第380話 約束の意味
「大丈夫よ。わたし、強いもの」
ギルバートに言われたことは父さまに報告して、一緒に考えよう。
もやもやする。領地内はわたしにとって安全な場所だった。ハウスさんの魔力が行き渡り、そのハウスさんのマスターがわたしだからだ。領地で敵か味方か微妙なグレーな存在が現れても、どうしてだかいつの間にかいなくなる。それがわかってから領地では探索を使わなくなった。人の行き来が多いから、いちいち気にしていてもというところもあったし。
先に商業ギルドができて、そっちはホリーさんが目を光らせていてくれたんだ。というか、ホリーさんに任せていたから、気になることが起こることもなかったし。
でも、基本的にギルドの職員さんは領地の人ではない、領地内にギルドがあっても。国の機関でもなくて、世界を股にかけて商人や冒険者たちをそれぞれ支援している。流れてくる冒険者たちには多少気をつけてはいたけれど、ギルドの職員のことはなぜか省いて考えていた。外国の人もいるだろうに。領地内では魔力が行き届き安全だとしても、これからは気をつけた方がよさそうだ。
息をひとつついて、気持ちを切り替える。
さて。今日はダンジョンじゃないし。エリンとお揃いのレイピアで戦うとするか。レイピアを収納ポケットから出して、鞘から抜き振り上げる。
ちょうどいいのがいた。
巨大な猪に見える。皮膚がマグマみたいに煮え滾って見える。
マグマボア:攻撃を受けると、体の表面を高温の炎で覆う。武器をも溶かす。少量の水では意味がないので、みつけても攻撃をせずただ逃げるのが望ましい。
もふさま、強いの追い立てすぎ。
人がいるところでは魔法を制御して使わなければいけないのが面倒だ。
わたしは見せ魔石を投げる。魔具であるかのように。
何かあってもみんなに被害がいかないように風のカーテンを三重にして防御する。レイピアに水魔法をのせる。水人形にマグマボアを押さえてもらったら、あっという間に蒸発した。相当高温だね。
でもそれぐらいじゃ怯まないよ。気の毒だけど、みんなを怪我させるわけにはいかないから。
レイピアを投げると、案の定ボアはそれを口に咥えた。
魔法のアレンジだ。接点がないと魔法を出すのは難しいときがある。特に温度を変える時はね。
では、咥えたその剣先を接点として、魔法の遠隔操作だ。
水魔法、水分は全部マイナス37度に。ボアの生命活動はこと切れ、急に倒れる。内側から水分は全部マイナスにしたから。
「な」
班の人たちが口を開けっぱなしで、呆然としている。
そこにギルバートがやってきた。
「こ、これは、マグアボアか? どうやって……」
子供らしく、自慢することにする。
「内緒。わたし、けっこう強いの」
にっこり笑う。
「姫さん、冒険者にならないか? マグマボアが倒せるならAランクだ」
「わたしなりたいものがあるので、冒険者にはなりません」
そういうと、彼は残念だと肩を落とした。
お昼はロビ兄の狩った魔物をひとつ解体して、そのお肉を焼く。解体も初めての子たちの勉強になる。
お味噌汁と大きいおにぎりはたくさんこしらえてきた。
初めて魔物狩りに参加した子は、最初は怖かったみたいだけど午前の部が終わる頃には、十分に動けるようになっていたそうだ。そしてその狩ったものを食べられるということにも感動している。
お昼休みを挟み、2時間ほど魔物狩りをして恒例行事はお終いとなった。
とにかく、大量だ。みんな自分が狩ったものをギルドに卸した。ギルドも収納箱を持っているから、捌く日をずらしてオーダーを取っている。わたしたち主催者のものは、それらが終わってからお願いすることにした。
もふさまやもふもふ軍団が狩ったものも、すごい量だ。これは遠くのギルドに卸しに行こう。
みんなにご苦労様と、おいしいもので労うことにする。
「リー大物狩ったって本当?」
「あ、マグマボアのことかな? うん、危なかったから狩ったよ」
「どうやったの?」
わたしはロビ兄にそっと耳打ちした。
魔力が少なくてもあんな魔物を倒せるのかとかいろいろ言われていたけど、魔法も使い方次第だ。ものすごい魔法を使ったわけでなく、いつもの水魔法に温度設定を加えただけだ。
「……それは最強だな」
ロビ兄は危険な可能性に気付いたようだ。真剣な表情。魔法は使い方次第で危険だ。
「姉さま、見て、僕たちこんなに倒したんだよ?」
ノエルが、収納袋から取り出した魔物を山にする。
「す、すごいね」
驚いていると、アラ兄も褒めた。
「ふたりでこんなに狩ったのか? すごいな」
「アラン兄さま違うよ。これは僕が狩ったの」
え?
「あたしはね」
エリンが魔物の山の隣に、また別の魔物の山を積み上げた。
「あたしの方が2匹多いわ」
「僕の方が大きいのが3つもいるよ」
「ふたりともすごいよ」
ロビ兄が間に入って、ふたりの頭を撫でる。
「ねー、もうあたしたち強いんだから、特別なダンジョンに連れてって!」
目が爛々と輝いている。
目的はそれだったか。
ふたりともわたしたちがダンジョンと呼ぶものに、違和感を覚えていたようだ。特別なものがあるって思ってたんだね。弱いからそこには連れて行ってもらえないとも。
わたしたちは目を合わせた。次の誕生日にはエリンたちにも秘密を教えるつもりだったし、もうそろそろ話してもいいのかもしれない。もちろん父さまの許可を取ってからになるけど。
「強さでいえば、もっと前からふたりのことは心配してないんだ」
兄さまが言った。
エリンとノエルが兄さまを見上げる。
「でも、何事も挑むには覚悟を必要とされる。強さより前にエリンとノエルには必ず守ってもらわなければいけないことがある。それができるかどうか、まだ不安だ」
「大丈夫、あたし強いもの、守れる!」
「僕だって」
「そういうことじゃない。エリンもノエルも約束を守れるか?」
「「守れる!」」
「でも、姉さまからぬいぐるみを大事に扱ってって言われているのに、未だに投げたりきつく握ったりするだろう?」
「……それは」
「約束が守れないと……、エリンとノエルのうっかりしてしまったことが、私たち家族を引き離すことになるかもしれない」
エリンとノエルは息を飲んだ。
「エリンとノエルが大したことじゃないと軽く考えて、守れなかったことが私たち家族を引き裂くような、大問題になるかもしれないんだ」
エリンとノエルの瞳が、うるうるとしだす。
「約束を絶対に守れる覚悟ができたら、そう言ってくれ。私たちはもうずっと前から、エリンとノエルとダンジョンへ行きたいと思っている」
兄さまがふたりをギュッと抱き込んだ。