第391話 神さまと話せる人
「リディーは〝禁忌〟の方を知ったら、怒りだすかもね」
「兄さま、知ってるの?」
「詳しくは知らないよ。ただ瘴気が生まれた原因となった時の話らしいよ」
「そんな話、誰が作ったんだか」
兄さまが手を止めた。
「誰って、神さまだよ?」
「え、神話、創世記を? 瘴気も? それは神さまが創ったんじゃないよね?」
兄さまは驚いた顔をしている。
「? 瘴気はわからないけど、世界は神さまが創られたから、創世記はその時のことを神さまから聞いて、書き残したものだよ」
え?
「神さまと話せるの?」
「今は話せる人は少ないらしいけど、神官は話せたよ」
ええっ?
兄さまはおかしそうに笑う。
「リディーは聖獣さまと話せるのに、神さまと話せる神官はいないと思ったの?」
え。もふさまは聖獣だ。確かにわたしは聖獣と話せる。
神官って神さまと話せたんだ……。
神さまを激しく信仰しているのが教会で、そう導く人たちが神官なんだと思ってた。
でも、そうじゃなくて、神さまと話す役割を持つのが神官なのか。
……聖獣と話せるわたしはなんなのかな? 何か役割があるのかな?
あれ? 神話や、創世記が神さまから聞いたものだってことは、事実ってこと?
「兄さま、冗談じゃなくて? 創世記って神さまから聞いた本当のことなの?」
「そうだと思うよ。そうじゃなきゃ、自分たちの世界の成り立ちをそんな複雑にしたりしないだろ? これも水にさらす?」
「うーうん、そっちは鉄板に」
鉄板の油が熱されたところに野菜を入れていく。ナスの水を切りながら、他の野菜たちを炒め揚げだ。
どこかの世界を真似た箱庭。そこに生命が宿り、仕方なく見守ることになった世界。創造主は封印され。創造主の監督者がその後管理することになった……。
そして禁忌の神話。それを読めば、瘴気の成り立ちがわかる?
「兄さま、禁忌の神話って、どうすれば知ることができるんだろう?」
「……神官の上層部、各国の王や代表は知らされると思うけど。リディー、禁忌は知ってはいけないから禁忌なんだ」
「でも、瘴気のことを知らないと」
「……私もこれからは考えるから、無茶はしないでね。ルシオに聞き出そうとしたり、ロサ殿下に取引を持ちかけたりしないでね?」
うっ、なんでわかった?
「やっぱり、ふたりに聞く気だったんだね?」
「すぐにじゃないよ。ルシオに恩を売っておけば、いずれルシオが神官長になった時に聞けるかなとは思ったけど」
「恩を売るだなんて、リディー、そんな考えをしちゃ駄目だよ。あのふたりならリディーに……そうじゃなくて」
兄さまは頭を振る。
「それに、神官長ぐらいなら教えてもらえないはずだ。世界中の神官の長、大神官か、上から3番目ぐらいの地位までにならないとね。だから、ルシオやロサ殿下に聞こうとしないでね? リディー約束だよ。もし破るなら……家から閉じ込めて出さないようにするからね?」
そう言った兄さまの目は笑っていなかった。
「うわー、姉さまケーキがある!」
「なんで? なんのお祝い」
「後からね」
そう言ってまずは普通のご飯だ。
兄さまと一緒に作ったご飯は、とても美味しくできた。
デザートの時間となり、ケーキを切り分ける。お茶の用意まで手伝ってくれて、ハンナはお風呂に入りそのまま休むと退出した。ハンナはお客さまがいなければ食事は一緒にとるけれど、夜のお茶の時間は自室で過ごすと決めているようだ。ハンナの分のケーキはちゃんと渡した。
「なんのお祝いのケーキ?」
「エリンとノエルが素敵なスキルを持ったお祝いよ」
「「え?」」
双子は揃って父さまを見た。
「凄いスキルを授かったのね、おめでとう」
母さまが祝福する。
「魔力が多いだけでも羨ましいのに。その上、すげースキル、本当にお前たち、凄いな!」
ロビ兄がにかっと笑った。
「おめでとう。凄いスキルだね」
アラ兄も褒め称える。
「とても素敵な力だね」
わたしもふたりをギュッとする。
「おめでとう。気をつけて使うんだよ」
兄さまは双子の頭を撫でた。
双子ははにかんで嬉しそうにしている。
「ありがとう。僕たちのスキルまだ不安定だから。ちゃんと使えるようになったら報告するつもりだったんだ」
