第397話 極秘事項
「先生、わたしも学園に通いたいです。家族は説得します!」
先生は頷いた。
「わかった。冬にも裁判の結果を受けて、ご家族にいま一度確かめることになる。今はそうでも気持ちは変わるかもしれない。よく考えるように」
そう言って、わたしの頭を撫でる。
「悪いな、こんなことしか言えなくて」
それが先生の本音に思えたから。何も言えずにわたしは首を横に振った。
「望むなら、生徒の護衛をつけるぐらいはできるけどな」
生徒の護衛って、その護衛になんかあった方が嫌だよ。職業にしている人ならまだしもさ。
それから、先生が言いにくそうに言った。
「誤解は解いたが、学園内で誘拐があったことを、聖樹さまの力が弱まったんじゃないかと考える者がいる」
へ? ああ、確かに300年ぐらい前よりから、ずっと魔力が足りてなかったみたいだもんね。
「それがお前に遣いのものをやっているからじゃないかとな」
「え、わたしにお遣いさまをつかわしたから、聖樹さまの守りが弱くなり、誘拐されることを許した、と?」
驚いて尋ねると、先生はゆっくり頷いた。
「昔より魔力、魔素が少なくなり、ずっと前から聖樹さまの守りが完璧でなかったことを、学園の上層部と国の議会しか知らない。それから、生徒たちの溢れる魔力を聖樹さまが糧にしていることもな。これは極秘事項だ。
聖樹さまから知らされた。シュタインの魔力は純度の高いもので、お前の魔力を受け、現在学園の護りはしっかりしていると。それは魔法士長により確認済みだ。お前のおかげで学園は安全なものになっているのに、そう発表することができないから……。聖樹さまの力が弱まったと考える者が出るかもしれないし、それはお遣いさまをお前に与えたからだと言い出す奴も現れるかもしれない」
世の中にはいろんなことを考える人がいるんだなー。
先生は〝誤解は解いた〟と言った。そのことで一悶着あったんだね。わたしの知らないところで解決してもらっていることも、山ほどありそうだ。
「そういうことを言ってくる奴がいたら、すぐに報告しなさい」
「……はい」
話が終わったので立ち上がる。
先生がふと真顔になったから、わたしは身構えた。
「酒の入った菓子は、程々にしておけよ?」
え? なんで先生が知ってるの? どっからそれを?
先生の情報網恐るべし、なんだけどっ!
それにしても全く迷惑な話だ。たったひとりの子供が留学してくるだけなのに。それがガゴチ将軍の子供ってだけで、意味合いが違ってきてしまう。でも実際、子供が学園に通ったとして何かできることってあるかな? 学園に何かをしたら、それこそ世界の教育機構をガゴチは敵に回すことになるだろうし。
ま、今〝ガゴチ将軍の息子が留学してくる〟っていう情報しかないんだから膨らませようもないよね。とにかくやってくるのは来年度なんだから、その前の学園祭やメロディー嬢のこと、宿題を片付ける方が先決だ。
学園内は聖樹さまの守りが強化されたので、わたしはもふさまと一緒にならふたりでの行動を許されている。自由に行動できるっていいね。
はぁ、でもその前に早く宿題をやっつけなくちゃ。
「もふさま、寮に帰ろう」
もふさまは尻尾を振って、応えてくれた。
寮では先輩たちへの挨拶もそこそこになった。やっぱりみんな状況は同じで、残りの宿題にてんやわんやだったから。部屋に入った時、違和感を覚えた。
『変なものがあるぞ、不愉快だ』
もふさまが憤慨して鼻を鳴らす。
わたしは鞄から魔石を取り出して、魔具を扱うような素振りで部屋の中を翳していった。魔力探索をかける。2箇所で微力ながら魔力の流れを感じた。
ひとつはアルノルトに取りつけてもらった留守中に部屋の中を録画する魔具。そしてもうひとつ。あれ、……恐らく盗撮。
気味が悪いから、もふさまと一緒に部屋を出た。
『リディア、どうする?』
「アルノルトに任せる。わたしじゃどうしたらいいのか判断つかないから」
伝達魔法を借りるのに兄さまのところへ行こう。でもその間に、わたしが気づいたことに気づいて外されちゃったら?
「もふさま、わたし手紙を出すのに兄さまのところへ行ってくるから、ここで誰も入らないように見ててくれる?」
『ここでリディアと離れるのは得策じゃない。ここに誰も入らなければいいだけなら、結界を張るのでよかろう』
「もふさま、結界はれるの?」
『それぐらいできるが……ここではリディアがやるのがいいだろう』
「魔力を使ったら魔法を使ったってバレちゃうよ」
結界系は無属性だから魔力を食うのだ。
『テントを張るときの結界石があるだろう? あれを置いておけばいい』
「あれ、魔物避けでしょ? 人は影響ないよ」
『人も魔を持つ。魔を持つものは入れないように我が細工をしてやろう』
なるほど!
わたしは結界石を置いて、もふさまに細工をしてもらい、兄さまのいる寮へと歩き出した。
身内がいるといっても男子寮なので敷居が高い。どうしようかと思っていたのだけど、アベックス男子寮に向かって歩いていると、後ろから来た上級生に「シュタイン嬢だよね?」と話しかけられた。わたしがそうだというと「お兄さんに会いに?」と言われ、頷けば、呼んで来てくれると言って走って寮に入っていった。少しするとアラ兄とロビ兄が走って出てきた。わたしは呼んで来てくれた親切な上級生にお礼を言う。
「どーした? 何があった?」
そうだ一般的には〝兄〟と言ったらアラ兄とロビ兄のことで、兄さまは名前で呼び出さないといけないんだと気づく。
わたしは双子の兄たちに伝達魔法の魔具を借りたいので、兄さまも呼んでくれるようお願いした。
「伝達魔法ってなんで?」
アラ兄が兄さまを呼びに行ってくれたところで、ロビ兄に尋ねられた。
わたしは部屋に録画するっぽい魔具がつけられていて、どうすればいいのか父さまかアルノルトの判断を仰ぎたいと伝えた。
ロビ兄の顔が、みるみる赤く染まる。
「リーの部屋にそんなもの取りつけるなんて!」
赤くなったのは、怒りが原因のようだ。
「ロビ兄、落ち着いて!」
「すぐに気づいたんだな?」
ロビ兄がわたしに確かめた。
「うん、もふさまが、入ってすぐに」
「もふさま、ありがとう! 感謝します」
ロビ兄はもふさまに向かって、いきなり土下座をした。




