第315話 聖女候補誘拐事件⑮転移
裁判の達人が来たからか、話はサクサク進む。
誘拐犯2を連れて、神聖国の隠れ家へ誘拐犯1を捕まえに行くことになった。
身分の高そうなおじいちゃんは転移の第一人者、クジャク公爵さまだそうだ。今回の誘拐事件に胸を痛めて、自宅を捜索の本部にし、転移の力を使ってサポートしてくれたらしい。大人数を一気に転移、凄い人だ。
いいな、転移。転移を付け足せるような大元のスキルがあればな。
わたしのギフトはあくまで付け足しだ。
魔具の機能を壊す〝解除〟も元になる〝付与〟を持っているからできること。転移のカテゴリって何なんだろう? 転移ができたら便利なのに。
クジャク公爵さまは、わたしたちひとりひとりに声をかけてくれた。
とても立派で誇れる小さなレディたちだと言われて、くすぐったく嬉しくもあった。クジャク公爵さまは懐かしい人に会ったようなそんな目をわたしに向けた。
?
クジャク公爵さまの魔法で、みんなで転移した。
瞬きする間に周りの景色が変わった感じ。だけど、内臓に違和感っていうか。内臓が浮き上がってまだ元の位置に戻ってないっていうか。前世でバスに乗りバウンドした時にお腹にフワッと何だか気持ち悪いのがくる、あれに近いものがあった。
あ、治った。隣を見るとアイリス嬢もユーハン嬢も、変な顔をしていた。転移がわたしと同じで初めてだったのかな。他の人たちは慣れているのか、別段変わった様子はない。
ただ、何もない荒地にみんなが言葉をなくしていた。
世界議会から来た人が何人か弾かれたけれど、それ以外の人は入れたので、誘拐犯2は困惑している。
もふさまが言うことには、ここは聖域の〝できそこない〟だそうだ。だから魔力の多いものなら入ることができる。
この緊急時に〝お遣いさま〟は聖樹さまから力を与えられ、遣わされた先であるわたしの父さまとだけコンタクトを取れるようにしたという設定にし、父さまと兄さまとは魔具を通し会話していたようだ。
だからそれはみんなに伝えられた。魔力の少ないわたしが弾かれないのはおかしいことになってしまうので、こそっと瘴気の少ないものも入れると付け加えてくれた。
通路が開くと、小さな感嘆の声が上がる。
中から子供たちがこちらを覗き込むようにしていた。
わたしたちと誘拐犯2を見ると嬉しそうにまとわりついてきて、知らない大人たちにはにかむ。2の手が拘束されているので、それをどうして?と2に尋ねていた。
子供のひとりが誘拐犯1を連れてきた。バックにいる大人たちも目に入っただろうけど、ためらうことなく、わたしたちを見て、ほっと息をつく。
「ご無事だったのですね、よかった」
《フントさま、大人がいっぱいだよ?》
《みんな証の欠片を持っているの?》
尋ねる子供たちに少し悲しそうな顔をして首を傾げている。
「私は世界議会から遣わされた、カード・バンパーです。ユオブリア学園より3人の少女を誘拐し軟禁した訴えが出ています。あなたが関与していると少女たちが言っていますが、認めますか?」
誘拐犯1は静かに頷いた。
「認めます」
「拘束します」
誘拐犯1の手が拘束されると、子供たちが世界議会の人たちにやめてと言って叩いたり噛み付いたりする。
《みんな、止めるんだ。僕が悪いことをしたんだ》
《え?》
《姫さまたちに来てもらったんじゃなくて、拐ってきたんだ。悪いことをしたから、拘束されているんだ》
「え? 嘘だ。ウミ姫さま、嘘だよね? ウミ姫さまは、僕たちのことを救いに来てくれたんでしょう?」
アイリス嬢はそう言ったティーの前にしゃがみ込む。
「ごめんね。あたしには、そんな力はない」
「ウミ姫さま、フントさまが悪いことをしたなら、僕も謝るから。みんなで謝るから、許してあげて」
「……悪いことをしたら、償わないといけないの」
「償うって? フントさまもビックスさまも、どっか行っちゃうの?」
「……ここにはいられないんだ」
「嘘だーーー! フントさままでいなくなったら、俺たちどうすればいいの?」
「ごめん、みんなごめん」
捕まえられたオババさまたちはいい人の仮面を被り、何で拘束されるのかわからないという演技を続けていた。
王子さまを含めて子供15人全員も、世界議会の預かり案件となるようだ。エレイブ大陸支部はフォルガードにあるそうで、そちらにみんな搬送されるようだ。子供たちは裁判待機の保護施設に。このケドニアは砂漠の民たちがより集まり街を作ったところだと言う。それぞれがどこかの部族に属していて、一番幅をきかせているケドニア族の名前が定着して一帯をケドニアとしている。
神聖国は紐解くと聖女の末裔がやってきて作った国だそうで、魔力が多いのが特徴。子供たちだけしかいなくて、魔力が高いとわかったら、悪さを考える人が出てくるかもしれないし、8歳以下の子供たちだけを砂漠に置いておくのもまずいからね。多少なりとも縁のあった子たちなので、不安そうな目をしている彼らに何かしてあげられるとよかったけど、いく末を案じるしかできることはなかった。
わたしたちも事情聴取を受けるようだけど、今は一旦家族の元へ帰っていいと言われた。クジャク公爵家でふたりのご家族も待っていらっしゃるようだ。
その間クジャク家に泊まらせてもらうことになる。転移すれば、クジャク家だった。
それぞれの家族が、アイリス嬢を、ユーハン嬢を抱きしめ、わたしも父さまと兄さまに寄り添った。
お風呂があって、湯船もあり、最高だった!