「いろんなところから、欲しがられるスキルだって聞いた。だから気をつけて使う。心配しないで」
「お前たちを信じているからな。明日からクジャクさまたちがいらっしゃる。魔使いの家を見てみたいとおっしゃられたから、家にも来ていただく。そのつもりでいてくれ。ノエルは少しクジャクさまと話してみるといい。それからクジャクさまの転移を、経験するといいだろう」
ノエルの瞳がきらっと輝いた。
わたしに向き直る。
「姉さま、使えるようになったら、姉さまの行きたいところ、どこにでも連れてってあげる。だから僕とずっと一緒にいるといいよ。そしたらみんなに会いにすぐに行けるから!」
ノエルったら。かわいいことを言ってくれる。
「エリンの未来視はどんな感じなんだ?」
「どんな未来をみた?」
アラ兄とロビ兄が前のめりで尋ねる。
「最初は夢をみたんだと思っていたの。ものすごく現実っぽい夢だなって。ほら、夢って思い返してみるとどこかあやふやだし、雑でしょ? 領地の子と砦の子が知り合いのはずないのに、一緒に遊んでいたり。そういうところがない夢をみたのだと。でもこの間、ちゃんと起きているときにその映像が頭の中に降りてきたの。それで夢じゃないって」
「へー、どんな映像だったんだ?」
「姉さまが男の子を叩いてた」
え。
父さま、母さま、アラ兄、ロビ兄、兄さまが揃ってわたしを見た。もふさまは今日はゆっくりみたいで、まだ〝会議〟から帰ってきていない。
わたしはブルブルと首を横に振った。
叩いてないよ!
「それはいつだ?」
父さまが真剣な声で聞く。
「いつかはわからないよ」
「場所はどこだった?」
兄さまが尋ねる。
「学園だと思う。制服にエプロンしてる姉さまが、銀の短髪の男の子をパーンって」
エリンが嬉しそうに手を振る。平手打ちしたっぽいね。そんな手つきだ。
「リディー、心当たりは?」
「あ、ありません」
叩いてないよ。
「これからか……」
わたしがこれから、男の子を平手打ちするってこと?
なんでよりによって、そんな未来をみるかなー。
「エプロンしているってことは、寮で何か作っているか、クラブでおやつ作っているか。クラブの子に銀髪の子いる?」
「いない」
「クラスには?」
「いない」
「姉さまかっこよかったし、姉さまは怪我しないわ、大丈夫!」
いや、エリン、そういうことじゃないから。
みんな心配そうに、わたしを見ていた。
「手を出さないよう、気をつけます」
言われる前に言っておく。
「いいや、危険があったときは躊躇わず叩いても、魔法を使ってもいいぞ。リディーに危険がないようにしなさい」
……父さま。
「そうだよ、リーが手をあげるなんてよっぽどのことだ。そんな奴は叩きのめされて当然だ」
「拳を振るう時は、親指を中に入れる方が力が入るからな」(※)
そうなんだ……。
「リディー、そんなことをして手を怪我したらどうするの? やるときは魔法にしなさい」
母さままで。
「ああ、そんなことを聞くと、やっぱりリディーは家に閉じ込めていた方がいいような気がするよ」
……兄さま、冗談っぽく言ってるけど、目が笑ってない。
まさか、本当に……閉じ込もる未来は回避しているはずなのに。
出来事を変え、けれど結末は同じになる、そう伏し目がちに言ったアイリス嬢の顔がよぎる。
「もう、やだなー、みんな心配しすぎ。わたし強いから大丈夫だってば。さ、エリンとノエルはケーキを選んで? どれがいい?」
大きさやベリーを揃えようとは一応したんだけど、まちまちだからね。主役ふたりに好きなところを選んでもらう。
「あたし、これ!」
「僕、こっち」
ケーキは生クリームとベリーの甘さがちょうどよくておいしかったはずだ。みんなの視線が気になって、ケーキを飲み込むので精一杯で、せっかくのケーキなのに味がよくわからなかった。
※実際、親指を中に入れて叩く、殴るなどすると、親指は折れる可能性が高いです。彼は間違った情報を掴まされていて、それを広めています。
ロビンは殴る時など、魔法で強化しているので、怪我はしません。
(それにまつわるエピソードをいつか入れたいとは思っているのですが、忘れるかもしれません^^;)




