第317話 聖女候補誘拐事件⑰友情の行方
わたしたちもあったことを話したが、こちらがどんなふうだったのかも教えてもらった。
わたしたちが拐われたと認識されたのは、なんとセローリア公爵令嬢のおかげだった。夕食の時にハープの演奏をするはずだった彼女だ。わたしにピンチヒッターを頼み、彼女はわたしがうまくやれるか心配で、東食堂が見える中二階にある中庭から見守っていたそうなのだ。わたしの演奏が終わり安心していたところ、食堂の中の人たちがおかしな動きをした。そして〝避難〟を始めているように見えた。食堂中で聞いた爆発音や煙は外にいたセローリア嬢は聞こえないし、見ていないそうだ。ハープの演奏は聞こえていたのに。
え、何かあったの?と焦っていると、後ろ方向になる第3校舎の方から煙がでているのを目撃する。今この場所からしか見えないだろう煙を、どうやって食堂の人たちが知り、逃げ始めたのだろうと変に思いながら見ていると、たまたまわたしが視察団の人に運ばれているのが見えた。布を当てられくたっとなったところも。そしてその男は、人の波から外れて廊下を曲がった。
令嬢は今のは何?と焦り、職員室に行った。第3校舎の火事に人員がさかれ、先生は少なかった。わたしが連れ去られたように見えたことを伝えたが、きっと視察団の誰かがシュタイン嬢を運んでくれたんだろう、後で調べておくと言われたそうだ。だけどどうにも気になり、寮に戻ってからヤーガン寮長に相談した。
ヤーガン嬢はドーン寮にわたしが帰っているかを確認した。わたしはいなかった。次にアベックスの男子寮に行き、兄さまとアラ兄を呼び出し、セローリア嬢に見たことを話させた。兄さまたちは学園に戻り、ロビ兄を探した。わたしはロビ兄と一緒にいるはずだったから。煤だらけのロビ兄ともふさまと合流し、食堂でわたしとは別れたことが判明。そしてもふさまはわたしの魔力が辿れないことに気づいた。
総出でわたしを探し、念のため全ての寮で生徒を確認したところ、聖女候補のアイリス・カートライト令嬢とルーシー・ユーハン令嬢もいないということがわかった。という流れだったらしい。
怪我人は出なかったが、いなくなったのが生徒3名と、視察団から5名。その5名は派遣された小間使いみたいな子たちだったらしい。火事に驚いて逃げ出したのではと視察団の人たちは軽く考えていた。派遣したところに問い合わせると、その依頼は取りやめにするという連絡が入ったので、ウチからは派遣していないと言われたそうだ。派遣された子たちが持っていた契約書、その写しも偽装されたものであることがわかった。
誰かがこの学園に入るのに、派遣の小間使いを装い侵入し、騒ぎを起こしてその間に令嬢たちを連れ去った。大人たちはそう見通しを立てた。
神聖国のこともいくつか聞いた。
あのあたり一帯が昔は神聖国だった。それがどんどん小さくなっていって、滅ぼされたとされるところが、最後に国を構えていた縮小されたところだったらしい。神聖国生まれはエレイブ大陸では魔力が多い方になるので、重宝された、と言うかいいように使われていたらしい。挙げ句の果てにガゴチに目をつけられた。
ガゴチは傭兵の集まりでできた国だ。建国当時はできるトップがいる統制の取れたまともな国だったそうだ。初代の将軍はジェイと呼ばれていてカリスマ性があった。そしてやることに筋が通っていた。そんなジェイ将軍を羨み、やっかんだセブ副将軍による下克上が起こった。彼は今のガゴチの代表で、素行も、素養も悪く、力で全てをねじ伏せ、自分を一番好きなタイプの人間だそうだ。最悪なトップだが、強さが上回るのはジェイだけだったため、従うしかないという情勢だったらしい。
初代将軍は自らトップになりたいという人ではなかった。強さと頭の良さ、そしてカリスマ性により、みんなが頭を垂れてトップになってくれと懇願されてやっていただけだった。だから副将軍の不審な動きがあった時にすぐに察して、自分の作った法に陥れられ、裁かれるより前に、行方をくらましたという。
