第353話 嗚呼、夏休み
「リー!」
ロビ兄の声?
庭の畑に座り込んでいたわたしは立ち上がる。
あ、馬に乗っているのは本物のロビ兄だ。後ろに同じように馬に乗ったアラ兄も、兄さまもいる。
まだ8日しか経ってない。2週間経ってないのに。馬で相当急いで帰ってきたんだ。
「ロビ兄! アラ兄! 兄さま! お帰りなさい」
門に走り寄る。
馬を降りたロビ兄に抱きつく。アラ兄に抱きついて、一瞬躊躇ってから兄さまにも抱きつく。
「ただいま」
「お帰りなさい」
「リー、心配したんだからね」
アラ兄とロビ兄とは終業式の日に学園で別れたのが最後だった。アラ兄の手を振り切ったことを謝る。
「無事だったからいいよ」
髪の毛をかき回された。
バタンとドアが開いて、エリンとノエルが駆けてくる。
「お帰りなさい!」
「ただいま!」
母さまも出てきて、息子たちをそれぞれ抱きしめた。
「ずいぶん早かったのね」
と母さまが言うと
「飛ばしたからね」
と得意そうに言った。
主街道には馬屋がある。チェーン店で馬のレンタルをしている。店舗のどこに馬を返してもいいのが魅力だそうだ。飛ばして走り疲れた馬を行く先々の店舗で交換しながら目的地に向かうこともできる。店舗で馬を借りたい人がかちあうと、馬がいなくて貸してもらえない事態も発生することがあるそうだ。今回は初めて利用してみたそうだけど、お馬さんの交換がスムーズにいって、こんなに早く帰ってくることができたそうだ。
本来、いくらシュタイン家の者だと証明書を持っていても、子供なら門前払いされても仕方ない。なので、兄さまは学園からの要望で支給された騎士見習いの服を着て行ったらしい。職権乱用? 実際は年齢に見合う体格なので、騎士見習い(来年には成人)に見えたし、それと貴族(身元がはっきりしている)だと証明書のあるおかげで一度も咎められることがなかったという。宿も同様だったそうだ。もし保護者がいないことで断られたら、テントで眠ればいいと思っていたらしい。
兄さまは早速家についた旨を、心配しているだろうアルノルトに、伝達魔法で知らせていた。
領地の町中の家と王都の家では使用人を雇っているけど、町外れの家には常駐はハンナだけだ。時々セズにも来てもらうけど。だから自分のことは自分でするのは昔と変わっていない。もう人を十分に雇えるぐらい潤っているが、秘密が数多くあるので、町外れの家には人を入れないようにしているのだ。
近いうちに返しにいくというお馬さんを馬小屋に連れて行く。お水とご飯を用意して、そしてマルサトウで労う。
お馬さんを返しに行く時は、帰りの〝足〟もいるから馬車で行く必要がある。兄さまが馬車を走らせてみるといっているので、その時はわたしもついて行こうっと。ケインと兄さまの乗ってきたお馬さんの二頭立てで馬車を走らせるって。二頭立てか、かっこいい!
母さまは疲れただろうから、お茶を飲んで少し休みなさいと言ったけれど、ビリーたちに会いに行くと、荷物を部屋に放り込んですぐに行こうとしている。
長い休みといっても、移動時間にけっこう取られてしまうから、領地にいる時間は短い。一刻も無駄にしたくないようだ。
「私は家でやることがあるから行っておいで」
「えー、兄さま行かないの?」
頬を膨らませたロビ兄を、アラ兄が引っ張る。
「さ、エリンとノエルはどうする?」
「「行くー」」
母さまは仕方ないわねと言いたげな顔だ。エリンとノエルは勉強の時間だったから、そりゃ遊びに誘われたらそっちに行くね。
「姉さま、行かないの?」
ノエルにスカートを引っ張られる。
「うん、今は行かない」
「ノエル、行こう」
アラ兄に促され、ノエルも走り出す。
嵐が去った。
兄さまと目があった。
「散歩にでも行く?」
頷けば手を差し出される。
「お茶より先に散歩?」
母さまが、兄さまに問いかける。
「久しぶりに会った婚約者のご機嫌伺いをと思いまして」
茶目っけたっぷりに兄さまが言ったので驚く。
母さまも兄さまがそんなことを言うとは思わなかったのだろう、口を開けて驚いている。
でもふっと表情を和ませた。
「ほら、リディー、こういうことがあるから、いつでも、誘われて恥ずかしくない装いをしておくべきなのよ」
母さまはわたしの装いを上から下へと見ている。
言われてわたしも自分を見る。
土いじりに適した格好だ。
「……着替えた方がいい?」
兄さまに尋ねれば、兄さまは笑った。
「そのままのリディーで十分だよ」
母さまは苦笑だ。
「お好きにどうぞ」
そう言って家の中に入って行った。
「婚約者どの、ご機嫌はいかがですか?」
「楽しく過ごしていました。けれど……フランに会いたかったです」
素直に気持ちを伝えると、兄さまは手を差し出して、わたしの頬に触れる。
「私もだ」
えへへ、なんか婚約者っぽいね。
川原に父さまたちが迎えにきてくれて、兄さまはそこからメインルーム→サブサブサブルームへと帰還したので、兄さまとも8日ぶりだ。
幸せな時間を噛みしめていると、背中に衝撃。
ワラだ。ワラがわたしの背中を足蹴りし、肩に飛び乗ってきて、兄さまの肩へと羽ばたいた。
「ワラ、ただいま!」
兄さまの頬に柔らかい羽毛を擦り付けている。
いいなー。ワラは他の子と違って、羽毛に顔を埋めさせてくれないのだ。
鳥の寿命は人よりずっと短いと思った。だって成長が早かったからさ。
なのでシロたちコッコとの早々のお別れを覚悟していたんだけど、コッコはなんと平均寿命50年だそうだ。成長は早いので、卵はすぐ産むようになったし、今卵を産むなどで活躍しているのは第5世代だ。ホリーさんの教えに従って、年に一度成鳥の雄と雌を一羽ずつ増やしている。
子供たちは順調に増えていて、みんな元気だ。面白いことにダンジョンに行きたがるのが毎年必ず生まれてくる。第一世代が一番自由で、ダンジョン好きで、そして強い気がする。
ワラは第一世代だけど、まだまだ若いのだ。
気が済んだのか、兄さまの肩から降りて、地面を突っつき出した。
誰もいないからだろう、リュックからもふもふ軍団が飛び出してくる。
「サブハウスに行こうでち!」
わたしは兄さまと顔を合わせる。
みんなずっとぬいぐるみだったからね。
今だって、庭には誰もいないからぬいぐるみを解いているけど。いつ誰がくるかわからない。
「サブハウスに行っても、ダンジョンには行かないよ?」
先回りして言えば、みんな目をそらす。
なし崩し的にダンジョンに行くようにする気だったな。
そんなみんなの様子を見て、クスッと兄さまは笑って、みんなでサブハウスに行こうと言った。
ハウスさんに頼んで、サブハウスに移動した。




