第325話 ミニーの告白(後編)
「ビリーが触れてもいいかって髪を撫でてくれて。とても気分がよかったの。それから頬に触れて、顔に触れて。ギュッとしてくれて。おでこにビリーの口が当たって、それから、まぶたに頬に口づけが落ちてきて……それで、しちゃったの!」
ミニーは両手で真っ赤に染まった顔を隠した。
なんだ、キスか……。ミニーから目を逸らす。
ふと見れば、カトレアもミニーから目を逸らしていた。
もっと親しいことしちゃったのかと思って、びっくりしたよ。
なんとなくおでこを拭う。
ビリー、疑ってごめん。
「赤ちゃんができちゃうか聞いたら、できないって言ってた」
なんと言ってよいやら。
えへへとミニーはまだ赤い顔で嬉しそうに笑う。
とても幸せそうだ。
「お嬢さまは、フランツさまとどうなの?」
「あ、今3人だからリディアって呼んで」
わたしが告げるとふたりは頷く。
「兄さまと、相変わらずだよ?」
「兄さまって何? まだ兄さまって呼んでるの?」
愕然としたようにカトレアが言った。
「そうだよ、いいかげん名前で呼びなよ。フランツさまだって気持ちが萎えちゃうよ、兄さまって呼ばれたら」
うっ。でもみんなには話していないけど、兄さまは仮で婚約をしてくれているのだ。兄さまに好きな人ができたら……婚約は解消となる。
「それにしても、チェリとテンダーに続きミニーもチューしたか」
「チェリに続きって?」
「春祭りのときに、念願叶ったのよ」
カトレアが腕を組み重々しく頷いた。
おお、よかった。馬を育て、馬や馬車を貸し出すアンダーさん家の次男のテンダーはチェリの追いかけていた人だ。
「わたし、聞いちゃってよかったの?」
「大丈夫、次の日には町の女の子はみんな知ってたわ。本人が言いふらしてたから。私にまで報告に来たのよ。それで村のザニにも秘密よって言って話したそうよ」
「ザニに話したら、村中に伝わるじゃん」
「それが狙いでしょう。テンダーに手を出すなっていう」
チェリ、すごい。
テンダーもまさか翌日に、領地の女子みんなに自分とチェリのことが知れ渡っているとは思ってないだろうな。狭いコミュニティーでは女の子の情報網は隅々まで行き渡るからね。
「マールは?」
「あの子は自分で言ったりしないけど、うまくいってるでしょうね。カールが絶好調だもの」
そ、そうなんだ。ヨムとヤスのカップルは不動だから、聞くまでもない。ヤスは大工見習いで修行に出る前にヨムに言ったんだ。「俺の伴侶になるのはヨムしか思いつかないし、そうなっていくと思っている。お前の気持ちはどうだ?」って。これはふたりに何かあっただろうと直感した子たちが、ヨムから根掘り葉掘り聞き出したのだ。ヤスのプロポーズは女の子たちの憧れの一つとなった。
そうか、みんな人生の春を謳歌しちゃっているのね。大好きな友達が喜びに溢れているのは間違いなく嬉しいが、取り残されたような気持ちにもなるのは不思議だ。
「で、リディアとフランツさまはチューはとっくよね?」
なんでそんなこと聞くかな。わたしがしたのは地面とだけだよ。
「ミニー何を聞いているのよ。あんなにベタベタしててしてないわけないでしょ。リディアに少しも不自然さを感じさせることなく、絡めとるのがフランツさま流よ」
なんか兄さま、絡めとる人になってるよ。
「してない」
「ええ?」
「嘘でしょ」
ふたりの動きが止まる。
「本当にまだなの?」
「……してない」
ふたりで再び顔を合わせている。
「やっぱり、〝兄さま〟呼びがまずいんじゃない?」
ミニーが体勢をずらして、わたしの両肩を掴んだ。そのときにもふさまの尻尾を少し踏んだようで小さな騒ぎになった。
落ち着いてからもう一度、ミニーは私の両肩に手を置く。
「あたし、厳しいことをいうわ。フランツさまはあたしたちより2つも上よね?」
本当は5つ上の16歳だが。
「13歳とか15歳にしたら、あたしたち、おチビちゃんなのよ!」
……………………。
「小さい頃から知ってたら余計によ? チビの印象が強いのよ」
まぁ、確かに。
「フランツさまだって男よ。男の子が惹かれるっていう体型の年齢が同じか上の人に色目をかけられたら、ふら〜っとぐらいするかもしれないわ」
ミニーの鼻息が荒く、盛り上がっているので、わたしは思わず相槌を打った。
「うん、じゃないのよ!」
失敗した。ミニーがエスカレートする。
「そんな弱気でどうするの? フランツさまを取られちゃうかもしれないのよ? それでいいの?」
「……兄さまに好きな人ができたら、それは仕方ないと思ってる」
肩からミニーの手の重みが消える。
カトレアが言った。
「そっか。リディアはまだ……気づいてないのね。でもさ、リディアが年下だから、気持ちに規制がかかるってのは確かにあるかもね。だから。リディアがフランツさまに対して心を開いているなら、そのことをフランツさまにそうと分かるように伝えることも大事じゃないかな?」
「伝える?」
頷いて、しばらくカトレアはわたしの表情を観察しているようだった。
「例えば、名前で呼ぶようにするとか。それだけでもずいぶん伝わると思うよ?」
「ごめんね、リディア。あたし、もっと強くリディアはフランツさまを好きだと思ってたの」
わたしが兄さまを強く好き? もちろん好きだけど……。兄さまはいつか解放してあげなくちゃいけなくて……。
みんな黙りがちとなり、お開きにして、もふさまに乗りカトレアを宿まで送り、わたしは家に帰った。
「お帰り。ミニーは元気だった?」
兄さまに聞かれてもちろん頷く。
「もちろん元気だよ」
アラ兄たちと話し、双子をギュッとしてから部屋に入る。
みんなリュックの中から出てきた。
『リー、チューってなあに?』
クイに尋ねられる。
「ん? ……口付けのこと」
『口付けすると何かいいの?』
『人族はそうやってお互いの愛情を測るんだ』
レオがいうと、もふもふ軍団は大きく頷いた。
『じゃあ、リーとチューする』
みんながわたしの顔にチューをしまくる。途中から笑っちゃったけど。
『これは我らが親愛の情を伝える方法だ』
最後にそう言ってもふさまがわたしのほっぺを舐めた。
あ。もふさまはよくわたしのほっぺをぺろっとしていてくれたけど、そういうことだったんだね。嬉しいや。
「リディアは兄さまと結婚したくないんでちか?」
「え? なんで?」
「だって、兄さまに好きな人ができるって」
「うん。いつ兄さまに好きな人ができるかわからないでしょ? 兄さまは今まで婚約者になってわたしを守ってくれた。だからね、兄さまに好きな人ができたら、今度はわたしが応援してあげなくちゃ」
「リディアの気持ちはどうなんでちか?」
「わたし? わたしの気持ちは。兄さまは世界一幸せであって欲しいよ。だから兄さまが選ぶことをわたしは応援する」