第387話 家族間大会議④心配事
数式の答えがみつかったわけじゃないけれど、話せば少し心が軽くなる。
それに気をよくして、わたしは話す気になっていた。
ガゴチの将軍の子とフォルガードの子、テンジモノのこと。ギルバートから気をつけるよう注意を促されたことも。
「ギルバートがか?」
父さまが顎に手をやる。
「何か知ってるんですか、父さま?」
すかさず兄さまが尋ねる。
「いや、ギルド長のハンソンからギルバートが王都に近いギルドへ移りたいと言っているから、副ギルド長が変わるかもしれないと話があったんだ」
そう言って大人たちで目を合わせた。
な、何?
「あ、お嬢はその件、いつもどおりに過ごし、気にされなくていいと思いますよ。ジュレミーがギルド問題を片付けるから」
シヴァがいうと、父さまもわたしを見て頷いた。
「何が起こっているかはわからないが、父さまが処理する。リディーは心配しなくていいぞ。職員は確かに提出される履歴書類しか見てこなかった。だが、これからは父さまが調べるようにするから心配するな」
わたしは頷く。
そうだね、適材適所という言葉がある。子供のわたしにできることはたかがしれているし。わたしはアイリス嬢に人の采配ができるなんて、大きなことを言い過ぎたと自分を恥じた。手を煩わせるのは申し訳なく思うけど、わたしにとって天に向かってそびえ立つような壁と思えることも、誰かはいとも簡単に解決できる手立てがあると思うと、たくさんの人の手を借りるのはやはり正解だと思えた。
メロディー嬢のこと、それに関係してくるバイエルン侯爵家のことは、もふもふ軍団が協力してくれてる。
そうやってひとつひとつ、手立てがみつかり、心が軽くなっていく。
残るは……世界の危機話。息を吸い込み、姿勢を正した。
「もう少しわかってから、この話はするつもりだったの。いたずらにみんなに心配事を持ち込みたくなかったから。だから、先に謝っておきます。巻き込んでごめんなさい。でも、みんなの考えを聞かせて欲しいです」
ひとりひとりをみつめて、もふさまをひと撫でする。
「アイリス・カートライト男爵令嬢がこの間、訪ねてきました」
「カートライト男爵令嬢というと、聖女候補だな?」
おじいさまに、わたしは頷く。
「お嬢が聖女になると、言った娘ですね?」
シヴァにも頷く。
「彼女はある忠告をするために、わたしに会いにきました。その忠告をするために、彼女は自身のギフトを明かしてくれました。ギフトに関することなので正確には言えませんが、こうなるかもしれないという、未来を見ることができるようです。そして信憑性があるように思えました」
「未来が?」
「すげー」
アラ兄とロビ兄が感嘆の声をあげた。
大人たちの顔色が青ざめる。
「自身が関わる未来のみのようです。未来は枝分かれしていて、その分岐した可能性の高いものを見るようです」
わたしは彼女が自身の未来を見ると、分岐した未来が広がり、変わっていく旨を話した。でも、ある時から詳細は違っても行き着く先が同じことを。
「どの未来でも2年後ぐらいに聖女になり、彼女は役割に真摯に向き合いました。……でも、最終的には世界に瘴気が溢れ、生きるもの、生物も、また生物が住めるところも、7分の1になってしまうそうです。生き残れるのはほんのわずか」
みんな息を飲む。
「アイリス嬢は、聖女として決して世界を救えないそうです。未来が変わっていくきっかけが、わたしに関係していると思った彼女は、わたしこそが聖女になるべき、未来を変えられる、そう思いたかったみたいです」
「それはなんとも、辛いギフトになったな」
わたしは頷いた。
「瘴気の暴走はだいたい5年後以降。ひとつの分岐では、どこかの国に攻め込まれ戦いになり、騎士や魔法士たちが駆り出され、手薄になった城にユオブリアを狙っていた新手の敵がやってきて制圧され。そして陛下が、……命を落とすと瘴気の渦に巻き込まれたそうです」
「その娘の夢物語ということはないのか?」
「……そうだったらいいと思います。ただ彼女がそんな嘘をついても利点はないし。母さまから聞きました。初代聖女の倒したとされる魔王は実は瘴気の塊で、聖女の力でもその瘴気をなくすことはできず、ユオブリアの城のはるか地下に封印しているだけなのだと」
兄さまたちとシヴァが息を飲む。
「地形の魔法陣や、王族の魔力を使い、現在もやっとのこと、瘴気を封じ込めていると思われます。アイリス嬢の話を聞いたときに、陛下の魔力が消えた途端、瘴気の封印が解けたことと符合すると思ったんです」
大人たちは顔を見合わせている。
「わたしもそれが杞憂であればいいと思います。でも、アイリス嬢が不安に思っていて、自分が聖女の役目を果たせないことに打ちのめされているのをみると……。だから未来を見たときには、なんでもいいからもっと情報を拾ってきて欲しいと言いました。世界の危機が訪れる可能性があるなら、その可能性をひとつずつ潰したいと思いました」
膝の上のもふさまの頭を撫でる。
「彼女は未来が見えると言って、その世界の危機をみんなに話した分岐もあったそうです。けれど、そう告げると、ユオブリア至上の聖女だとして世界議会に幽閉されることになるようです」
「……なんと」
「あの娘……とてもそうは見えないけど、そんな思いを抱えていたんだ」
「……とてもそうは見えないが、……そうなのか」
「あいつ、それでめげてなくて、兄さまに果敢に迫るとか、すごいな」
茶化すわけではなく、本気で尊敬した様子のロビ兄が感嘆の声をあげる。
「その攻めてきた国や、新手の敵、それがどこの国かは?」
「わからないようです」
父さまは静かに頷いた。
「これからは外国を注視する必要があるようだな」
ほんと、そこなんだよね。
「ユオブリアの下には瘴気があるって公表すれば? そしたらユオブリアを攻撃できなくなるんじゃない?」
「……もし世界を滅ぼそうとする者が現れたら?」
「え?」
「……だって瘴気が蔓延したら、自分だってどうなるかわからないのに?」
「そういう者がいないとは限らない。世界を滅ぼすことを盾にとり、願いを叶えようとする者も出てくるかもしれない。ユオブリアの策略だと言う者もいるだろうし、だから今まで瘴気をなんとか封印していることは秘匿されてきたのだろう」
そういうものか……。




