第316話 聖女候補誘拐事件⑯顛末
もふもふに埋もれながら、こてんと寝てしまったようだ。まぶたの向こうがなんとなく明るい気がする。
軽く目を開けると、みんなに見られていた。
「んーーー、どうしたの? もう起きてたの? お腹空いた?」
「違うでち。リディアがいなくならないようにみんなで見張ってたでち」
あ…………。
どんなに心配させていたのかが伝わってきて泣きそうになった。
みんなをかき抱く。
わたしがいなかった時のことを話してくれた。特にロビ兄がおかしくなりそうだったと。ロビ兄は自分がもふさまとわたしを引き離したと、そのせいでわたしは連れ去られたと自分を責めたようだ。
チラリと横たわるもふさまに目をやれば、耳がしょげている。
わたしは気を逸らしたくて、あの時の爆発音のようなものは何だったのか、火事はどうなったのかを尋ねた。
第3校舎の中庭で火の手が上がったらしい。爆発音は音だけで、他いくつかの箇所でボヤ騒ぎがあった。発見が早かったので大きな被害を出すことなく、消火できたようだ。お客さまの夕食会があるため、生徒たちは早く寮へ帰らせていた。だから生徒への被害もなかったらしい。一番激しかったのが第3校舎のそれで、ロビ兄が、火をより大きな魔法の火で覆い、取り込んで消したらしい。そんな火魔法の使い方があるとは大絶賛だったそうだ。
「もふさま、ロビ兄を守ってくれてありがとう。そのおかげでみんなの大切な学園が守られた。いつも本当にありがとう」
「我がそばにいなかったから、リディアが拐われた」
「もふさまはわたしをみつけてくれた。だから帰ってくることができたよ。魔力遮断の魔具さえ壊せればもふさまが見つけてくれるってわかってたから、怖さも半減してた。手が触れる距離にいなくても、みんなと繋がっているから、わたしは頑張れたんだ」
もふさまは伏せ目がちにわたしを見る。
『……フランツにリディアのことを聞かれて。魔力を辿ってみたがリディアの魔力が感じられなくなっていた。学園中を探したが、リディアはいなかった。王都も領地も見てまわったが、リディアをみつけられなかった。リディアの収納箱がなくなったと言うから、魔力は遮断されているが生きていることがわかった』
淡々と語るだけに、その重たい事実だけが響く。
そっか、みんなにはわたしの生死もわからなかったのだ。
わたしは起きたら海の上で、それまで眠っていたのだと話した。
それから何日かして、船の上で魔力の暴走の直前と同じような感じになり、魔力遮断の魔具で魔力を堰き止めていることにより、魔力が暴走しそうになったのではないかと、誘拐犯に魔具を時々外してもらうようにしたんだと言った。その間眠らされていることも。もふさまは頷いた。
『微かにリディアの魔力が感じられる時があった。でも微かすぎて方向も探れなかった』
やっぱり距離があると、漏れてるレベルの魔力は辿るのは厳しいんだね。
『気づいて、魔力を時々でも放出できてよかった。もし海の上で魔力が暴走し船を破壊したら、全て藻屑となったかもしれん』
え。な、なるほど。そこまで想像できてなかったよ。
『リーのことばかり考えてた』
『リーは?』
「おいらたちのこと思い出したでちか?」
「うーうん」
というと、みんながむくれた。
『ひどい! 私たちは毎日リディアを思って泣いてたのに』
レオの膨らんだほっぺを突っつく。
「頑張って考えないようにした。だって思い浮かべたら、寂しくて怖くてへこたれちゃいそうな気がしたの」
『リディア』
『リー』
「リディア」
みんなのことを考えそうになると慌てて打ち消してた。みんなは拠り所で、信じている。だけど。手が触れる距離にいなくても繋がっているのはわかっているのに。手が触れる距離にいないと不安になるものだから。
会いたくて。たまらなくて。もしその思いに浸ることを自分に許したら、浮上できなくなる気がした。
誰かのお腹がグゥーと鳴った。朝だ。朝食前にやることもあるし、起きるか。
