第377話 改装中
「お、嬢ちゃんじゃねーか」
「ニア!」
エリンとノエルに脇を固められシュタインの町を歩いていると、ニアにバッタリ会った。
ニアはひと月ほどシュタイン領で暮らすそうで、シュタイン領の警備の臨時の仕事についている。でも今日は警備隊の服を着ていない。
「嬢ちゃんより、ちっこいな」
ニアは少し腰を落として前屈みになり、双子と視線の高さを合わせた。
「エリン、ノエル、ご挨拶は? この前お世話になった護衛をしてくださったニアよ」
エリンとノエルは絡めていた腕をわたしから解いて、礼をとる。
いつもはもっと愛想がいいのだけど。おかしいなと思いながらニアに紹介する。
「わたしの妹と弟です。エトワールとノエルと言います」
「ほー、シュタイン家は大家族だな」
一瞬、頬に傷があり、髭もあって、いかついから脅えているのかなと思ったけど、辺境やフォンタナ家の方が、いろんないかつい人を取り揃えているものね。髭と傷ぐらいでビビる子たちじゃない。
「ニアさんの国の方が、ひと家族の人数は多いのではありませんか?」
「エリン」
ノエルが小さい声でエリンを諫める。
「初対面じゃないの? ニアの出身国を知ってるなんて」
いつ話したのかしら?
「姉さま、初対面だよ。でもわかるよ。この人、ガゴチの人だ」
え? ガゴチ? ニアが? え、なんでガゴチの人がウチの領に?
っていうか、なんでノエル、エリンは初対面なのにガゴチの人ってわかるの?
「ニア、ガゴチ出身なの?」
「ああ、そうだ。よくわかったな」
あっけらかんと言う。
父さまが調べたのかしら? 気を悪くした様子もない。
「もう国を出てから5年になるが」
「国を出たの?」
「ああ、人を探しててな」
じゃあ5年も探してるんだね。私兵になったり、王都に行こうとしたり、でもシュタイン領に来たってことは、手掛かりのところは探しきってしまったんだろう。
「大変だね」
「いや、時には面白いことに出会えるしな。嬢ちゃんみたいな稀有な娘に会うこともある」
ニアがニヤニヤしながら言うと、エリンとノエルが同時にニアからわたしを距離を取らせるように抱きついてくる。
「ウチの家族は誰もあげないんだから」
「そうだよ。誰もあげないよ!」
どうしちゃったの? エリンもノエルも人に失礼な態度をとる子じゃないのに。
「どうしたの、エリンもノエルも。ニアに失礼よ」
エリンとノエルの頬が膨らんだ。
「ニア、ごめんなさい」
わたしはニアに謝った。
「いや、気にしねーよ。ふたりは家族が大好きなんだな」
双子はわたしに抱きついたまま、ニアにちらちら視線をはしらせながら頷いている。
ニアと別れてから、ふたりに鑑定ができるのかを聞いた。
双子は揃えて首を横に振る。
出身国がわかると言うから、てっきり鑑定ができるのかと思った。しかも出身がわかるなら、わたしより鑑定のレベルは上だ。
「じゃあ、どうしてガゴチの人だとわかったの?」
ふたりは顔を見合わせている。
「ガゴチは姉さまをさらった国でしょ?」
「怪しんではいるけれど、確かではないわ」
「絶対そうよ! それにそこの子供が学園に入ってくるんでしょ?」
「どこでそれを?」
「世界議会のおじさんが父さまに報告してた」
「……そうなのね」
「ガゴチは敵でしょ? だから調べた」
「調べた?」
「だから、感じるの。わかる」
ええ?
「姉さま、姉さまのことは私たちが守るから!」
「そうだよ、家族は僕たちが守る。だから心配しないで姉さまは笑ってて」
ふたりはお互いの手を、ギュッと握っている。
「姉さまも混ぜて。エリンとノエルが守りたいって思うように、姉さまもエリンとノエルを、そして家族を守りたいんだから」
愛しい双子にわたしは抱きついた。膨れてた頬が戻ったかな。
「エトワールさまー、ノエルさまー!」
町の子たちだ。呼ばれたエリンたちも表情を綻ばせる。
「遊んできていいよ。夕方になったら、改装中のスペースに来てね」
ふたりは元気に頷いた。
「ああ、リディア、来たか」
「父さま」
「双子は?」
「町の子たちと遊びに行った」
「そうか。どうだ? リディアの考えていたのと大きく違いはないか?」
「思ってたより、ずっと立派で驚いている、楽しそう!」
わたしが町で作りたかった施設、それはアスレチック会場だ。トランポリンとソリスペースは宿に泊まりにきた人たちにも室内アトラクションとして人気が高い。
新たな遊戯施設を期待され、長いこと考えていた。自然の山などうんざりするほどあるし、子供たちも運動能力が発達している。だからアスレチックなんて見向きもされないかなと思ったけれど、案を出してみたらみんな乗り気になって、大工さんや、土魔法が得意な人や、職人さんを巻き込み、案を出し合い、あっという間にこの施設を完成させた。
今日は発案者として、様子を見にきたのだ。
わたしがイチ押しでお願いしたのはトランポリン素材で高さ2メートル以上の太くはない円柱を作り、それをある程度距離を置き立てておくといったもの。その上を跳び移って渡りきる。普通ならなんなく届く距離だけど、高さがあると怖い。そして弾む素材だから、面白がれる人と、距離感がつかめなくて困る人も出てくるだろう。もちろん下には落ちても怪我をしないようにトランポリンを敷いている。長い滑り台やターザンもあるね、ちょろっと言っただけだけど、しっかり伝わっていたようだ。
父さまもチェック仕事の途中のようなので、わたしはもふさまと回って見ていくことにした。
1、土の山。なんてことはないただの3メートルの高さの山だ。これを登って降りなくてはいけない。斜面の角度があるので、勢いか運動能力が高くないと上まであがるのも困難なところ。わたしは上からロープを垂らすような補助がないと上まであがれないだろう。だから、もちろん回避する。
2、大工さんが心を込めて作った、丸太の道だ。上がったり下がったり狭いところを通ったり。
3、吊り橋。下はご丁寧に池だ。何気に怖いよね。
4、いかだ渡し。池の上のイカダに乗り、左右の縄を手繰り寄せて向こう岸に渡るもの。けっこう手の力を使うやつだ。
5、山型に張られた網を登って向こう側に。網はしがみつく自分が動けば揺れるから、これまた不安定で大変だよね。
6、高さの違う丸太が縦に並ぶ。その上を渡っていく。
7、次のアトラクションへと続く道が池で遮られる。池の真ん中に網がぶら下がっている。そこから、その網を伝って、次のところへいくことができる。つまりジャンプしてぶら下がっている網に飛びつく。
8、ターザン。
9、大滑り台。
10、わたしの考えた円柱渡り。
11、トランポリン
どれも面白そうだけど難易度が高かったので、見るだけに留めた。
父さまが横に並ぶ。
「短期間で良くできたね」
「作り手も面白そうだと言ってな、早く叶った」
父さまは顎を触りながらニヤニヤと笑った。