第318話 友達にはなれない
家についた。ロビ兄はわたしをギュッとして男泣きをした。
わたしは火魔法で火事を消し止めた大活躍が嬉しかったと伝えた。本心だ。
アラ兄にも泣かれた。
極めつけは母さまで、身体中の水分がなくなっちゃうんじゃないかって心配になるほど、ずーっと涙が止まらなかった。
アルノルトにもピドリナにも心配をかけていた。
ピドリナが腕を奮ってくれたので、わたしはもふもふ軍団へのご飯だけを作った。オーブン任せの料理になったけど、みんな大満足してくれたよ。
お茶の時間にピドリナお手製レモンケーキを食べながら、あったことを話した。家族なら言わない方がいいことの制約がないので、ありのままを話せる。
丸薬を作ったことは、事情聴取でもそうだったけど、すっごく褒められた。
逃げ出してから使った魔法を話すごとに大人たちは口を閉ざし、双子の兄たちは喜んでくれた。
事情聴取では端折って話して、言わなくても許されるギフトの魔法と魔具で乗り切ったことにし、その魔具も規格外なので父さまが魔使いの家にあったものとしたことも話した。
証のことはやっぱり意味がわからないなと、みんなで気持ちを共有した。誘拐犯1がなぜ聖女がすぐに覚醒すると信じていたのか、それから証に触れると国が蘇るってなんやねんって思ったようだ。
ひと段落すると父さまと母さまから話があると言われ、わたしの部屋にふたりと上がった。
「なあに?」
「リディアは学園に通いたいか?」
わたしは驚いて尋ねた。
「なんでそんなことを聞くの?」
「リディーが王都に来て、ほんの少しの間に、いろいろなことが起こった」
まぁ、確かにそうなので頷く。
「しかも拐われるなんて」
父さまがわたしの頬に触れる。
「……学園で嫌なことを言われるかもしれないわ」
母さまが言った。
「え、何? なんで生きて帰ってきたんだとか、そういうこと?」
なんで無事なんだよとか言われるとか?
「そうではないけど……いえ、そういうことをいう人もいるかもしれないわ。本心かもまた、わからないものだけれど」
「リディーにとって、これからの学園生活は楽しいかどうかはわからない。それでも通いたいか?」
「父さまと母さまは、わたしが学園に通わない方がいいと思うってこと?」
父さまと母さまは顔を見合わせる。
「……リディアの意見を尊重するが、……お前が傷つく気がしている」
「わたし、大丈夫だよ。図太いからちょっとやそっとじゃ傷つかないし。いろいろやりたいこともあるから、通いたい!」
父さまたちは時間をかけて笑顔を作る。
「わかった。それなら、明日、制服を買いに行こう」
「あれ、みつかったんだよね?」
父さまの目が据わる。
「あれは捨てる。裁判が終わるまでは取っておくように言われているから処分できないが」
え?
「そんな汚れちゃったの? クリーンできれいにするからいいよ」
父さまは立ち上がって部屋を出て行った。
母さまが新しい靴下をくれた。おお、いつもの刺繍がグレードアップしてる。わたしのだってわかるように母さまはわたしの持ち物に刺繍を入れてくれてるんだけど、今回はお花の中に〝R〟がさりげなく入っている。わたしは素敵だと母さまにお礼を言った。
母さまはわたしの頬を撫でる。
「明日、父さまたちと一緒に制服を買いに行くのよ。一緒に行けなくてごめんなさいね」
わたしは首を横に振る。
すっごい汚いところに捨てられてたのかな?
もふもふに埋もれて、爽やかな目覚めだ。
朝ごはんを食べてから、制服を買いに行った。連絡しておいたようで、わたしのサイズの既製品が用意されていて、すぐに着替え、大きいところを詰めていく。まち針いっぱい。中間服なので、セーラー型のブラウスにジャンパースカートだ。生地がいいものだから仕方ないけれど、特にスカートはバカ高い。ブラウスは長袖と半袖を2枚ずつ買った。本当にクリーンをかければきれいになるから、前のものでよかったのに。
午後に来客があった。ユーハン嬢だった。
客間に通してもらう。
彼女は、前触れもなく来てごめんなさいと、サラリと言った。
「私、国に帰ることになりましたの。留学は終わり」
え?