今日はわたしたちの休息を先決にしてくれたので、用意してもらった部屋のベッドの上で、もふさまにしなだれかかって寝そべりながら、リュックの中のみんなを取り出す。ぬいぐるみのまま抱きしめる。
ポンポンポンポン。小さな音がして。
みんなに抱きつかれた。
『心配した』
『怖かった?』
「わたしも驚いたし怖かった。魔力を遮断されたから、本当にどうしようかと思ったんだ」
『リディア、フランツだ』
「兄さま?」
ノックの音がする。
すぐにドアを開けると、メイドがいない時は相手を確かめて開けないとダメだと注意を受けた。これからはそうするけど、もふさまが兄さまだって教えてくれたんだというと、渋々頷く。
ドアを開けたのに入ってこない。
ん?
「リディー、私はここでいい。夜に婚約者の部屋に入るわけには行かないからね」
ここは家じゃないから体裁を気にしたんだろうとわたしは思った。
「眠るところだった? リディーが戻ってきたって夢を見たんじゃないかって急に不安になって、部屋まで来てしまった」
わたしは兄さまの手を握った。
「夢じゃないよ。わたしはここにいるよ。……兄さま、手紙、ありがとう」
「手紙?」
言われて思い出したようで、顔を赤くした。
「気がついて、いつリディーが引き寄せるかわからないから、その前にと急いで殴り書きしたんだ。字が汚かっただろう?」
「わたし、あの言葉で頑張れた。だから、ありがとう」
手を引き寄せられて、兄さまの胸にすとんとおさまる。
ドクンと鼓動が跳ねた。
2、3秒だったろうに、ものすごく長く感じた。
わたしの肩を持って、兄さまは半歩下がる。
わたしの顔を覗き込み、わたしの両頬を手で包む。
兄さまの青い瞳が少し潤んでる?
そうして長いことわたしを見ていたけれど、手を離し、もう一度わたしを胸に抱いた。いつものスキンシップなのに、ドキドキと心臓がうるさい。
「魔力が遮断された時のことを考えないとだね」
「うん、わたし、思ったんだけど……」
これからは収納箱の中にも追跡の魔具を入れておこうと思う。まあ、それを袋から出して持っていて許される状況じゃないと使えないんだけどさ。
兄さまとそんなお喋りをして、あくびをしたら、兄さまは〝いい夢を〟とわたしのおでこにおでこをあてて祈るようにした。いつものデコチューよりも何だかドキドキしてしまった。
なんか、心臓が変。病気?
兄さまが行ってしまってからもドアのところにいたからか、もふさまがのっそりやってきた。
『フランツと寝るのか?』
「え? なっ」
『部屋の外にいつまでもいるから、フランツの部屋に行きたいのかと……』
「ち、違うよ!」
強い調子で言うと、もふさまがびっくりしている。
「ごめん、なんかわたし変だね」
「いや、怖い思いをしたから気が昂っているのだろう。さっきからリディアは興奮しているようだ」
興奮? わたし、興奮してるの? なんか嫌なんだけど。
不毛なことを考えるのはやめよう。今は久しぶりにもふもふを堪能しながら眠ろう。




