第374話 シアター③人脈
「アイリスさまが、聖女に目覚めるのはいつですか?」
彼女はしゃくりあげながら言った。
「2年後です」
「瘴気の暴走が起こるのは?」
「物語によりますが、だいたい5年後以降です」
「なぜ瘴気の暴走が起こるのです?」
アイリス嬢は首を傾げた。
「いろいろです」
「いろいろ?」
「ええ」
なんでそんな肝心なことが、大雑把なんだ!
「覚えているものでいいので、詳しく聞かせていただいても?」
「どこかの国が攻めこんできて戦いになるんです。騎士たちや魔法士たちが駆り出され、手薄になった城に、ユオブリアを狙っていた新手の敵がやってきて制圧されてしまいます。それで……陛下が、その、処刑されたとたん、お城が瘴気の渦に巻き込まれるのです」
母さまが言っていた、王宮のはるか下に瘴気を封じこめている話と符合する。
王族たちの魔力、そして地形を利用して封じ込めているって言ってた。そして陛下の魔力量は桁違いだった。陛下の魔力が消えると、封印が解けてしまうってこと?
「アイリスさま、それらの映像もわたしに見せていただくことってできますか?」
「ええ」
こくんと素直にアイリスさまは頷いた。
「けれど、覚悟なさって。とても辛くなると思いますわ」
この娘は一人で、それに耐えてきたんだね……。
「……アイリスさまと共有できるから、きっと大丈夫です」
アイリス嬢は泣き笑いのような顔になり、〝では、いきます〟とわたしを促した。
軽く目を閉じて、目を開けると……あれ?
わたしの表情で〝観ていない〟ことに気づいたようで、もう一度、ギフトを使ったようだ。でもさっきみたいに映像は流れてこなかった。
「映像によって、人に見せられるものとそうじゃないものがあるようですね。幸せな恋物語の方だけでも見ていただけて良かったですわ。そうでなきゃ信じてもらえなかったでしょうから」
「……映像ではなく、本ではどうでしょう? わたしが読むことはできますか?」
アイリス嬢はわたしの前で、分厚い本を開くような仕草をした。
「見えますか?」
わたしに渡してくれようとしたが、それは見えないし、触ることもできなかった。
そうか、さっきの映像が見えたことが、稀なのかもしれない。
「アイリスさま、まだ時間があります。これから未来を見る時は、なるべく情報を覚えておくようにしましょう。千差万別に思えても、流れはきっと同じです。アイリスさまがどんなことをきっかけとして聖女に目覚めるのか、攻めてくる国はどこか、新たな敵はどの国か、なぜ攻められるような動きがあったのか、流れがあるはずです。それを覚えていてください。それは絶対にアイリスさまの力になってくれます」
「あたしの力に?」
「いろいろなバージョン、あ、えーと、いろいろ分岐した未来があるのなら一概には言えないですが、今お聞きしたものだと、陛下の魔力が消失することが、瘴気暴走のきっかけのひとつかと思えます。
新勢力や攻めてきた国、何かしらのユオブリアとのトラブルがあったのだと思われます。その戦いが起きたり、ユオブリアが制圧されることがなければ、瘴気が暴走する世界の危機にならないかもしれません」
瘴気の暴走が起こらなくても、他のことに変換され何かが起こって、やっぱり世界の危機になることも考えられるけどね。
「……あたしがこのギフトで知ったことを訴えた未来がありました。でも、それはユオブリア至上主義の聖女の戯言として、そう言わせたのだろうと他国に糾弾もされたし、あたしは世界議会に幽閉されることになります」
わたしは息をのんだ。
そうだよね。そんな世界の終末のような映像を見て、いろいろ考えるし、何かする未来もあるだろう。でも、それを訴えれば自分が幽閉されてしまう未来となる。……今まで心が折れなかったことが、彼女のすごさなのかもしれない。
もしわたしがそんな目にあっていたら、この未来に行き着くとは言い切れないと自分を慰めたとしても、とっくに病んでいると思う。そして見ないようにギフトを封印するだろう。
わたしはカタカタと揺れている、アイリス嬢の手の上に手を重ねた。
「きっといい方法があるはずです。原因がわかって、その根本をなんとかすれば回避できるかもしれません。例えば攻めてくる国、その国がどこかわかったら、なぜそんなことになるのかを探って、その根本を取り除き、そうしたらユオブリアが制圧されることなく、瘴気暴走も免れるかもしれません」
国同士の揉め事の根本をなんとかできるなんて夢物語だけど、そうできなかったら世界の危機という未来に近づいてしまう。とにかく今はデータが欲しい。
「そんなことができますか、あたしに?」
「未来の幾つもの分岐を知る、聖女になられるアイリスさまだけが、できることです」
「でも、あたし、そんなの思いつけません」
「そうです。人はだからいっぱいいて、みんな考えが違い、思いもそれぞれ違う。だからこそ補いあうことができるのです」
「補いあう?」
「はい、そうです。人はとてもちっぽけです。それでもいろいろ発展してきたのは、みんなで補いあってきたから。誰一人として欠けていたら、今の世界にはなっていないのです。だから全部ひとりで背負い込む必要はありません。みんな得意なことが違います。考えたり、策を練ったり、それが得意な人がいます。アイリスさまが苦手なことはそれが得意な人に任せればいいのです」
「でも世界の終焉を伝えたら、あたしは幽閉される……」
「誰彼に言うことでもありません。信じるに値するとか、託すこと、その判断も大事なことです。そしてその、人をみることを学び、伝手を広げるまさにその場所が学園です。わたしたちはちょうどいいことに、人脈を広げられる学園に、今、在籍しているのです」
ふうと、一息入れる。
「アイリスさまは、わたしを信じてお話しくださったのですよね? わたしもそれに応えましょう。わたしも人脈を広げている途中ですが、得意なことを得意な人へと采配する、そんなお手伝いができるかもしれません。いえ、そうなりたいと思います」
世界が7分の1になっちゃうなんて、そんな恐ろしい未来になって欲しくない。
「アイリスさま、未来を見るのは辛いと思いますが、見た時にはなるべく多くの情報を拾ってください。アイリスさまが取るに足らないと思うことでも、何かしらのヒント……じゃなくて手掛かりになるかもしれません。
あ、そうだ。今すぐではありません。アイリスさまのギフトがどういうものか、細かく言いはしませんが、ウチの家族は信用できる人たちです。瘴気暴走の回避にいい案が見つけられると思います。ウチの家族にはそう言う未来が起こるかもしれないと相談してもいいですか?」
アイリス嬢の目が泳いだ。