お金持ちのゲストルームはさすがになんでも揃っている。
顔を洗い、服を着替えた。
もふもふ軍団にご飯を食べてもらう。みんなこれからもふさまのリュックの中でぬいぐるみになり眠るつもりらしい。
みんなが食べている間に、美白化粧水を完成させることにする。
昨日お風呂で鏡を見たら、ずいぶん日焼けしていた。美白化粧水の効果があるかデータを取れる機会なので、逃さないよ。3人分を用意しよう。
2年後のわたしの社交界デビューに合わせて、化粧品を売り出す予定だ。広告塔はデビューの時のわたし。その時にはお化粧のセットを、技術と一緒に売り出すつもり。それまでに化粧品のブランドとして名を覚えてもらうために、化粧水から売り始めていろんなものを出していく予定だ。
わたしは外で遊ぶのが好きなので、よく日焼けしていた。でも次の日にはおさまっているから、日焼けしない体質というか、日焼けがすぐにひく体質なんだと思っていた。けれどそうではなく、母さまが光魔法でわたしの肌をケアしていてくれたのを知った。光魔法、凄い! いろんな使い方があるもんだなぁと思い、ふとね、美白化粧水とかできないかな。あったら売れるぞって思った。
ただ光魔法は〝取っておける〟ものではなかった。治癒魔法はその場で相手にかけるものだからね。がっかりしたんだけど。
でも、思い出したことがある。魔物の肉はおいしい。ウチで作る野菜やダンジョン産のものはおいしい。魔法で作った水を撒くと野菜は早く大きく丈夫に育つ。これ、魔力?魔素?が入ったものは、より人が〝良いもの〟と感じるってことなんじゃないの?
試しにハーブで作った化粧水を母さまやハンナたちに試してもらった。
ブンブブンの巣をただ普通の水で漬け込んだ液を原料にしたものと、魔法水のものと2つ作って。結果は魔法で出した水のもののほうが、俄然使い心地も肌に対しても効果が高かった。そしてさらに、実験するだけと、もふさまに頼みこみ、聖域の聖水で作らせてもらった。聖水で作る化粧水は、さらに効果があった! ハンナが赤ちゃんのようなぷるるん肌になったと大喜びで。わたしも触らせてもらって驚いた。
ウチで作った石鹸、普通の石鹸にハーブを混ぜてまた固めなおす、あれも評判がいい。石鹸会社さんも売れているハーブ入りを聞いて作るようになったそうなんだけど、ウチの領の石鹸を知っている人はまたこちらのを買うそうだ。
そうそう、石鹸はホリーさんが石鹸会社と話をつけて、石鹸を買うから、領地で作り直した石鹸を売らせてくれないかと言ってオッケーをもらったんだ。レシピとまでは言えないけれど作り方も伝えた。なぜかウチの領地で作ると効果が高いものができるとあって不思議がっていたんだけど。聖域のハーブを使っていたからだったんだと合点がいった。
もちろん聖水を使ったものは家族でしか使わない。売り出したりしないよ。
魔力の入ったものは効果が高いとわかったので、その化粧水に光魔法を込めてみた。そしたら化粧水が肌を元気な状態に若返らせてくれる美白化粧水になった。美白化粧水は来年ぐらいから売っていこうと思っている。今年はまず化粧水にするつもりだ。美白の方はまだデータが少ないからね。
化粧水は持っているので、それを3つの瓶に注ぐ。レオがご飯を食べ終わったようなので、お屋敷にいる人たちに気づかれないように結界を張れるか聞いた。お安いご用と言ってくれたので、お願いする。結界の中で光魔法を使う。肌の元気を高めるように祈りを込めて。
美白化粧水、誰にでも効果はあるか、アイリス嬢やユーハン嬢にも試してもらおう。子供の肌は元気だから、本当は大人に試してもらいたいところなんだけどね。
できたて化粧水を掌にビシャビシャと出して、顔につけていく。よく染み込むように掌の熱でプレスだ。染み込め、染み込め。
朝食の席でふたりに化粧水を渡した。今年から化粧品レーベルを売り出していくことを伝えアピールしておく。ふたりとも顔がちょっとむくんでいた。家族と会えて気が緩んで、泣いたのかもしれない。けど、穏やかな顔だ。
