第328話 夏休み前②回生案
「帽子?」
「うん。夏に帽子、大切。今ある帽子って頭の小さい人しか似合わない形なんだもの。だから帽子イヤなんだけど。ないならちょうどいいのを作ればいい! 今、食品は売れないけど、他のは売れてるから、代わりに帽子を売っていけばいいと思う」
拳を握り締めて力説する。
「わかったから、今夜はお休みなさい」
母さまが同じテンションでいいと言ってくれなかったから、ちょっと不満だ。
ノック音がして兄さまが入ってきた。
「兄さま」
「気分はどう?」
「大丈夫」
そういうとお腹がギュルっと鳴り、空腹だと主張した。
「食べられそう?」
母さまに聞かれたので、うんと頷く。
「おかゆを持ってくるわ」
母さまが部屋を出て行った。
「兄さまが運んでくれたんだよね? ありがとう」
わたしは明るく言った。
「保健室から家まではね。リディーが倒れたところから保健室まではロサ殿下が運んでくださった」
「その時、一緒に女の子がいなかった?」
「……ああ、メロディー公爵令嬢が居合わせて、一緒に来てくださったようだよ」
「兄さま、公爵令嬢のお名前、知ってる?」
「え? …………コーデリア・メロディーだ」
コーデリア、ね。コニーとはずいぶん親しげだね、ロサ。
しかもメロディー嬢は第一王子殿下の婚約者。
わたしは頭を押さえた。
選び放題だろうに、よりによって、なんでそこにいった?
人気のないあの場所。ひとりでやってきたロサとコーデリアさま。薄れゆく意識でも、呼び方に愛情がこもってて心に残った。ふたりはあそこで会う約束をしてたんだ。
彼女がロサの想い人だ。確信する。お兄さんの婚約者に懸想って、茨の道でしかない。
「コーデリア嬢がどうかしたのかい?」
「うーうん、なんでもないよ」
兄さまが口の中で何か言った。
母さまがおかゆを運んできてくれた。お腹は空いているのに3口ぐらい食べるとお腹が膨れ上がった気がして、受け付けなくなったのがショックだった。日射病、恐っ。これで軽症なんて。
次の日兄さまは学園に戻ったが、わたしは大事をとって1日家にいた。そして何パターンか帽子の草案を作った。アラ兄に絵を描いてもらえたら、どんな帽子を作りたいか、もっとわかりやすくなるんだけどな。
帽子って職業別の制服の一部として着用したのが元なんだよね。神官さまたちが祭儀の時にかぶる背の高いツバのない帽子とか。魔法士の正装は立派で洒落た防災頭巾みたいな帽子。学生はベレー帽とか。
おしゃれ帽子は、男性はシルクハットで女性はガーデンハット。
ベレー帽も冬はいいんだけど、夏は暑すぎる。
だから、夏にかぶれる、今あるそれらとは違うタイプ、ツバが広めのキャップと、麦わら帽子的なものを作ろう。暑い時に日差しから頭を守るためのものをね。倒れるのはもうごめんだ。
土魔法で好きな形の帽子をいくつも作る。その上に薄くコーティングした。
これを型にしてと母さまに丸投げするだけだ。えへん。
鏡を見ながら、自分で被ったりもして、いいと思う形にしていく。
これなら野暮ったくないし、それでいて日もしっかり遮る。なかなかいいんじゃないかな。あとは夏用だから素材だね。暑いと蒸しちゃうもんな。ひんやり素材とかできないのかな。
あ、自分のだけは水でコーティングしよう。涼しそう。
「お、お嬢さま、お休みになられたのではないのですか?」
アルノルトが軽いノックの後に入ってきて、いささか呆れている口調だ。
「帽子の見本を作ってたの。ね、これかぶってみて」
大人用のを作ってみたんだけど、わたしのサイズから大きく広げただけという適当さだから。
アルノルトはため息をつきながらもかぶってくれた。
サイズはいい感じだ。ツバがもっとあってもいいかも。その方が顔にかかる影がかっこいい気がする。
かぶってもらったまま調整していく。
「ありがとう。これを母さまに全部送ってと」
あとでフリンキーにハウスさん経由で母さまに届けてもらう物をまとめておく。
「お嬢さまは何かをこしらえているときが、一番イキイキとされていますね」
「うん、楽しい。それと、食品のことも考えたんだ。わたしが砂漠に行ったのは事実だし知れ渡っているのだから、それを前面に押し出すことにする」
「前面に押し出すとは?」
「これからちょうど夏だし、砂漠の町の屋台で売ってたものを砂漠フェアとして売り出すの!」
収納ポケットからユハの街で買ったものを取り出していく。
「サボテンジュース。トゲトゲのある植物なの。砂漠っていうか、暑いところで育つ植物ね。これはサボテンの中でもテンっていう食用のもので、皮を剥いて果肉も食べられるし、汁が飲めるぐらい水分をいっぱい含んでいるの。ほのかに甘しょっぱいのよ。暑い所の植物を体に摂ると、熱を下げてくれるんだって。向こうで好まれているの。こっちはユハの実、殻が硬くて割るのは大変なんだけど、甘い実で中の果汁も濃厚よ。砂漠って本当に暑くてね、そこらへんの岩で卵が焼けるぐらいなのよ。体温を下げるような果物と飲み物、それから向こうでは乾燥肉を炙って酸っぱめのタレで食べるの。ユオブリアでは向かないだろうから、しっかり肉を炙って、それを小麦粉で焼いた皮に野菜と挟んで酸っぱかったりからかったりするタレと一緒にするのはどうかな? 砂漠に怖いイメージがあるなら、それをおいしい食べ物で払拭しちゃえばいいわ」
アルノルトがクスクス笑っている。
「どうしたの?」
「いえ、お嬢さまが、とてもお嬢さまらしかったので、安心しました。近頃元気がないようにお見受けしましたので」
「暑くてよく眠れなかったから」
このところグジグジしていた。兄さまとのことを考えるとどうしたらいいのかわからなくなって。いくら考えても答えが出ないことをグダグダ悩むのはしんどすぎる。兄さまとのことは出たとこ勝負よ。手に負えなくてほっぽり投げる説もあるけど。いや、そんなことはない。ほっぽり投げたくはない。だけど実際しんどくて、体調崩しただけだから。そんな〝わたし〟は終わりにしたかった。