「終わり?」
驚いて口にすれば、彼女は頷いた。
「ええ。学園内で誘拐されるような国には、置いておけないと」
ああ、……そっか。危険な目にあったのだものね。
「私、今日はお別れの挨拶と、懺悔と忠告をしにきましたの」
わたしは言葉を無くす。
「何から言おうかしら。まずは……ここからね。6歳の時に親が離縁して、母方の姓になりましたの。事情があり、名前も少し変えました。ユオブリアで生まれ育ちましたが、とてもここで暮らせるような状況ではなくて、南レミゼト王国に逃げたんです」
心臓がドクッとなる。わたしの足元で伏せていたもふさまが、わたしの感情に反応したようにピクッとする。
「3年前に母が再婚して、ルーシー・ユーハンになりましたが、ユオブリアで暮らしていた頃はルチア・ガルッアロでした」
そう言って、紅茶を一口飲んだ。
わたしは目を伏せた。
「さ、3年前にお亡くなりになったと聞きました。お悔やみ申し上げます」
「ご存知でしたのね? 驚いていらっしゃらない」
「昨日、知りました」
ユーハン嬢は頷いた。
「私、父が嫌いでしたの」
え?
「父だけではありませんわ。家族みんな好きではありませんでした。私に関心がない兄も、王子妃になるように厳しく勉強づけにされているのに、それを羨んで意地悪をしてくる姉たちも、新しいことにしか興味のない母も。特に私のためと、自分の地位をあげたいためだけに、娘をお妃候補にしようとする父が嫌いでした。
だから、父が亡くなったと聞いた時も、なんとも思いませんでした。家族が父の死を悲しんで悼むのを、冷めた思いで見ていました。私以外にはいい夫であり、慕われる父親であったことが意外で驚きでした。
それからすぐに母は再婚しました。父とは比べものにならないほど、善良で人格者でいいお方です。でも母が再婚したのは、父の罪を暴いたシュタイン家に報復するための足掛かりを目的としていたことを知り、なんて愚かなんだろうって思いましたわ」
もふさまがわたしの膝に乗ってきて、そして目を伏せる。
「シュタイン嬢もシュタイン伯も悪くはないのに、あの人たちはあなたたちに復讐する気でいたのです。ちょうどいいことに私が聖女候補の資格があると言われたので、ユオブリアの学園に通って、あなたたちに復讐するべきだと言われました。
みんな私が一番父にかわいがられたと思っていて、だから一番憎しみが強いと思っていたようです。私は従う振りをしてユオブリアに来ました。家族から離れられるなら嬉しいと思ったから」
淡々と語るユーハン嬢は冷静そうに見えた。
「私は復讐をするよう言われて学園に来ましたが、復讐をするつもりはなかった。だって、お父さまがああなったのは自業自得と思っていたから。あなたたちに憤るお母さまたちがおかしいと思っていたから。ただあの家にも私の居場所はないから、留学できるのはありがたかった。
ユオブリアに来てあなたの噂を聞いたわ。あなたは家族ととても仲が良くて、とても愛されていた。私は……あなたに思うことは何もなかったのに、あなたはただシュタイン家の令嬢としか思っていなかったのに、愛情をいっぱいにうけていると知ったら、それが羨ましくて、妬ましくなってしまった。私は家族に愛されていないから。
それで、もし、あなたに会ってしまったら、あなたを憎むんじゃないかと思えて怖かった。私に流れる父の血が、残酷なことを思いついて、あなたを苦しめようとするんじゃないかと思った」
そう言って、ユーハン嬢はわたしをみつめた。
少しの沈黙。
「……そんな時に、入園試験の手伝いに借り出されて、あの声を聞いたの。シュタイン令嬢が学園に入ってきたら、きっと憎んでしまうだろう、と。そして手にかけてしまうだろう、と。私の心の中を読まれたようでとても怖くなった。動けなかった。少ししてから声のした方を探してみたけれど、話していた人たちをみつけることはできなかった。
シュタイン嬢、気をつけなさい。あれは危険だわ。あなたを憎むと断言する人よりたちが悪いの。あなたを憎みたくないの。悪いことだとも、自分に非があるのもわかっている、でも憎まずにはいられない。そんな風に憎む人は精神の均衡が崩れてきているの。そんな人に憎まれるのはとても危険よ」
「それで、わたしが入園できないよう、閉じ込めたんですね?」
「ええ、そうよ。私も良くないけど、あの声の人はもっと危ういと思えたから。誰だったのか、それからいつでも耳を澄ますようにして声の主を探したけれど、わからなかったわ」
……そうだったんだ。
「私は……、父があなたにしたことを……謝れない……。父が悪いことをしたとわかっているのに、あなたには何の非もないのに、あなたに謝れないの……。私は王子殿下妃になりたくもなかったし、それが父の愛情でもなく、ただ身勝手な地位を持つための、私は父の道具でしかなかったのに。それでも……だけど、結果的には父が私のためにしたことなの。世界でただ一人、私だけは悪いことでも、否定することはできないの! 勝手でしょう?」
