第327話 夏休み前①日射病
試験休みが終わってしまった。
領地の子と遊んだり、双子に連れ回されたり、母さまと化粧水の話を詰め、新しいレシピを考えているとあっという間だった。
父さまは風評被害に対して特に何かするつもりはないようだ。全然慌ててない。
被害を受けているのは食品だけってところも理由だけど、商売には上がり目、下り目という時期があり、この下り目に抗うように何かをすると、余計に落ちていくものだとホリーさんから助言があったようだ。抗うのではなく流れにのって、ベストなタイミングで軌道にのせるのがいいらしい。
わたしは上がり目になった時に、目玉になるものをすぐに提供できるよう、レシピを考えていた。
兄さまは今までと同じを装っているけれど、どこか違うと感じた。
王都に戻れば夏が始まろうとしていた。
3週間学園に通えば、最後に〝実力テスト〟なるものがあり、夏休みとなる。ひと月ちょっとの夏休みを終えると3週間後には学園祭がある。学園祭で何をするかは夏休み前までに決めるそうだ。学園祭実行委員なるものが発足され、夏休みを挟むけれどもそのお祭りに向けて生徒たちはどこか浮き足だっていた。
わたしはその委員会には寮長として出席する。
そろそろ寮での出し物を決めなくてはね。
クラブでは毎年展示会をしているそうだ。展示品は買うことも可能で、先輩たちの作った家具や絵やお菓子は売れているそうだ。
わたしだけ、展示するようなものがない。そう思っていると、読み聞かせの時間をとるのはどうかな?と言われた。わたしの書いた物語を聞いてもらうのはと。素敵な提案だと思ったので、わたしも創作同好会でも学園祭に参加することを決めた。
ロサ殿下から呼び出しがあった。学園祭の時に生徒会でカフェをするそうで、シュタイン領のお菓子を売ってもらえないかと言われた。風評被害で売れていないのを心配して、助けようとしてくれてるんだと感動した。
今売れてないだけに、学園祭で売るのはお客がつかなくてよくないんじゃないかと言ってみたけれど、殿下たちはうちの生徒たちならあのお菓子のおいしさを知っているから大丈夫と謎の確信をしている。父さまに相談はするがとありがたく請負った。
生徒会内でも兄さまはいつものようにわたしの世話を焼いてくれたけれど、やはり素っ気ない気がした。部室まで送ってもらって、クラブ活動に勤しむ。
さて、とノートを広げたけれど、書こうという気が起きない。
ノートに向き合えば向き合うほど、どうしていいのか、今までどうしていたのかさえわからなくなってくる。
「行き詰まっているようだね」
部長に声をかけられた。
「……そうみたいです」
そういうと先輩たちは目を合わせていた。
「少し気分転換してきたら?」
わたしは助言に従うことにした。
もふさまと部室を出る。
『いいのか? ひとりで行動して』
「もふさまと一緒だから」
どこに行こうかなと思って、前にロビ兄に教えてもらった池に行ってみようと思った。3時を回って、やっと日差しがゆるやかになった。けれど散々温められた地面から熱気があがってきているような気がする。
池の周りには誰もいなかった。
池の縁に腰掛ける。水面がキラキラしている。こういう時間も必要なものかもね。ひとりでゆったりする時間。それにしても王都の夏は領地より暑く感じる。これからこの暑さがひと月以上続くのだから嫌になる。
もふさまがピクッとした。
鼻を向けた方からやってきたのはロサ殿下だ。
わたしは立ち上がってカーテシーをする。
「ひとりか? どうしてここに?」
「ロサ殿下こそ、おひとりですか?」
「リディア嬢、顔が赤いぞ」
「え?」
そういえば、暑いなーと認識したら、景色がチカチカ光って見えた。
あれ、これ、もしかして日射病なりかけ?
『リディア!』
急に地面が迫ってきて……大きくなったもふさまが、わたしを支える。
ロサがわたしの腕を掴んで強く引きあげた。
「大丈夫か? 失礼する」
ロサに抱きあげられる。
「ロサさま」
女の子の声。
「シュタイン家のご令嬢が倒れた。保健室に運ぶ」
「ロサさま、なりません。今、人を呼びます」
「よい。私が運ぶよ、コニー」
ロサが女の子と話していると思いながら、わたしは目を閉じた。
「リー?」
「……アラ兄?」
「先生、妹が目を覚ましました」
覗き込んできたのはメリヤス先生だ。
「気分はいかがですか?」
大丈夫と言おうとして、気持ち悪くなりまた目を閉じる。
「先生、妹は?」
「軽い日射病でしょう。冷たい水を持ってきます」
スカーフリボンが取られていて、一番上のボタンが外されていた。
「冷やすといいのですが」
「冷やす、ですか?」
「冷たいもので血管の集まっているところを冷やすといいのです」
先生が出ていくと、ひやっとおでこのところが冷たくなった。
気持ちいい。
そうっと目を開けると、アラ兄が赤くなった指でタオルを押さえている。タオルは雪まみれだ。収納袋から雪を出したんだろう。
「リー、大丈夫?」
「うん、楽になってきた。ありがと」
「リー、兄さまと何かあった?」
「……別に何もないけど」
「そうか?」
ドアが開く。
「リディー」
兄さまだ。息が切れている。
「兄さま。軽い日射病みたいだ。体を冷やしているところ」
兄さまはベッドに腰掛けて、わたしを起こす。
「兄さま?」
アラ兄が声をかける。
「冷やすなら首の後ろがいい」
わたしを起こして自分に持たせかけた。
「リディー、水だよ、飲んで」
口を開けると、水の小さな球が口の中に入った。ごくんと飲み込めば、よくできたというように髪を撫でられる。
セーラーを後ろに引っ張られたように感じ、ヒヤリとしたものが首の後ろにあたった。
イタ冷たいが、体のどこかが楽になったのを感じる。
次に目を開けると、なんと王都のわたしの部屋のベッドの上だった。母さまがわたしを覗き込んでいた。
「母さま?」
「気分はどう?」
「だ、大丈夫」
そうっと起き上がるのを手伝ってくれる。
起き上がっても大丈夫だ。
おでこの上の濡れたタオルが落ちる。オケには雪ではなく氷がいっぱい入っている。
「アリが氷を出してくれたのよ」
もふもふ軍団の出入り口からもふさまが入ってきた。みんなも後から入ってきて、ベッドの上に飛び乗ってきた。
『大丈夫か?』
「うん、もう平気。アリ、氷ありがとう」
『いくらでも出すぞー』
「もう、十分だよ、ありがとう」
母さまがもう夜も遅いことを教えてくれた。軽い日射病という診断で、こもった熱もすぐに下がったし、安静にしていれば大丈夫だろうとのことだったけれど、兄さまが王都の家に連れ帰ってくれたそうだ。
「リディーが倒れたと聞いて驚いたわ」
「ごめんなさい。母さま、わたし気づいたの」
「なあに?」
「帽子を作ろう!」