第370話 子供だけでお出かけ⑭テンジモノ
「派手にやったそうだな」
ニヤリと笑ったのはロサだ。
ロサ殿下はスクワランを避暑地に選んだようだ。
会うときはかしこまらず普段着でいいと書き添えられていて、お言葉に甘えた。ロサもタイもしてない力を抜いた感じの避暑地風の格好だ。
わたしたちがカンパインで騒動を起こし、スクワランにて訴えていたことも、もう知っていた。人売りのジュドーを手配したことも。
何があったのか詳細を知りたいというので話すと、馬車を横転させられたあたりで表情が硬くなり、無事で何よりだったと胸を撫でおろしていた。
「いつ帰るんだ?」
「今日の午後には発つよ」
「気をつけた方がいいな」
「どういうこと?」
「往々にして悪いことを考える奴らは自信がある。悪いことをしても捕まって罰を受けていないから、このままみつからないとか、罰せられないとか変な自信を持っているんだ。そういう奴は悪いことから足を洗えずに、そして対峙したものとはどちらかが潰れるまで絡んでくる」
わたしたち4人は顔を見合わせる。
「ありがとう、肝に命じるよ」
兄さまが代表してお礼を言った。
「それとは別に言いたいことがあったんだ。できるだけ早く言いたかったから、学園が始まる前に機会があってよかった」
お茶菓子に誰も手をつけていない。でもさっきから気になっていたので、わたしはチョコレートでコーティングされているフルーツに手を伸ばした。
果物を生乾きにして、そこにリキュールと合わせたチョコレートで覆っている。リキュールを使い、酸味と果物の甘味をより際立たせたものにしている。
ソフトドライ苺のチョコレートがけ、間違いなくおいしい。
完全なドライフルーツにした方が日持ちはするだろうけど、この生乾きのなんともいえない食感にチョコレートを合わせたのが憎い。チョコレートがいっぱいあればこういうのも作れるんだけど。
「話、とは?」
「フォルガードに変わったやつだけど、友達がいるんだ。彼は夏休み明けに留学してくる」
留学生か。ロサ王子の友達っていうと、向こうも身分が高いだろう。
「殿下と同い年ですか?」
「いや、向こうがひとつ上だ……」
「それで?」
ロサは少しだけいい篭る。言いにくいというより、どう話すのがスマートかと考えているふうだ。
「彼は変わっているんだ。なんていうか、リディア嬢は変わっている人に目をつけられやすいから気をつけてと言いたかったんだ」
「気をつけろとは、危険人物なのですか?」
兄さまが踏み込んで聞いた。
「私の友達だぞ。危険人物ではない。ただ、あることに傾倒しているというか、目がないというか」
「ロサ殿下、言うべきことは、はっきり言ってください」
ロビ兄が容赦無く言う。
ロサは一国の王子さまなのに、ウチの家族からはわりとぞんざいな扱いを受けている。特にロビ兄が顕著だ。嫌っているわけでもなさそうだけど。
オレンジのチョコレートがけ。酸味と甘味が計算されたおいしさだ!
もふさまはわたしの足元で大きなあくびをした。そして顎をぺたんと床につけている。
「ハハ、悪かった。君たちは〝テンジモノ〟を知っている?」
展示物?
気になっていた葡萄のチョコレートがけに手を伸ばす。
これまた絶妙だね!
「私は実り多きを与えてくれる〝聖女さま〟をそうと知らない者がそう言って伝えたと思っているんだが」
ロサはチラリとわたしを見る。
「歴史が大きく動く時がある。生活の水準があがったり、知識がもたらされたり。それらは神の領域とも思えるぐらい、思いもよらなかった高度なことばかり。神が転じてこの世界にやってきたんじゃないかという意味合いでそう呼ばれているようだ」
わたしの喉が鳴った。
「文献に時々登場している〝テンジモノ〟は、聖女だと名乗らなかった聖女ではないかとか、実は聖なる方は女性だけじゃなくて男性の時もあって、そういう方たちをテンジモノと呼んだんじゃないかとかいろいろ推測されている」
あ…………。
「私はリディア嬢と出会った頃、君が聖女かテンジモノじゃないかと思ったんだ」
またまたわたしの喉が鳴ったが、ロサは気づかなかったのだろう、そのまま続けた。
「たった5歳であの知識と頭の回転の速さ。そして君の作る料理や物は、どこか他の世界から持ち込んだように、発想が段違いだった。思いつけるような差ではなく、突飛なものに思える。料理だけじゃないよ、考えかたも、シュタイン領から生まれたものは異質だ」
ロサはニコッと笑った。
「その友達は〝テンジモノ〟に傾倒していてね。まぁ、聖女候補に入れ込むとは思うが、君も発想が素晴らしいからあいつに目をつけられないように気をつけてと言いたくてね」
テンジモノは……転じ者、異世界転生者のことじゃないかな? やっぱり今までにもいたんだ!
醤油や味噌をみつけた時に、異世界転生者がいるのかもしれないって、ちょっと思った。それも同郷だ。もし、いるとしたら、わたしが商品登録した物やメニューで転生者がいると気づいて接触してくるかと思った。今まで一度もなかったけれど。
「あ、そうなんだ、ありがとう」
なんかおかしなテンションになってしまった。
「そのお友達はテンジモノは聖女さまのことだと思っているのよね?」
「そういう説もある、ぐらいにはね」
「文献でテンジモノは結構出てくるの?」
「いや、歴史が動くようなときのことを書いた書物で見たことがあるぐらいだな。聖女さまと同じでいつもたった一人しかいないみたいだから」
あ。そういうことか。
聖女も転じ者も、その時、世界にひとりきり、確認されているだけなんだ。
同じ転生者に会いたかったかというと、それはよくわからない。ただ、今まで登録してきた商品は前世の知識のものとわかるからバツが悪いと思ったけど。同時にどこか期待していた気もする。お前、異世界からきたのだろうと、同じく前世の記憶がある人に言われることを。でも残念ながらそんなことは起きなかった。商品登録されたもので、転生者が作ったに違いないと思えたものもなかった。
だからずっと昔に転生者がいたのかなと思ったのだ。醤油とか味噌のある遠くの国のことをハリーさんに聞いたら、今は普段着には着ていない民族衣装が聞いた限りだと浴衣みたいだと思えて、日本と何か繋がりがあるのではと思っていた。
いつかその国には行ってみたい。