第344話 ベンジャミン
テストは格段に難しかった。普段の試験は学科によって範囲が分かれる。細分化されている。学力試験はすべての総合だ。
今回はある架空の人物、ベンジャミンについてのあれこれが問題とされていた。
ベンジャミン、23歳、夢いっぱいの男性。独身。
彼はある商会で働いていた。ところが発注ミスをしてしまう。取引相手、買値、売値など詳細に書かれていた。
そこで設問。彼が出した不利益はいくらとなるでしょう? 四則計算が盛り込まれている。
そしてまた設問。彼がこのことにより不利益を与えた業者は?(複数回答)
これは物事の筋道や体系、理解力などを見るためだろう。
ベンジャミンは多額の損失を出したことから解雇されてしまう。世知辛い。
彼は心機一転、街を移った。
設問。ベンジャミンはこの街に拠点を移すことにしました。新たな領地です。ここで必要な手続きを挙げなさい。
彼はここで職人気質の親方と酒場で意気投合し、彼の元で働くことになる。親方にかわいがられ、仕事も順調。さらに親方の娘さんと親しくなり所帯を持つことになった。
そこで設問。新居を建てる資金の計算だ。
ややこしいのはその街がナンコン制度を取り入れていること。田舎の方では住人の年代が偏ることがある。そういう場合、年代により税率を変える制度がある。詳しくは3年生で計算式を習うと聞いて、そのままにしておいた。あー、5で割るんだったっけ、3だったっけ? 覚えてないや。
そんなふうにベンジャミンの人生において設問が続いた。
っていうか、ベンジャミン、不憫。試験のために作られたキャラクターとわかっているけれど、同情を禁じ得ない。成功もあったけど、人生の谷がありすぎ!
それにしても、なかなか考えさせられる試験だ。学んだことをどれだけ理解しているかを試されるのが普通の試験。学力テストは問題にぶち当たった時にそれらをどれだけ応用していけるかをみるものだ。
当たり前だけど出来事というのは、年齢やこちらの事情を察して1年生だからこれくらいの難易度の困ったことにしてあげようと計らいがあるわけではない。出来事はこちらの事情はお構いなしにやってくる。それに対処していくには、年齢や性別や何かの事情をみつけてみたって何も変わることはない。そういう時に必要とされるのは知識だ。学びだ。
試験でいい点数を取るとか、評価が欲しいとか、そう思ってしまいがちだけど、学ぶのはこれからの人生に必要となるかもしれない知識だった。魔法に特化しているものと思える魔法史でも、切っては切り離せない法律が絡んでくる。学力テストによって、教養、魔法史、薬草学からも知らずのうちに含まれている法律を学んでいたことを知った。
細分化されたのが学科でその授業だけど、みんなこうやって繋がっていることだって、学力テストは教えているんだろう。
我クラスの成績優秀者、ジョセフィンでさえ3分の2ぐらいしか解ける問題はなかったという。
みんなで、ベンジャミンの不憫さについて話した。あれはないよねと。それでもめげなかったんだから、メンタルは強いのかもしれない。
この間の試験結果で気をよくし伸びていた鼻が、学力テストという手刀でスパーンと落とされた感じだ。夏休みに向かって浮き足立っていたところに冷水を浴びせられた。勉強もしなくちゃだと思い出した。休み前のテストはそれが目的なのかもしれない。
さて、いよいよ兄さまと話すんだ。
帰りに時間をもらうことにしていて、生徒会で最後の仕事があるから、その間生徒会室で待つことになっている。
兄さまが迎えにきてくれて、みんなとひとまずバイバイした。今日は休み前の最後の夜だから、パジャマパーティーで夜更かしする予定だ。早くにお風呂に入ると言っていた。
生徒会室で初めて3年生以外に会った。3年生にしか会ったことがないから、本当に他の学年の方はいるんだろうかと不思議に思っていたんだ。部屋にいてお邪魔じゃないかと思ったんだけど、みんなあたたかく迎え入れてくれた。そして20分もすると部屋に残るのは3年生だけになった。他の人たちは外での仕事があるようだ。
ダニエルに入れてもらったお茶を飲んでいると、メロディー嬢がやってきたので固まった。メロディー嬢はロサに休み前の挨拶に来たそうだ。
わたしをみつけると微笑んで嬉しそうに隣に座ってきた。
挨拶の後、学力テストの話をした。上級生のテストはガート・ロップ伯爵がダメ息子を次期伯爵にするときのエトセトラで設問が盛り込まれていたらしい。現実にありそうな話だったので、皆自分を省みて恐怖したとか。
そのうち夏休みの予定を聞かれた。領地に帰ると告げ、わたしは褒められたことじゃないけど、心の中で遊びに来るとか言わないでねと思っていた。だから罰がくだったのかもしれない。
「それはそうと聞きましたわ。シュタイン嬢に告白した不届き者がいたそうですわね?」
みんなの手が一瞬止まって、また動き出す。
「婚約者がいるのになんて恥知らずなんでしょう? 厳重注意した方がいいですわ。どこのご子息ですの?」
そのことも含めて、これから兄さまに話すつもりだった。兄さまも何があったかは噂で知っているだろうけど、わたしの気持ちは話していないから。だからこんな形で兄さまに伝わるのは嫌だった。