体に優しい、おいしいご飯をいただき、もっと元気になる。
ご飯が終わってから、順に事情聴取となった。世界議会の人たちだけでなく、ユオブリアの面々も同席だ。わたしの時は兄さまも特別に許可されたようだ。
覚えている限り、誘拐されてからのことを話すように言われた。
火事騒ぎで逃げるのに、誘拐犯1に運ばれる途中、口元に布が当てられ、次に気がつくと揺れる部屋のベッドの上だったと話し出す。
制服ではなく白いワンピースを着ていた。それまで身につけていたものはひとつもなく、着替えさせられていて、そして魔力遮断の腕輪がつけられていた。昨日、世界議会の人の許可をとってから、イザークのお父さんに外してもらった銀の腕輪だ。
おばあさんに末の姫だとか、国に帰るところだとかわけのわからないことを言われて……。
言葉の鎖で縛られ、大人しくしているしかなく、わたしたちはあの隠れ里に連れて行かれた。誰かが聖女になり証に触れると、神聖国が蘇ると信じているように思えた。聖女になった時、証に触れて欲しいだけで、特に行動は制限されず自由だった。里から出たら周りは死の砂漠で生きていられないから、逃げないだろうと見越していたのだろうけど。
そうして様子を見ていたが、わたしたちは黒幕がいると思った。この連れ去りが成功したと黒幕が思ったら、わたしたちを真の目的のために引き取りに来るだろう、と。だからその前に逃げ出すことにした。
途中の逃げ出す時にわたしが使った魔法の数々は言葉を濁し、ふんだんに魔具を使ったことにした。父さまをチラリと見ると、魔具を付け足すたびに顔色を悪くしていた。そして長い話の末に、お遣いさまや兄さま父さまたちと会えたことまで話し終えた。
「ユオブリアには、ずいぶん進んだ魔具があるのですな」
議会のひとり、カードさんが顎を触っている。
「いえ、ユオブリアにではなく、シュタイン家に、ですね」
とイザークのお父さんが言う。
あははと父さまに目をやると、父さまが静かに言った。
「実は、それらの魔具は……」
父さまは領地の買った家が魔使いの家だったことを話した。そしてそこには不思議な部屋があり、娘の使った魔具は全部その部屋にあったものだと言った。
みんな興味を持ったようで、食いつきがよかった。話を脱線させ、魔具を見たいとか部屋を見たいと言う話まで出たが、父さまはその部屋は家族しか入れないようなのですと帳尻を合わせた。
使った魔具を提出できるかを聞かれて、どの魔具かを尋ねた。
魔力遮断の機能を壊した魔具といわれた。今とってきましょうか?と尋ねると後からでいいと言われたので、わたしは頷く。
わたしはギフトが関係するからと逃げる時のいろいろをすっ飛ばしたけど、ふたりもスクーターやテントのことは言わないでいてくれたみたいだ。
部屋に戻り、ぬいぐるみになり眠っていたレオを起こして、またベッドの上だけ結界を張ってもらった。そこでスライムの魔石をクラッシャー君にしてみた。魔力の高い人が魔力を当てたり、魔具職人が見ようとしたり、鑑定持ちが魔具を見ると読めない文字が浮かび上がるだろう。日本語でクラッシャー君と編み込んであるそれは、古代の魔法陣かと思っちゃうかな?
うわぁお! わたし、古代の魔具作っちゃった! そうだ、と思いつきで、美白化粧水ちゃんをかけておいた。300年以上前のものが古びてないのは、微かに修復機能が入ってるって思ってくれるといいんだけど。
このお屋敷には魔力の高い人がウヨウヨいそうなので、わたしが魔法を使うのはわからないようにレオに結界を張ってもらった。
さっきその場で袋を呼び出せって言われたらどうしようかと思ったよ。
わたしは父さまに、我が家で見つけたはずの、魔具の機能を壊す魔具を渡しに行った。おじいさまである前ランディラカ辺境伯に鑑定してもらい、使い方を知っていたのだ、きっと。
父さまにごめんなさいと言うと、生き延びるためにしたことだから偉いと褒めてもらった。えへへ、だから父さま大好き!