第366話 子供だけでお出かけ⑩合法
わたしたちは言葉巧みに説得されるようにして、レオを抱えさせられて連れていかれた。
わたしの人売りのイメージは、以前売られそうになったときの奴らそのままだ。
悪いことやってそうな人が、商人を真似ている感じ。
でもここは、いかがわしい居酒屋? 人売りというより商売をしているような……。流れの人売りが店を構えちゃってるの? この町が拠点なのかな?
中の空気が悪い。換気してない?
女のわたしでも目のやり場に困る、露出の多い下着に近い服を着た女性が行き来していて、すれ違うときに兄さまにウインクをしている。
たどり着いた一室には、ビール腹の男がテーブルについてお酒をあおっていた。
「誰だ、そのきれいなにーちゃんは?」
「ボス、そっちじゃねーです。にーちゃんは金が欲しいみたいだ」
ボスはわたしを見て絶望的な顔をする。
「にーちゃん、ウチに売るには7年早ぇーわ」
どういう意味? 今、わたしの胸を見なかった?
「それよりあんたが働いた方が金になる。ウチは客層が違うが紹介してやってもいいぜ。そんだけおきれいなら客がわんさかできるだろう」
はい?
「あっしもそれはそう思いますが、ボス、にーちゃんが抱えているのを見てくだせー」
「んあ?」
ビール樽はトロンとした目で、兄さまの顔から下に視線をやった。
「ド、ドラゴンか?」
ボスの茶色い目が大きく見開かれた。
「子供だけど、蜥蜴じゃねー、ドラゴンですよ。しかも生きてる。金になるじゃねーですか」
「バカか! ユオブリアでは子供の青いドラゴンが王都に現れて、そいつは絶対に捕まえるなってお触れが出てただろ」
「じゃあ、ジュドーにでも売って、外国で売り捌いて貰えばいいんじゃ?」
「お前、頭いいな」
「流れの人売りのジュドーさんじゃないんですか?」
兄さまがボスに尋ねる。
「俺はジュドーじゃねーよ。タッキーの館のタッキーさまだ」
タッキーさまねぇ。
「そのジュドーって人には、どこにいけば会える?」
「残念だな……」
タッキーとか言う人の言葉にかぶせて、目を閉じたレオが言った。
『空の眷族が、ここの奥の部屋にいるぞ』
え、奥に?
レオが兄さまの手から飛び降りて、タタっと部屋を走っていく。
ドアの隙間から廊下に出た。
「な、ドラゴンが逃げた!」
「お前、なんでちゃんと捕まえてねーんだよ」
廊下から悲鳴があがる。
わたしはもふさまと兄さまと一緒に、レオを追いかける。
廊下を走り、暗めの照明の一室に入った。お酒の匂いが充満してる。空気がさらに悪い。それぞれのテーブルに酔いの回ったような男たちに、露出の多い女性がついてお酌している。
ボディータッチしている輩もいるよ。
「リディーは入らないで」
「大丈夫」
止める兄さまを振り切ってレオを追いかける。
レオはテーブルを縫って、一番奥にあったテーブルにいた女性の膝上に飛び込んだ。振り返って嬉しそうに言った。
『空の眷族だぞ!』
褐色の肌に深緑色の髪。細かいウェーブの髪をいくつかに束ねている。
胸をほとんど覆わない服。下は前面だけのようなスカートを履いている。座っていても足も下着もバッチリ見えている。これ立ち上がったら後ろは丸見えってやつじゃない?
でもそんな姿もボン・キュッ・ボンの素晴らしいプロポーションだと、いやらしいというよりセクシー止まり、カッコよく見えるぐらいだ。
リポロさんの妹でぬいぐるみが好きっていうから、てっきりわたしぐらいか下の女の子を想像していた。
「ポリ、そいつを離すな!」
ボスが女性に言った。
同じテーブルにいた男たちは、飛び込んできたのが子供ドラゴンだとわかると一斉に席を立つ。恐らくリポロさんの妹、ポリさんはレオを捕まえたりしなかった。不思議そうに膝に乗ったレオを見ている。肝の座った女性だ。
「こちらの女性は?」
兄さまがボスに尋ねる。
「ほー、にーちゃんも男だな。今日入ったばかりの新人だ。高かったけど、初日から客もつくし、まぁ、いいもの買ったな」
「買った、んですか?」
「そうだよ、嬢ちゃん。あと7、8年したら、嬢ちゃんを買ってやってもいいぞ。10歳こえてたら下働きにしてやってもいいけどな」
「もうすぐ12よ!」
「売りません」
兄さまの静かな怒りの声と重なった。
10歳以下に見られた!
ボスも部下たちもえ? という顔で見た。ポリさんもだ。ひどい。
「人売りのジュドーと関わりがある店なのですか?」
「お前……何者だ? お前ら、なんで連れてきた!?」
「嬢ちゃんが金を作りたがってたから、人売りを紹介してやろうと思ったんだ、話しに言ったところにドラゴンがいて、にーちゃんが捕まえたから、金になるとそのまま連れてきた」
「人の売買は違法ですよ」
「買ったわけじゃない。ジュドーが借金のかたに置いていったんだ」
なるほど、そうやって言い逃れをする手筈になっているんだね。
「さっき、高かったって言ったくせに。わたしを買ってやってもいいとも」
「ああ、借金を帳消しにしろって言われてな、高くついた。買うってのは雇ってやるって意味だよ、嬢ちゃん」
何を言っても逃げられそうだ。
「人売りと繋がっているだけで店は取り潰し、実刑になると思うけど、ジュドーから買った子たちを解放すれば垂れ込まないでいてあげてもいいよ」
「役人じゃねーよな? 敵地にガキつきで入ってきて、無事でいられるとでも?」
部下たちがにじり寄ってくる。
『暴れるか?』
レオが嬉しそうに言う。
「待って」
「何を待つんだい、嬢ちゃん?」
「こっちの話。気にしないで。で、おじさんたちはわたしたちをどうするつもりなの?」
「はっ、嬢ちゃんの方が状況が見えているようだな。気持ちが変わるまで、ここにいてもらおうか。何、すぐ変えたくなるようにしてやるよ」
兄さまがわたしを背に庇う。
「おじさんたちの方が状況をみた方がいいよ。わたしたちはまだ子供。たったふたりで人売りと繋がりがあるところに踏み込んでくると思う? すぐに応援が来るわ」
わたしはそう言ってレオを見た。
レオは真っ黒の瞳を輝かせて頷き、ポリさんの膝からポンと降りた。そして飛んで部屋を出ていく。
「ドラゴンが!」
半数ぐらいの人がレオを追っかけていった。
「応援がきても、お前らがいなければ証拠はない。店は合法だしな」
伸びてきた手を、兄さまが払った。




