第365話 子供だけでお出かけ⑨囮
おろしてもらい、もふさまも小さくなってもらって一緒に歩き出す。
カンパインを覆う壁を見上げるようになった頃、後ろからケインにふたり乗りをした双子がやってきた。兄さまの目の合図で、そのまま止まらず門に向かって走っていく。
兄さまはランディラカ伯弟の貴族の身分証明でも、学園の生徒だという証書でもなく、冒険者ギルドの登録カードでカンパインに入った。わたしは〝連れ〟だ。
門のチェックが雑だったことに納得してしまう。治安悪そう。道のあちらこちらに2、3人で人が固まっている。獲物を物色するように。
「兄さま、妹さんをどうやって探す?」
「クレソン商会と繋がりがあるはずだ。でも人売りだとわかってしまったら商会も道連れになってしまうから距離は置いているだろうし」
「ジュドーっていう人知らない? って聞いて回る?」
「私たちが包囲されてしまうよ」
「それでいこう!」
向こうにみつけてもらえば、ジュドーのところに連れて行かれるだろう。
「ま、町中で何するつもりなのかな?」
兄さまが慌てたように、わたしの手を引っ張った。
「兄さま、わたしを売って」
兄さまは、口を開けたまま固まった。
「な、何を言うんだ」
「手っ取り早いよ」
「それはダメだ」
そう言うと思ったけど。だからわたしは大きな声で言った。
「わたしを売ってお金にするしか、道はないじゃない!」
兄さまに口を塞がれる。
道歩く人たちはギョッとして見たが、炉端でたむろっている人はニヤニヤしながらこちらを見てる。
兄さまがわたしを守るようにして歩き出す。
兄さまはそのまま細い路地に入り、わたしを壁に押し付けた。
「君は危険な目にあっているのに、少しも学習してないんだね」
兄さまの瞳が冷たく輝く。
「馬車への攻撃だって見誤っていたって言ったのに。どんな危険なことになるかわからないってさっきも話したばかりなのに、どうしてリディーは危険に飛び込んでいこうとするの?」
それは怒りではなく哀しみだった。感情で訴えられ、気持ちが行き場所を失う。
『まぁ、待ってください。リディアが売られ役にならなくても、妹さんの居場所がわかればいいのですよね?』
「わかるの?」
これまでひたすらリュックの中で黙っていたベアが言葉を発した。
思わず、もふさまのリュックの方を見て、聞いてしまう。
「べ、ベアがリディアが売られ役にならなくても、妹さんの居場所がわかればいいんでちよね?って言ってるでち」
アオが兄さまに通訳した。
『わたくしはわかりませんが、アオはわかるのではありませんか?』
「ベアは自分ではわからないけど、アオならわかるのでは?って言ってるでち。え? な、なんでおいらならわかると思うでち?」
『アオは空の眷族でもあるのでは?』
『アオは森の眷族であり、海の眷族でもあるが、空ではないぞ?』
もふさまがベアに言った。
『そうだったんですか? 羽があるので、てっきり空の眷族だと思ってました』
「兄さま、ベアはおいらが空の眷族と誤解してたでち。でも、おいら森と海の混ざりものでち。だから空ではないんでち」
「……空の眷族なら、ポポ族の居場所がわかるの?」
そうだ! レオは飛ぶ。空の眷族?
「レオ、レオはポポ族の居場所わかる?」
『寝てるよ』
『護衛いるからずっとぬいぐるみって言われて、ふてくされて寝た』
ああ、静かだったわけがわかった。まったく口を挟んでこないなーとは思っていたんだけど、おしゃべりなレオがぬいぐるみになったまま眠っていたのね。
「わたし、火魔法で起こす!」
リュックに近づこうとすると兄さまに止められる。
「リディーは今日魔力を使いすぎているからもう使わないで。私が火魔法でレオを起こせばいいんだね?」
途中から通訳してないけど、わたしの言葉で推測したのだろう。
兄さまがレオを取り出して、もう片方の手で小さな炎を出すと、レオが飛び起きた。
『な、なんだ?』
「ごめんね、レオ。お願いしたくて起こしたの」
『お願い?』
レオは兄さまの掌の上で首を傾げた。
「ポポ族の妹さんの居場所を知りたいの。同じ空の眷族でポポ族の居場所わからないかな?」
『? 私は空の眷族ではないぞ。海の眷族だ』
あ、飛ぶけど、レオはシードラゴンだった。
『空にも森にも属しているようなものだけどね。ぬいぐるみの状態だと遮断されてよほど苦手なものじゃないとわからないけど、本来の姿になればわかると思うぞ。私はドラゴン族の中でも感知能力が高いのだ!』
「シードラゴンの姿……。大きさはどれくらいまで?」
町中で本来の大きさになったら、人にみつかってしまう。
『町ぐらいの範囲なら、主人さまぐらいの大きさになればわかるだろう。もっと遠かったら、もっと大きくなればわかる』
わたしは兄さまに伝える。
そして頷き合う。
「じゃあ、少しだけ姿を戻して、場所を探ってくれる?」
『いいぞ!』
レオは快く引き受けてくれて、ポンと音をたて、子犬サイズのツルツルシードラゴンになった。
兄さまの手から飛び降りてポンポン弾む。
上を見るようにして鼻を動かす。
『2つ。こっちとあっちだ!』
あ、そっか。リポロさんと妹さん。でもふたりともまだ町の中にいるってことだ。
「坊ちゃんに、嬢ちゃん?」
ん? あ、たむろしていた悪いことをするのが似合いそうなお兄さんたちだ。
「ド、ドラゴンだ!」
ひとりが大声をあげた。なんてタインミングの悪い。
「子供のドラゴンだ!」
3人のうち2人は逃げたが、ひとりがレオに向かう。
「何してんだ、オメーら。おい、坊主、それ捕まえろ。そしたら嬢ちゃんを売らなくても金が手に入るぞ。子供ドラゴンでも倒せば一生遊んで暮らせるぜ。生捕にできればどんだけ金になるかわからねー」
はい? 何言ってんの?
レオがまん丸の目でわたしたちを見た。口の端が上がったように見えた。
え?
威力もない水鉄砲をわたしたちにかけてきて、ゴロツキにはかなり本気の水鉄砲をお見舞いした。
ゴロツキが倒れるとレオが走ったので、わたしたちも追いかけた。
「レオ、ぬいぐるみになってリュックに」
小さい声で言うと、レオは首を振った。
『私を捕まえたことにするといい。そしたら、悪い奴のところに運んでくれるだろう。奴からは空の眷族の匂いが微かにしたからな』
アオが兄さまに通訳している、その横でわたしは言った。
「ダメだよ、何が起こるかわからないもの。ぬいぐるみに戻って!」
レオは兄さまの腕に自分から飛び込んで目を瞑った。チビドラゴンのままで。
「つ、捕まえたのか! すごいじゃねーか」
逃げていたふたりも後ろからやってくる。
「死んでんのか?」
「……いえ、眠っているようです」
兄さまが答えた。




