第376話 シアター⑤カウントダウン
定期的に話をする約束をして、アイリス嬢は帰っていった。
彼女はロサバージョンとイザークバージョンの映像をわたしに見せて、わたしと兄さまの相性が悪いのだから婚約はやめた方がいいと諭しにきたのだった。
けれど、わたしが世界の終末の方に食いついたので驚いたようだ。
他の映像もしくは本が見られないのが、残念だ。
違う観点から検証すれば、何か見えてくることがあるかもしれないのに。
それにしてもどうして恋の相手が違うバージョンがあるのだろう?
アイリス嬢はあの5人と大恋愛をする可能性があったから? 逆にあの5人以外が相手の物語はないのかしら?
なんかアイリスって、選ばれた娘って感じがする。
『考え事か?』
もふさまに静かに尋ねられる。いつのまにかリュックからでたもふもふ軍団は、テーブルの上にちょこんと座っている。
わたしはもふさまともふもふ軍団にお願いをした。
アイリス嬢との話は、まだ家族にはしないでほしいと。
アイリス嬢はわたしの家族に相談するかどうかは、わたしの判断に任せると言ってくれた。
もうちょっと情報が集まらないと、考えようもないしね。
そういうと、みんな頷いてくれた。
「みんなの意見を聞きたい」
そういうと、もふさまともふもふ軍団がわたしに視線を合わせた。
「アイリス嬢の恋物語では、苦労はあるけれど、世界の終末は訪れない。けれど、ピンクの髪の聖女が現れた噂が経った頃から観る未来の物語では、世界の危機が訪れる……」
海辺で魔物と戦い、傷ついたもふさまの血を浴びて真っ赤に染まったわたしが、海の主人さま登場の波で洗われてうっすら桃色になったという。海の主人さまがもふさまに生気を入れてくれた。その様子は大きな獣に寄り添っていたわたしが、獣を癒しの力で起きあがらせたように見えたらしい。それを見た人たちが、聖女が現れたのではないかと言い出して噂になった。
あの前後に、世界を終末に追い込むような、分岐ができたということ?
『どうした?』
聞きたいと言った話の途中で口をつぐんだからか、もふさまに促される。
幸せ映像と、終末の未来の違いを、今の段階でひとつ挙げることができる。
でも、そんなわけない。そんなことが世界を変えるようなことであるはずない。首を振って嫌な考えを振り落とそうとする。でも……だとしたら……だとしても……わたしに何ができるのだろう……。
「……やっぱり、なんでもない」
視線に気づく。みんなが心配そうに見ていた。だから軽い調子で言ってみる。
「バランスが崩れて瘴気を封じていられなくなったら……っていうか、最初にわたし影響受けそう」
「大変でち! 瘴気が増えたら、リディアどうなっちゃうでち?」
『寝込むで、すめばいいけど……』
レオでさえも言葉を濁す。
マジで生死がかかってくるんだけど!
『ねー、リー、あの娘が聖女になるの?』
わたしはアリに頷いた。
「多分ね」
『あの娘は器になる条件は満たしているようだけど、女神さまの力を受け入れられるかなー?』
「レオは聖女になる条件を知っているの?」
『正しくは知らない。でも匂いでなんとなくはわかる』
「瘴気のこと、人族には知らせてはいけない制約があるんだよね? それには触れない範囲で、瘴気や聖女のこと、今じゃなくても思い出した時でいいから、みんな教えてくれる?」
もふもふ軍団が顔を合わせている。
『リディアはあの娘を疑わないのだな?』
「え?」
『アカシックなんとかだったか? あの娘が物語を読む力を、世界の記憶だと思っているだけだったらどうする? リディアが観た物語は本当だとして、世界の危機はあの娘の思いつきだったら』
あ、なるほど。
「そんな嘘をついても、何のメリットもないよ」
『メリット?』
「ええと、利点。世界に危機が訪れるとわたしに言っても、何の利点もないでしょ?」
世界の危機という嘘は生産性がないから、そんな嘘はつかないと思う。
それに言う時は手が微かに震えていた。あれは演技じゃない。
「それに、変わらないよ」
『どういうことだ?』
「世界の危機が夢物語なら、それはいいこと。でも何億分かの1でもその可能性があるなら、潰さなきゃ。それが事実かどうかは関係ない。だからやることは変わらないでしょ?」
『……リディアは……』
「でも、もふさまがそう言うってことは、世界の危機になるようなことがある場合、護り手がわからないはずはないってこと?」
だってもふさまは森の主人だから。
『ああ、そうだ。瘴気が増えた報告もないし、護り手の集まりでそんな話は出ていない。聖なるお方からも話があったことはない』
「それならよかった!」
『よかった?』
「うん。これから問題が起こって話が出てくる可能性はあるけど。もし、聖なる方々が危機を感じていないなら。そして滅びていくのを黙認するわけでないのなら、それは突発的な事故のようなものっていうことになる。だったら余計に防ぐ手立てがあるかもしれない」
『不思議ですねぇ。リディアがいうと、本当にそんな気がしてきます』
嬉しいことを言ってくれるね。
『リディアは世界の成り立ちを知っているか?』
「世界の成り立ち? うーうん、知らない」
『では神話を知るといいだろう』
「ねぇ、もふさま。前から不思議だったんだけど、聖なるお方は神さまと違うの?」
『聖なる方と、神は違うぞ』
「女神さまもいらっしゃるんだよね?」
もふもふ軍団が大きく頷く。
聖なる方って何者なんだろう? 神さまとは違う世界の護り手たちの長。
「そのー、もし人族が知ってもよかったら教えて欲しいんだけど、聖なる方と神々ってどういう関係なの?」
『昔は仲がよかったそうだ。我はそれしか言えない』
ってことは今は仲が悪いのか。
「わかった、ありがとう。神話を勉強する。それから歴代の聖女さまのことも調べなくちゃ」
『なんでだ?』
「初代聖女さまは魔王を封印したことになっているけれど、それは瘴気だった。ってことは、その後の、火山だったり、川の氾濫だったり、疫病なんかも、もしかしたら瘴気だったのかもしれない」
『人って、リディアって、本当面白いな!』
レオが興奮したように言った。
「え、何が?」
『人は私たちよりものすごく弱いが、こうして群れて我々よりはるかに種族を残している。弱いけど、強いんだ。弱い者なのになんで惹かれるんだろうって思っていたけれど、違う。弱いけど、強いんだ。だから私たちは〝人〟に惹かれるんだ』
わたしはアイリス嬢のギフトで世界の記憶を見せてもらった。悲惨な映像は見ていないけど、アイリス嬢は嘘をついていないとそう思っている。
レオやみんなは、わたしと同じように世界の危機の話を知った。映像を見ていないから、アイリス嬢の言葉で聞いただけだから、世界の危機を受け入れられていないのかもしれない。
けれど、その話を聞いた後に、違うことで興奮しているレオの方が、不思議で面白くて強いと思うよ、うん。
レオはすっきりとした顔をしている。わかるようなわからないような、だけど、レオが納得したなら、それでいっか。
さて、方針も決まった。わたしがとりあえずするのは、神話を読み解くことと、歴代の聖女たちを調べること。やることが決まっていれば、心を落ち着かせることができる。
にわかに信じられないけれど、実感が湧いているわけじゃないけれど、世界の危機ってかなり怖いことだよ。
だってさ、カウントダウンはもう始まっているのだから。