第383話 再確認
「池に落ちたんだって?」
「なんで宿にいたカトレアが、もう知ってるの?」
「ザニから聞いた」
ザニにはトランポリンの下敷きをあげるんじゃなかったと、器の小さいことを考える。
迂回したアスレチック難関の7番。みんなにやるべきだと連れていかれ。クリアするのは絶対無理だってわかっていた。それをなんだかんだと言われてやる羽目に。
助走をつけて網に飛びつく、網に届くは届いたが、足が網の間にスポッと入ってしまい、手は網を掴むことができず、結果、そのまま後ろ向きに落ち、足は網に引っかかっていて、落ちていく過程で角度がちょうど良かったのか最後に抜けた。盛大な水しぶきをあげることになった。
アラ兄でさえ、大丈夫?といいながら笑いを堪えていた。
もふさまは見てられないとばかりに、器用に目を手で押さえていたよ。
わたしの表情を見て、カトレアはふふと笑う。
「後ろ向きに背中から落ちて、足がきれいに揃えられて沈んでいったって、お嬢さまっぽい落ち方だって感動したみたいよ」
お嬢さまっぽい落ち方ってなにさ!
「もう、怒らないで。魔法で乾かしたみたいだけど、お風呂入っていく?」
「カトレアは?」
「いいわよ、休憩する」
大きなお風呂だ、やったぁー。
この後お風呂の掃除タイムなので、もふさまも一緒に入っていいとのことだ。
「アスレチック 、だっけ? コレも大盛況ね」
わたしは髪を洗いながら、そうだねと頷く。
「またひとつ、見所が増えた。リディアには感謝だよ」
「ええ?」
「大きい宿。室内施設。それからこのお風呂。みんなすっごく喜んでくれるの。帰るときに楽しかったって、疲れが取れたとか、言ってくださるわ。それがまた明日の活力になるのよね」
カトレアは体を洗いながらわたしに言う。
「全部リディアが考えてくれたことよ、ありがとう」
「そ、そんなことないよ。この宿が流行っていて気持ちの良い場所なのは、カトレアたちが頑張っているからだもの」
「それは、もちろん、そうよ」
力強くカトレアが言って、わたしたちは笑いあった。
「……なんかあった?」
「あったわけじゃなくて、ありそうなだけ」
「そっか。あ、化粧水、やっと今日買えたよ」
「買ってくれたの? ありがとう」
「前の人が10個も買うから、後ろに並んだ人たちがひやひやしてたわ」
そっかぁ。ひとりいくつまでと規制しないとダメだね。まあ、そういう人がいたから初日に町の人数より多い個数が売れたところもあるし、ありがたいんだけどね。
「これから使う? 感想聞かせてね。前のサンプルから改良してあるから」
「そーなんだ? 楽しみ! 蓋を開けてみたらいい香りがして、すっごくよかった」
「でしょ? あれは使い切るまでその香りが続くよう、キャップに工夫があるのよ」
「へーそうなんだ。考えたね」
「うん、力入れたよ」
ふたりとも洗い終わったので、髪はタオルを巻き付け上にあげて、湯船に浸かる。
もふさまは最初に洗い終わったので、もうぷかぷか浮かんでた。
「大きいお風呂気持ちいい〜」
「あ、そういえば、今日泊まりにきているお嬢さまたち、アランさまとロビンさま目当てなようよ」
「アラ兄とロビ兄?」
「なに驚いてるの?」
「いや、アラ兄とロビ兄の良さをわかるなんて、通だと思っただけ」
「ツウって何?」
「え、ナンダロウ……」
「時々リディアっておかしなこと言うよね」
「あはは、そうだね」
「領地としては大きくないけど、実りがいいから、これくらいでもいいとか言ってた」
「え。カトレア、その娘たちの名前わかる?」
「えー、お客さまの情報は教えられないわ。直接、顔を見て行って」
「わかった」
まったく、領地の付随品みたいにアラ兄たちをチェックしにくるなんて、そんな人たちにウチの家族は渡さないんだから。
お風呂あがりにカトレアがアイスココアを作ってくれた。
そして腹立たしい考えの団体の顔を見にいく。2年生だね。よし、顔は覚えた。絶対、近づけない!
カトレアの休み時間を使わせてしまい申し訳なかったけど、そこでサヨナラした。
『風呂でずいぶん疲れが取れたようだな』
家に向かいながら、もふさまがわたしを見上げて言った。
「うん、お風呂だけじゃないけどね。再確認したから、もう大丈夫」
『再確認?』
「自分でも嫌なんだけどさ、すぐ挫けそうになっちゃうんだよね。目の前に大変そうなことがあると」
わたしは、メロディー嬢のこともだし、それに関係してくるバイエルン侯爵家の冤罪を立証すること。ガゴチの将軍の子とフォルガードの子、テンジモノのこと。それからアイリス嬢から聞いた世界の危機。冒険者ギルドのギルド長もきな臭いし。宿題は進んでないし。学園が始まったら学園祭の準備で追われるだろうし、年末のアベックス女子寮との勝負だってある。と、もふさまに並べ立てた。
「いっぱいやることがあって踏ん張らなくちゃいけないところなのに、わたしは弱っちくて、そして怠け者だから。怖いし、どうしていいかわからなくて、全部投げ出したくなっちゃう。だからね、再確認するの。わたしの大切な人たち。わたしの大切だと思う場所を見て。これを守りたいんだって強く思って、踏ん張るの!」
わたしにはそれがこの領地だ。豊かになるよう尽力してきたところであり、一緒に考え、切磋琢磨し、喜び合ってきた仲間。互いに助けあって今まで〝在って〟きた。
『リー、辛いの?』
リュックの中からクイの声がする。
「辛いんじゃないよ。ただやることがいっぱいで、大きすぎて、息苦しく思えたみたい」
『リディアがひとりで抱え込む必要はない』
わたしはわかっていると、もふさまに頷いた。
「そうでちよ。みんなに相談するでち」
「うん、時がきたらちゃんと相談する」
まだ、いろいろ早すぎる。何もわかってないときに言っても、いたずらに不安を撒き散らすことになる。
『私も手伝うぞ』
「ありがとう、レオ」
『リー、頼りにして!』
「ありがとう、アリ」
『リー、雷をいつでも落としてやるぞ!』
「ありがとう、クイ」
『なるようになるものです。気をいつも張っていたら疲れてしまいますよ』
「そうだね、みんなとおしゃべりすると気持ちがほぐれるんだ。だから助かってるよ、ありがとう、ベア」
『リディア、もし、どうしても嫌になったら、我に言え。どこにでも連れ出してやる。後のことは任せろ。我は森の護り手。森を護るのは我、使命。人族のひとりであるリディアが辛くなることではない』
「……ありがと」
目をとじて深呼吸。
「再確認して、みんなに甘やかしてもらったから元気出てきた」
「あ、リー、家に帰るよ」
「はーい」
迎えに来てくれたアラ兄に駆け寄る。
大丈夫、わたしは強くいられる。
守りたいもの、大切なものがいっぱいある。
だから負けるわけにはいかないのだ。
弱っちい、自分自身には。




