で、当たると評判らしい。国を跨いで名が通るということは、本当にかなりの実力者なんだと思われる。一度行った街には行かないスタンスらしい。だからユオブリアの王都に2度と来ることはないと予想され、もし占ってもらえるならすごいことだよと、双子も大興奮だ。
そんなに当たるの?と確かめると、どうやらそうらしく。
「あれ、リーの占星術の先生って誰?」
と尋ねられた。
「カプチーノ先生」
双子の顔が明るくなる。
「先生の恩師の話、まだ聞いてない? オババさまはカプチーノ先生の恩師なんだ。きっとこれからリーもいっぱい聞くよ」
双子は去年、カプチーノ先生の占星術の授業で、その恩師にまつわる話を、少し辟易するぐらい聞かされたらしい。へー、カプチーノ先生の先生なんだ。
そう聞いたら、俄然会ってみたくなっていた。
当日は王族も一緒だけれど、ワンピースにさせてもらった。メインはアイリス嬢だしね。といっても、素材や格式にこだわった、一級品のワンピースだ。
馬車が4頭だてできた時には、わたしたちどんだけ重いんだよ?と余計なことを思ってしまった。その前後左右を8人の護衛が馬に乗り守っている。
馬車の中には殿下とアイリス嬢の他に、アイリス嬢とわたし、それぞれのお付きのメイドさんもいた。アイリス嬢には成人したてぐらいの若いメイドさんで、わたしは中堅どころのベテラン風格のメイドさんだった。
まずは王都の誇る、国立公園へ向かった。中央に噴水があり涼しげで、人も集まっている。アイリス嬢は馬車がとても快適だと大喜びしていた。わたしは快適を追求したウチの馬車が一番なので口を閉ざした。
王子殿下もわたしにも気を配っているが、メインはアイリス嬢と誰が見てもわかるものなので、気楽でいられる。
「お嬢さま、こちらのお帽子は今年流行った、ムギーラ帽子ですか?」
わたしのお世話をしてくれる、ヒルデさんに答える。
「そうです」
王都でもかなり売れたみたいだ。生産が間に合わないって、ホリーさんが嬉しい悲鳴をあげていたから。
「私がお店で見たのは、ここに布のあしらいがありました。こちらは紐と……貝殻ですか? それに編み方も複雑で……。どちらで購入されたんですか?」
「これは試作品なんです。なので少し手を入れました」
「まぁ、試作品? お嬢さまは〝アールの店〟に伝手がおありなのですか?」
「はい。わたしはシュタイン領主の娘なので」
調べればアールの店はシュタイン領からの出店ってすぐわかるからね。
ヒルデさんは口に手を当てた。
「まぁ、アールの店はシュタイン領のものだったのですね。すみません、存じ上げなくて、失礼な質問を」
「いえ、とんでもない。ヒルデさんはフォルガードのどちらの出身なんですか? 海が近いのですか?」
貝殻って知ってたもんね。フォルガードも大きい国だから、海と接しているところもいっぱいありそうだ。
「私は王都で生まれ、王都で育ちました。王室付きになり、海外に出る機会を幾度かいただき、海を知りましたの」
「お嬢さまは海に行かれましたか?」
慌てて記憶を辿る。公式でわたし、海行った機会ってあったっけ?
ダンジョン行ったのはあれ秘密でしょ。あれ、どうだったっけ?
ふと白いワンピース、そしてアイリス嬢とルチア嬢の顔がチラつく。
あ、海に行ったことあるや。
「……お嬢さま?」
アイリス嬢がわたしの手を引いた。
「リディアさま、もうここはユオブリアですわ。大丈夫!」
会話が聞こえていたんだろう。急に言葉を発しなくなったわたしが〝あの時〟のことを思い出してしまったからと捉えたのだと思う。
「少し前にあたしたち、船で違う国に連れて行かれましたの。その時あたし、初めて海を見ました」
アイリス嬢が絶え間なく揺れる波を怖く感じたと、茶目っけたっぷりに語った。
「お嬢さま、申し訳ありません。嫌なことを思い出させてしまって」
ヒルデさんが謝ってくれる。いえ、そうではないですというところなのだけど、言葉に詰まった言い訳を他に思いつかなかったので、心苦しかったけど、アイリス嬢の早とちりに便乗することにした。
「いえ、わたしこそごめんなさい」
噴水を楽しみ、少し散策し馬車に戻れば、ひんやりしたレモネードを出してくれる。
次にメインストリートで馬車を降りた。殿下の妹君へのお土産を相談され、アイリス嬢が悩み出した。
お店に入りながら、ここのあれはどうだとか、これを買うなら次の店の方がものがいいとか、アイリス嬢は王都の店に情報通だった。信者さんたちから話を聞いていて、知らずのうちにも情報が集まってくるらしい。
殿下もアイリス嬢もいいとこの貴族のお忍び体裁だったので、お店にも過剰反応されず、8人の護衛は中を見るときは距離を持ってくれているので、わりといい感じに楽しく過ごすことができた。
所々でいいものを見つけ、みんなへのお土産を買ったりした。
次に行ったのは高そうなレストランだった。こちらはさすがに特別室のようなところに通された。もふさまにも専用のプレートも用意されていた。
冷たいフォーみたいなものが出てくる。お肉の盛り合わせと野菜も盛り沢山。果物もいっぱいお皿に盛られていて目を奪われる。
フォルガードで親しまれているご飯なんだって。わたしたちに、自分の国のご飯を食べてもらいたかったと言う。
味付けがユオブリアよりさっぱりしているかもしれない。コースで食べたりもするけれど、前菜から果物まで大皿でバンバンと中央に置いて、好きな時に好きなものを食べるスタイルが好まれているという。
それ、わたしも好みだ。
どれもとてもおいしかった。
もふさまも魔物の肉が入っていたそうで、大満足している。
テーブルの上が一度きれいになり、そしてお茶の用意がされた。