第395話 フォルガードの王子
「リディア! 元気だった?」
すれ違う子に〝久しぶり〟の挨拶をしながら教室に入ると、レニータに抱きつかれた。バランスを崩しそうになると今度は後ろからキャシーに抱きつかれ、倒れなくてすんだ。
昨日の夜、転移で王都の家に戻ってきて、朝、寮には行かず直行で教室に来た。
「元気だよ。みんなも元気そうだね」
レニータがわたしから離れて、わざとらしく凝視した。
「ちょっとリディア、胸が大きくなったんじゃない?」
真顔で言われる。
『人族は面白いな。乳飲み子ができれば胸は自然と大きくなるもの。子供のいないリディアの胸が大きくなったらおかしなことだろうに』
もふさまが呟く。あー、まぁ、成り立ちからいうとそうなんだけど。
でも、その時だけじゃないもん。わたしはじろっと、もふさまを見た。
気のせいではないはずなんだ。
「どれどれ?」
と正面から抱きついてきたのはダリアで
「本当だ!」
と笑う。
おお! 実はわたしも下着がキツイような気がしていたんだ。
「やっぱり? 実はわたしもそうじゃないかと」
「ちょっとあんたたち、教室でなんて話してるのよ?」
ジョセフィンにもっともなことで嗜められる。
「周りに男子もいるのよ?」
と声を少し小さくした。
あ、そうだったね。あははと笑う。
「でも、それは置いておいて、なんかリディアきれいになった。かわいくなった」
にこっと微笑まれた。
え? なんか素敵なこと言われてる!
「夏休みに何があったのよぉ〜」
レニータが肘で突っついてきた。
あはは、何があったって、想いが通じ合って、スタートラインに立っただけなんだけどね。
「有意義な夏休みでした! みんなは元気だったのよね? いい顔してるもの」
そして楽しかったのは、そのいきいきとした表情でわかる。それに少しお姉さんになっている気がする。
みんなは2、3日前に寮に帰ってきたそうで、お互いの楽しかった報告会はしあったみたいだ。
「ねー宿題、終わった?」
尋ねると、揃って首を横に振る。
「今日提出のものは終わらせたけど、最初の授業の日に出すやつはまだ詰めてない」
やっぱりみんな同じ考えだね。
「算術、問題集終わった? あの量だけで十分なのに、もう一つの何あれ? 考えた?」
「一応ね。問題集は後ろの4ページが難しくて」
「ジョセフィンが難しいんだもん、私にわかるはずないや」
ダリアがさじを投げる。
だよねー。あの後ろの難しかったもの。アラ兄に教えてもらった時はわかったような気がしたけど、後でもう一回見直せば、こんがらがってわからなくなった。
肩がトンとぶつかる。
「あ、ごめんね」
謝ってきたのはニコラス? 肩の位置が! 嘘、背が伸びてる。
わたしの視線でわかったのか、レニータが小さな声で言った。
「ニコラスだけじゃないよ。男子たち、夏休みの間にみんな背が伸びてるの」
言われて、教室内を見渡してみれば、本当だ! みんな竹の子かっていうぐらいニョキニョキ高くなっている。中には横にも大きくなっていたりする。
女子の方も見てみれば、やっぱり背は少し高くなっているし、……わたしだけじゃなかったか、みんなの制服、胸のあたりがきつくなっている。
特に目を引いたのは青い髪のウォレスで、格段に大人っぽくなっていて、色香もまとっている。何羨ましいことになってるのよと、羨望の眼差しで見てしまう。
「ああ、ウォレスね。色っぽいよね、なんか。大人になったのかな?」
ええ、どういう意味?
驚いてダリアを見たけれど、彼女はわたしを見て、にっこり笑うだけだった。
「席につけー」
チャイムと同時に気怠そうに教室に入ってきたのは、1年D組の担任である、ラルフ・ヒンデルマン先生だ。鈍い色の金髪。長めの前髪から見え隠れする瞳は深い青だ。
出席をとりながら、ひとりひとりどんな夏休みを過ごしたのかを聞いたり、背が伸びたとか、日に焼けたとか、たくましくなったとか一言を添える。
わたしは何を言われるかなと半分楽しみに思っていたんだけど、話があるので放課後職員室にくるようにという業務連絡だった。ちえっ。
先生は今日はアダムがお休みなことを告げ、今日が期限の宿題を提出させた。そしてこれから講堂で始業式が始まると言う。その注意事項として、気づいたと思うが……と話し出した。
寮の門から学園の門までのほんの数メートルに、警備の人がバッチリいて何事?って思ったんだけど、2学期からフォルガードの王子殿下が転入してくるそうで、そのために警備が厳しくなっているそうだ。
王子殿下は3年A組に転入するらしい。兄さまやロサと同じ組だ。ということは寮も同じだろう。兄さまに負担がいかないといいけど。
フォルガードは比較的開けた王室ではあるが、外国の王族であり、いくら学園内は平等といっても近づいたりして失礼なことがないようにと注意があった。
式にはみんなで並んで行くことになる。廊下に並んでいると、キャシーが首を傾げた。
「式は全部お休みだね、エンターさま」
「そういえば、そうだね。体が弱いと大変だ」
「式を全部休んでたっけ?」
「うん、学園に来ていても式で集まる時は保健室に行ったりしてたよ。人が集まるところは具合が悪くなるのかもね」
ジョセフィンが言った。
人も集まるし、いろんな人の話を聞く時ずっと立っていることになる。体が弱いと辛いかもしれない。……でもあんなに激しいダンスはできちゃうんだから、不思議なヤツ。
まあ、でも早く良くなりますようにと祈っておく。
講堂の中は、いつもよりざわざわしていた。アラ兄とロビ兄に気づき、手を振る。
兄さまは?と首を伸ばして見ると、ロサと何かを話していた。
先生たちからの〝お話〟がやっと終わる。
そこで舞台に上がったのは、紺色の艶やかな髪を長く伸ばした男の子だった。端正な顔立ちをしていて、切れ長の目がクールな印象を醸し出していた。彼の周りの空気が何ていうか人を寄せ付けないようなムードを感じる。その空気が読めないのか、はたまたそんなところをかっこいいと思うのか、お嬢さま方の目がハートだ。
校長先生自ら紹介する。
フォルガード王国、第5王子が今日から学園に席を置き、わたしたちの学友となるのだと。
紹介されて、彼は生徒たちを一望した。みんなの目が自分に向いていることも当たり前に捉えるのか、特に何も感じてないようだ。この人数だ。わたしだったら震えあがっちゃいそうだけど。
「ラストレッド・カイトス・ヘリング・フォルガードだ。ユオブリアの成り立ちに興味があり、留学を許してもらえたことを感謝している。いただいた機会を無駄にしないよう、いっぱいのことをこの国でも学んでいきたいと思う」
先生たちの拍手で拍手をするとこなのかと気づき、生徒たちも拍手をしだした。フォルガードの第5王子はそのまま、3年A組の列に導かれたようだ。
兄さまと目があった。素敵に微笑んでくれて、わたしも頷いてみせる。
王族ってみんなかっこいいけど、兄さまも負けてないくらいかっこいいね。
わたしにとっては王族の方より、もっとかっこいい。
ちょっと浮かれていたので、嬉しくなって熱くなった頬を押さえていたわたしは、向けられたいくつかのトゲトゲした視線に気づいていなかった。