セブ将軍はずいぶんジェイを探したそうだが、大陸を渡ったのかみつけることができなかったそうだ。いなくなったのでヨシとして好きに振る舞い、今のガゴチになった。歳をとり少しは落ち着いてきたようだが、未だ神聖国の末裔を取り込む夢を諦めてないようだ。ガゴチの強さは間違いなかったが、国対国になると、尊い血筋があるわけでもないと見下されることが多く、そこで神聖国の末裔をマスコットのように取り入れようと画策したみたいだ。ただそれは世界中から非難を浴びせられるだけになったので、神聖国を追い込み滅したところで終えたらしい。けれど時々末裔のことを思い出しては探したりちょっかいを出したりしている。
世界議会には神聖国関係のことではないいくつものガゴチの苦情が寄せられている。ガゴチの内部だけでなく外部からも、未だにジェイ将軍を慕う声は止まないそうだ。
この時は、神聖国がガゴチに滅ぼされたから、ガゴチの話が出てきたのだと不思議に思わなかった。後から知らされたんだけど、この時点であのターバン男と通じていたのがガゴチだったとわかったそうだ。結局セブ将軍まで捕らえる物証は出ないでこの件に携わっただろう一部の人しか罰は受けないんだけどね。
さて。ここから少しだけ、後にわかった誘拐事件の顛末を記しておく。
実際裁判が始まったのは冬のことだ。ガゴチの犯罪をどうにか暴けないかと調べを広げてそこまでおしたらしい。
誰が何を思って始めたことに巻き込まれたのかは知りたいところだけど、わたしたちが気になっていたのは、誘拐犯1と2の処分とあの隠れ里の子供たちがどうしているかだけだった。これはわりとすぐに対処された。黒幕がいて担がされてやったことなのは明白だったからだ。彼らが未成年だったこともあり、大人の事情で神殿が彼らの後見人になったことも大きいだろう。労働奉仕はもちろんだが、終えたあとは神殿に入ると行き先が決まった。
子供たちは施設に入った。誘拐犯1が迎えに来るのを信じているそうだ。その施設を調べてもらったところ、まともなところだったので安心した。アイリス嬢と名前を伏せ、時々物資などを送った。
〝証〟については世界議会も首を突っ込めなかったのか神殿預かり話になり、真相が一般人に語られることはないそうだ。知るのは聖女だけとなるだろう。ということは、あのあやふやな聖女が証に触れれば神聖国が蘇る云々というのは事実なわけ?と首を傾げたが、教えてもらえなかった。
そして黒幕たちの思惑は見事にバラバラだったということだけ言っておこう。関係者はそれぞれに勝手に聖女候補での儲け話を目論んでいた。最終的にはガゴチに売りつける気だったらしいけれど。そんな烏合の衆だから、わたしたちも逃げられる隙があったのかもしれない。
視察団は誘拐事件とは全く関係ないと思われたが、一部がそのガゴチの末端と会っていたことがわかる。でも会っていただけで繋がっていたり何かをした証拠にはならなかったので逮捕まではいかなかった。
けれど逃げおおせた誘拐に手を貸した他3人の子供と誘拐犯1と2だけで3人の子供を誘拐できたとは思えないので、そいつがなんかしただろうと思われている。火事騒動にいたっては誘拐犯1と2は計画になかったそうだ。繰り返しになるが、証拠は出なかったので、罪は問えなかった。ただ、みんなの目が厳しくなったからだろう、その者は世界子供教育支援団体を辞めたそうだ。
わたしたちへの事情聴取はその1日で終わりとなった。もしまた聞きたいことができたら、学園に来るそうだ。
わたしたちもこれで家に帰れる。週末なので、週頭から学園に戻ることにして、わたしは王都の家に帰ることにした。
アイリス嬢とユーハン嬢は家族で宿に泊まるそうだ。ふたりのお父さんたちからいっぱい感謝をされた。わたしがいなかったらまだ抜け出せていないだろうとふたりは言ったそうだ。わたしは首を横に振る。ふたりと一緒じゃなかったらわたしもできなかったと思うと。父さまももちろん、ふたりに大感謝を伝えていた。
わたしたちは手を取り合った。わたしたちとっても仲良くなれたと思う。だからわたし、勇気を出した。
「ルーシーさまってお呼びしてもいいですか?」
ユーハン嬢に名前で呼んでいいかを尋ねた。
彼女は目を少しだけ大きくして。そして眉が八の字になり、顔が歪んだ。
あ。
「駄目」
え?
