第36話 長い夜<前編>
本日投稿の1/2話目です。
「リディア、起きて。起きなさい」
抑えた声だがピリピリしている。ただならぬ様子に身体が怯える。
んー? うー、目が開かない。
あ。わたしは水魔法を使って、ほんのちょっぴりの水を顔にかけた。
目を擦って無理やり目を開ける。
兄さまたちが互いに手をやって、わたしは母さまに抱きかかえられていた。
もふさまが窓際に擦り寄っている。カーテンの隙間からほのかな月明かりが漏れていた。
「リディア、よく聞いて。母さまは今からこの部屋を出ます。そしたら兄さまたちと力を合わせてベッドを動かして中に誰も入ってこられないようにするの。そして上掛けにくるまって、耳を塞いで静かにしているのよ。絶対に泣き声をあげてはダメよ。父さまか母さまが声をかけるまで絶対に出てきてはダメ」
わたしはとっさに母さまの手を掴んだ。
「どしたの?」
「仕掛けの音がした。誰かが敷地に入ってきてる」
ロビ兄が答えてくれる。
え? 鳥肌が立った。
「もふさま」
『数人、いる』
数人というんだから、人ってことだ。
あっ!
「ステータスオープン、マップモード」
敷地内に4つ、赤い点が存在する。まだ家の中には入ってきていない。
少しは時間がある。落ち着け。働け、わたしの頭。
暗闇の中、透明のボードは絞った明るさに発光していて画面が見える。
赤い点のひとつは動かず、そこに3つの点が集まってきている。これ双子が作った罠にかかったんじゃないかな。
「見て。これ、赤、敵。敵4人。多分罠にかかって、3人が助けようとしてる」
「これ、ステータスボード?」
「改良した」
もふさまも呼んでこちらに来てもらう。
「みんな一緒、考えて。罠から出て、こう来る、多分」
キッチンにある、庭と通じる裏口から入ってこようとする気がする。
「まず、炊事場、内側にいろいろ置く。入ってくるのに苦労する。玄関からきたら鍵開けに多少時間かかる」
玄関には閂があるから、少しは時間を稼げる。
今のところ静かに行動をしているところを見ると、まずはわたしたちが眠っているところを制圧する計画ではないかと思う。眠っている中、気づかれないように物取りとか。ウチ、貧乏なのに。そう思いながらも、考えがよぎる。呪いを仕掛けた人が確実に母さまに悪さをしようと家にまで来たんだとしたら……。
今はまだわからない。考えちゃダメだ。怖いことは考えない。怖いと泣ける。泣いたら、何もできなくなる。唇を噛みしめる。
「こっちから入ってきたら、わたしたち、みつからないよう、その時、外出たい。方法ある?」
「炊事場と玄関、その2つしか出入口はない」
兄さまに頷く。
『大きくなるか?』
「最後の手段で、お願いするかも。できたら目的知りたいけど、こっち弱い。逃げるが一番いい」
そうだ、もふさまは大きくなれる。家の中で大きくなったら家、壊れるね。いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだけど。それに、もふさまのことはなるべく秘密にするのがいいと思うんだよね。背に腹は代えられないから、いざというときは大きくなってもらうけど。
「2階の窓から飛び降りよう」
それできるの、ロビ兄と兄さまぐらいだよ。わたしたちは飛び降りることはできたとしても、怪我をしてその場で動けなくなると思う。
提案したロビ兄はわたしたちが頷かないから首を傾げる。
「ふわふわの土にできるように土魔法を鍛えておけばよかった」
アラ兄が言う。土魔法か……。
「あ、何か乗って風魔法で浮かせる、は?」
「……やったことないよ」
兄さまたちの言う通りだ。土を柔らかくすることも、風魔法で浮かぶこともやったことはない。ぶっつけ本番になる。
ただ想像していても仕方ないので、とりあえず動くことにした。キッチンから庭へと続く裏口の内側にバリケードを作ろう。
今のところ静かだが、敵さんが魔法を使い出したら厄介だ。
「もふさま、敵、魔法使えるかわかる?」
『近づけばわかる』
わたしは頷いた。ボードを見ながら動く。敵はまだ庭だ。
キッチンへと移動してドアの内側に椅子やテーブルを寄せていく。暗がりの中、わたしのオープンしたステータスボードの明るさだけが頼りだ。
テーブルも椅子もわたしたちが力を合わせて動かせるぐらいの重さだ。少しでも重たくしようとカメや鍋を配置し、水を入れた。少しは違うだろう。
そしてそろりと2階へと移動する。階段には布を落としておく。多少は登りにくいはず。
2階について、一部屋に入りバリケードを作る。家に入ってきたらわたしたちは脱出して、もふさまに乗って逃げる。脱出の時間稼ぎに仕掛けておく。
赤い点が移動を始めた。落とし穴でここまで時間がかかったってことは土魔法の使い手はいないね。
敵は二手に別れた。迷いがない。2つの出入り口があることを事前に知っていた感じだ。この部屋の窓はキッチン側の上になるから、こちら側の人たちが中に入ってからしか外には出られない。
風魔法で浮かせるって、その上に乗るって……勢いで言ったものの、できることなのだろうか。手をぎゅーっと握りしめていると、母さまに抱きしめられた。母さまが小さい声で話し出した。
「母さまのギフトは音に歌をのせて魔法を支援することができるの」
「しえん?」
「例えばロビンの火魔法を支援すると、ロビンはいつもより大きな火を扱うことができる」
ギフトを授かった時、母さまは音でわかったって言ってた。歌で支援するのか、素敵!