ユーハン嬢の瞳から、ポタポタときれいな滴が落ちた。
「私は父が嫌いだったはずなのに、家族が嫌いだったはずなのに。あなたに謝ることも、許しを乞うことも、……あなたの手だけは一生取れないんだわ」
泣くもんかと思って唇を噛みしめていたけれど、逆らって涙は落ちてきて、もふさまがその涙を舐めてくれる。
ガルッアロ伯がわたしにした一番酷いことは、わたしとユーハン嬢が友達となれる未来を奪ったことだ。
「今回のことがあって、再婚相手の父と、兄が迎えに来てくれましたの。みんながここは危険だから帰って来いって。私に全てをまた背負わせようとして悪かったって言われましたの。私が大切だって。
私、家族が好きではなかったけれど、……嫌いにはなりきれなかった。
帰ることにしました。そう言われたからが理由ではなく、憎むのはやめようって家族に言うために。そんな気持ちを持っていて犯罪に手を染めたら、またみんなを巻き込み不幸になるから」
ユーハン嬢が誘拐犯2に言ってたことが思い出されて、また涙が落ちる。あれは自分に重ねていたんだ……。
「私の懺悔と忠告です。残るはお別れの挨拶ね」
ユーハン嬢が立ち上がる。
わたしも、もふさまにどいてもらって立ち上がった。
「ルーシーって名前を変えたけれど、でもどうしても好きになれませんの」
軽い調子でユーハン嬢は言った。
わたしは右手を出した。
「ルチアさま……お元気で」
これからの彼女の人生が楽しく、いいものであって欲しいと思う。
彼女がわたしの手を握る。
「……リディアさまも、一生会わないと思いますが、お元気で」
わたしはガバッとルチア嬢に抱きついた。
最初は怖かった。閉じ込めておいて、……わたしの入園試験の邪魔をしておいて、それでも試験を受けられたのだから、それが神の思し召しだなんて思う考えがわからなかった。
3人で拐われた時も、顔見知りがいるから多少安心感があるだけだった。
でも一緒にいるうちに、少しずつ彼女のことが見えてきた。
きっちりした性格なこと。キツい性格を装って人を近づけないようにしていること。本当はお人好しで、世話焼きなこと。わたしが具合が悪い時、ずっと手を握っていてくれた。寝るのは最後で、暑くて蹴ってしまう上掛けをわたしたちのお腹に必ずかけ直してくれていた。頭の回転が速く、ポンポン会話が返ってきて楽しかった。褒められるのが苦手で、微妙な間ができるのも、味のある人だと思った。これからもっと一緒にいて、楽しいことをいっぱいして、友達でいられると思ったのに……。
ひとしきり泣くと、肩を持って引き離される。そして涙に塗れた顔でわたしの涙を拭うから、わたしもルチア嬢の涙を拭いた。
「私、向こうの学園に通って、今度こそいっぱい友達を作りますわ。ご機嫌よう」
ルチア嬢は涙いっぱいの顔で、鼻の頭は赤いまま、それはきれいに微笑った。
だからわたしも頑張って微笑った。
「……ルチアさま……ご機嫌よう」
翌日。学園に行き、学園側からの謝罪があったり、知人が訪ねてきたりで忙しく過ごした。
聖樹さまにも謝られた。聖樹さまが一番深刻で、自信喪失している。自分のテリトリーで生徒が拐われたこともそうだけど、いくら結界を緩くしていたとはいえ〝悪意〟を感じられなかったことが理由のようだ。
わっかんないけど、誘拐犯1と2はわたしたちに対する悪意はなかったように思う。だって聖女候補に助けてもらいたかったんだもの。それを手伝った人は、きっとお金で動いていて、そこに善悪の感情はなかったのかもしれない。その考えはわたしが感じたことでしかなく、確かではないから聖樹さまに言わなかったけどさ。でも励まして、悪意はなかったから無事に帰ってこられたのかもしれないというと、木漏れ日の光がもっと優しくなった。わたしもちょくちょく聖樹さまを訪れようと思うけど、もふもふ軍団にも聖樹さまのところに顔を出して欲しいとお願いした。軽くオッケーしてくれたもふもふ軍団は、……言葉通り頻繁に聖樹さまを訪ねてくれた。
昼休みにアイリス嬢がやってきた。
昨日、ユーハン嬢が宿に挨拶に来たという。
「本当にあっさりと帰ってしまいましたわね、ユーハン嬢は」
「……そうですね」
わたしの中ではまだ、ユーハン嬢への思いを昇華できていなかった。
「あ、リディアさま。あたし、今回の件で怖かったですけど、リディアさまたちと少し仲良くなれたようで、それは嬉しかったですわ」
「わたしもです」
そこは同じ気持ちだ。
「仲良くなれたけれど、でもあたし、リディアさまとは友達になりたいのではないんです」
アイリス嬢はそう言って大変かわいらしく微笑んだ。
「あたしは、リディアさまのお姉さんになりたいんです」
はい?
<7章 闘います、勝ち取るまでは・完>