「そう呼ばれるのは好きじゃないの」
そ、そうなんだ。
ユーハン嬢と仲良くなれた気がしていたので、とても悲しく思った。
「わたしたち、もう友達ですよね?」
歪んだ顔のユーハン嬢に不安を覚え、思わず言ってしまっていた。けれど……。
「……あなたとは友達になれないわ」
すがるように聞いた言葉は、否定され、行く場所をなくした。
ただ、否定されたことより、ユーハン嬢に泣く一歩手前の顔をさせたことの方が、心が痛かった。
みんなが帰るのを見送り、わたしたちも馬車で発つことにする。クジャク公爵さまのお屋敷は第9区にあった。
父さまに誘拐だと知らせてくれたセローリア嬢やヤーガン嬢にお礼をしたいけれど、身分が下のわたしからだと手紙が一番失礼にならないかなと相談しているところに、クジャク公爵さまが見送りに来てくださった。隣には夫人もいらっしゃる。とても優しそうな方だ。
「リディア、改めてお礼と、きちんとご挨拶をさせていただこう。クジャク公爵さまは、リディアの曾お祖母さま、前ランディラカ伯の奥方であるゲルダおばあさまの兄上さまだ」
曾お祖母さまのお兄さん……。
「曾お祖母さまのお兄さんだったんですね……。わたし、親戚は少ないと思っていたので、嬉しいです。それから助けてくださって、ありがとうございました」
感謝を込めて礼を尽くした。
「リディアのその明るい翠の瞳はゲルダにそっくりだ。抱きしめても?」
わたしが歩み寄り手を広げると、ふわりと抱き上げてくださった。
そして慎重にわたしを抱きしめる。
「嬉しいね、ゲルダの曾孫と会えるとは……」
夫人からも抱きしめていいかと聞かれて、わたしは同じように手を伸ばした。夫人からも軽々と抱っこされる。
ふたりに感謝されて、また遊びにきて欲しいと言われた。
それから聞こえてしまったのだが、公爵令嬢ふたりをクジャク家に招待し食事を取るのはどうだろう?と言われた。父さまが頷いたので、そうさせていただくことにした。
馬車の中で聞いたのだけど、クジャク公爵さまは遅くにやっとできた子を幼いうちに病で亡くされたそうだ。それから表舞台からは去り、国から要請される転移の仕事を時々こなされるに留めているらしい。それも公爵さまが良かれと思う依頼しか受けないそうだ。そんな方が、親戚のわたしが誘拐されたことで、自ら動いてくださった。そしてそれは、クジャク公爵さまだけではなかったらしい。今まで疎遠だった親戚の方々が手を組み尽力してくださったそうだ。それぞれに後でお礼に行くつもりだ。
ふたりが聖女候補だったことで神殿が動き、そして権力のある親戚の方々が動いてくださったことにより、本部などは縮小されなかった。だから連絡系統のパイプが強いまま生きていて、保護されてからの手続きが驚くほど簡略化できたらしい。
そうだよね、拐われていたとはいえ、わたしたち不法侵入だし。違う国に転移しても問題にならなかったのはそういう下地があってのことらしい。感謝しかないね。
馬車の中でもふもふ軍団は大はしゃぎだ。わたしの作ったご飯が食べたいというので、頭の中で献立とタイムテーブルを組み立てていく。今日帰るのは伝えてあるから、恐らくピドリナが腕をふるってくれてるはずだ。だからわたしはもふもふ軍団のご飯だけ、ね。材料は収納ポケットに入っている確かなもので組んでおいて、もし良さそうなのがあったら追加していこう。
わたしは父さまに聞いてみた。すぐにというわけではないんだけど、これから時々、王都の家に友達を呼んでもいいかを。ユーハン嬢たちを呼んで一緒にご飯作っても楽しいかも。
父さまは頷いてくれた。
「ああ、いいぞ。兄さまたちにもきちんと確認をとるんだぞ。……リディー、その友達にはユーハン嬢も入っているのかな?」
友達という言葉に、初めて見たユーハン嬢の泣きそうな顔が浮かんだ。
「あ、……まだ友達になれていないんだけど。うん、ユーハン嬢たちと過ごしたいなと思って。学年も寮も違うから」
「……そうか」
父さまが下を向いた。どうしたんだろう?
「リディー、実は、ユーハン令嬢のことで少しわかったことがあるんだ」
わかったこと?
「ランパッド商会の方が南レミゼト王国に行くというから、ユーハン家のことを調べてもらったんだ」
ああ、わたしがユーハン嬢を怪しんでいたから、手を打ってくれたんだね。
「たまたま、奥方さまを見かけ、見知った方だったから驚いたそうだ」
ふーん、見知った?
「もともとユオブリアの方々だ。離縁し、……南レミゼト王国のユーハン伯さまに嫁いだようだ。優しそうな方だったな」
ああ、ユーハン伯さまね。少しお年を召していたけれど、ユーハン嬢に愛情を注いでいるのはわかったし、ユーハン嬢も慕っていた。
父さまが真剣な顔をした。
「……ルーシー・ユーハン令嬢は、名前が変わる前はルチア・ガルッアロ令嬢だった」
え?
思考が停止する。
…………ガルッアロ? ガルッアロって、カークさんをつかって、わたしを殺そうとした?
裁判で有罪になった?
「ガルッアロ伯は、3年前、服役中に亡くなった」
あ。
友達になれないと言ったユーハン嬢。
あ。
ああ。
ユーハン嬢にとって、わたしはお父さんを牢屋に入れた存在で……お父さんは服役中に亡くなった……。
あんな顔をさせたのは…………わたしだ。
「リディー?」
顔を伏せたわたしを兄さまが心配そうに覗き込む。
わたしの膝の上にもふもふ軍団が集まる。
「わたし、言っちゃった。仲良くなれたから友だちになれてると思って。
もう友達ですよね?って。そしたらとても辛そうな顔で、なれないって言われた。わたし……」
胸が痛くて叩く。もふさまがわたしの手首を軽く咥えてそれを止める。
もふさまの輪郭がぼやけていく。もふもふ軍団が口々に何か言ってる。
胸が痛い。ユーハン嬢の泣きそうな顔が浮かぶ。
兄さまに引き寄せられて、胸に顔がつく。兄さまの服が濡れる。それでも兄さまはギュッとしていてくれた。