「母さまが支援するから、初めてのことでもきっとうまくいくわ」
わたしたちは大きく頷いた。
物が激しくぶつかる音がした。割れる音も。
キッチンのバリケードが突破されたようだ。入るのが大変みたいで、なかなか入れない。侵入されたがひとりだ。敵は用心深いか、わたしたちを舐めくさっているか。
「ここにひとりいるんじゃ、窓から出られない」
兄さまの悲壮な声がする。
玄関も閂を開けたようだ。こちらもやはりひとりしか入らない。
近い部屋から隅々まで入っているものの物取りじゃない。棚の中や引き出しを開けているならもっと時間がかかるはず。何かを確認しながらスタスタ歩いている印象だ。〝人〟を探している、多分。2階にくるのも時間の問題だ。
窓を開けたらキッチン下の見張りにすぐに気づかれ、味方を呼ばれたらアウトだ。最悪はもふさまに大きくなってもらって、みんなで背中に乗って逃げるけど、もふさまのことがバレる。
奴らが眠ってくれれば……眠る?
わたしは母さまの手をとった。
1階の見回りを終えたふたりが階段で合流した。
「母さま、奴ら来る。そしたらギフト、敵への深い眠りの支援、子守唄、歌う」
わたしは兄さまたちに指示を出す。
「静かに、縄とかヒモ探して。眠ったら、動けないようするよ」
兄さまたちが頷いてから、動き出した。
「母さま、わたしギフトで母さまのギフトにプラスする。敵、眠らす子守唄」
わたしは母さまが背中を叩いてくれるだけで眠れるけど。子守唄も、リディアの記憶に引っかかる。抱っこしながら、よく母さまが歌ってくれていた。安眠効果抜群だ。
眠る支援をする子守唄にプラスするよ、強制睡眠。
兄さまたちはシーツをみつけたみたいだ。それを裂いている。
そんな諦めていない子供たちを見て、母さまも頷いてくれた。
ゆっくり階段をあがってきたふたり組みは端の部屋から探り出した。
部屋の前にやってきた。胸が大きく脈打っていて口から出るんじゃないかと思えた。扉の向こうに敵がふたりいる。怖い。すっごく怖い!
ガタガタ震えてしまうと、母さまにギュッと抱きしめられる。
どんと衝撃。ノブが乱暴に揺すられる。
「全くいろいろしてくれたな。ここにいるのはわかってるんだ。手間をかけさせないで、出てこい」
ガンとドアが叩かれる。
恐ろしくて涙が溢れた。せめて泣き声をあげたくないが、あとひとつ怖い要素があったら、半狂乱になりそうだ。
ドアが叩かれ揺すられ蹴られて、大きな音を立てる。
ガンガンとノブが揺れてやがてドアが開いた。背の高い、濁声にふさわしいガラの悪い男たちがいた。
「ずいぶんてこずらせてくれたじゃんか」
バリケードを振り払って崩し、こちらに手を伸ばしてきた。
わたしの力いっぱいの泣き声が響く。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!!
もうそれしか頭にない。
もふさまがわたしたちの前にでた。
「はは、次は子犬か?」
「母さま、子守唄!」
兄さまの声がする。
敵はハッと鼻で笑う。
「そうだな、ガキの泣き声は煩くてたまらねー。子守唄でも歌って寝かしつけろ」
母さまが静かに歌い出した。わたしをあやすようにして。涙を掬い取ってくれながら、音に言葉をのせる。
声は伸びやかに。歌は紡がれ、敵がガクンと……。
「リディー、リディー」
「リー」
「リー」
「リディア」
『リディア』
名前を呼ばれてびくんとする。
『大丈夫か?』
廊下には大の男たちが、口にはタオル。手と足はシーツを裂いた物で縛られていた。男たちは眠っている。子守唄が効いたんだ。
「だいじょぶ」
あまりに怖くて、記憶がとんでいた。
母さまにギュッと抱きしめられる。
「怖かったね、ごめんね」
「母さま、謝る違う。母さま頑張った、えらい」
頭を撫でようとすると、その手をとって母さまのほっぺに導かれた。母さまの柔らかいほっぺは濡れたように冷たい。
『これから、どうする? 我が大きくなるか?』
「逃げるとき、お願い。ステータス、オープン」
玄関前とキッチンの前にまだひとりずつ。
「母さま、魔力まだある?」
母さまはステータスを見て、大丈夫という。
あとふたり、眠らせる。
敵が見えていると怖いから、できればドア越しから歌声を聞かせたいが、どちらもドアは開いているだろう。