第313話 聖女候補誘拐事件⑬乙女の怒り
びしょ濡れになり、地面に水が滴る。その様子でそこに人がいると思えば、わたしたちは見えてしまうだろう。
「全くどうやって生き延びたのかも興味はあるが、お会いできて光栄ですよ、聖女候補さまたち。神はやっぱり俺の味方だ。こうして聖女候補も手に入った」
「きゃあ」
「アイリス嬢!」
「カートライト嬢!」
神官がアイリス嬢の手をひき、抱え込む。
「ほら、オイタはいけませんなー。大人しくなさい。おい、ガキ、そっちのふたりを捕らえろ。動いたら、ウミ姫がどうなるか、わかるな?」
アイリス嬢がブルブルと震えていた。
「なんだ、ウミ姫、怖くて震えているのか? 大人しくしていれば、優しくしてやるから、そう震えなさんな」
「怖いんじゃない! あたしは頭にきてるのよ!」
顔をあげたアイリス嬢の目が据わっている。
「あったまきた! 来たれ、雷よ!」
そう叫んで、片方の手をあげた。
え?
天からカクカクと金色の光が降りてきて、アイリス嬢がそのカクカクした光を素手で持った。素手で! 持った!
そしてもの凄くかわいい顔からは決して想像できない力強い声を出す。
「おりゃぁーーー」
光に慄き体を逸らしている神官の体に光を突きつけた。
「ぎゃーーーーーーーーーー」
神官が恐ろしい声をあげ、ピクピク痙攣しながら倒れた。
嘘ぉ。大の大男を倒したよ、この娘。
クイと同じだ。天から力を分けてもらうタイプのスキル。
横たわっている神官がビクッとした。のそっと起き上がる。髪の毛が根元だけ逆立っている。
強い静電気が流れた感じかな。クイより威力は弱いけど。
アイリス嬢が舌打ちする。
「一度あたしが掴むから、半減しちゃうのよ」
と悔しそうに言った。
フラッと神官が立ち上がる。
「なんで掴むの? 雷を落とせばいいんじゃない?」
こそっと伝える。クイはそうしているからだ。
「……命中率が悪くて、掴んでやる方が確実なの」
確かにクイも命中させるのに苦労していた。自身で電撃を生み出すのではなく、天から呼び寄せてるみたいなんだよね、あれは。空から呼び寄せるから、自分の目線から敵までの座標と空から敵までの座標に目測だと誤差が起こるって言ってた。それであの時、尻尾で定められるよう〝ショット〟をプラスしたら、みるみる上達して、いつの間にかショットを使わなくても命中するようになっていた。
「こ・む・す・めーーーーーーーーーーー」
すっごい怒ってるよ。
手を前に突き出している。
「魔法くるよ」
言ってわたしは風の防御幕を張る。
火の球だ。街中でマジか!?
弾き返すので精一杯だったので、それが壁にあたり抉れた。くすぶる火。
水と火、持ちか!
わたしはふたりを引っ張って、狭い通路から教会の門の方へ後ずさる。
また手を突き出している。
今度は水のカーテンで防いだが、威力があって、消火までできない。それは教会の門に当たり、門が崩れる。
悲鳴が聞こえる。
「もう、許さない!」
アイリス嬢が天に手をかざす。
「アイリスさま、人差し指で雷を落としたい所に狙いを定めて」
「え?」
「ギフト・プラス! ショット!」
アイリス嬢に耳打ちする。ショットと言いながら指先で座標を定めるように。
元々アイリス嬢が持っている雷を呼び寄せる力に、方向性を加味する〝ショット〟をプラスした。
ユーハン嬢が教会についた火を水魔法で消していた。水の球を何度もぶつけている。
「ギフト・プラス! ホース!」
ユーハン嬢の水魔法に大量の水を目測場所に可搬できる〝ホース〟機能をプラスした。
ユーハン嬢の腕をひき、伝える。
「ユーハン嬢、これくらいの太い筒があるの。中は空洞で水を通し、その先から水がドバーっと出るのを想像して。名付けて、ホース、よ」
「ほ、ホース?」
数滴ユーハン嬢の手から水が滴り落ちる。
わたしが頷くと、ユーハン嬢は頷いた。
見えない筒を持つようにして、
「ホース!」
大量の水が門に直撃した。
「え?」
自分でやったのに唖然としている。
なんか背中の方が明るいと振り返ると、神官とアイリス嬢が火と雷でバチバチと闘っていた。
逃げ惑う人はいるけれど、街中でドンパチやって教会には火の手があがり、子供が神官に攻撃されているのに、誰も助けに来ない。
……アイリス嬢がかなり対等に、いや上回るぐらいやってるもの。下手したら加害者と思われそう。
アイリス嬢は神官の足下をショット連発した。
焦った神官は避けようとして変なダンスをしているみたいになった。
「ショット! ショット! ショット!」
教会のシンボルに乙女の怒りの雷が落ちた。あーあ。
アイリスさん、ちょっとそんな、それはやりすぎじゃありません?
「気っもちいいーーーー」
火照った頬で、潤んだような瞳で、アイリス嬢は嬉しそうに言った。
え?
ユーハン嬢のホースも勢いが凄い。
街の中でぶっ放し過ぎ。ストレスが溜まってたんだね、ふたりとも。
「火の玉!」
神官はまた火の玉をぶつけてきたが、アイリス嬢が雷で軌道を逸らしたので教会に命中した。
うわー。かなりの人が逃げて行ったと思うけど……。マップで確認すると教会の中には誰もいない。セーフ。
消火活動を手伝おう。
「あなた、それでも神官?」
アイリス嬢の声に振り返れば、神官は誘拐犯を盾にしていた。
なんて奴!
こういう時、もふさまならどうするかな? 兄さまや父さま、アラ兄、ロビ兄なら……。
「ソラ姫だったか?」
え? 後ろに人が。
「派手に壊してくれたな」
頭にターバンを巻いている。癖のないユオブリア語。
「お前は聖女候補ではない。ゆえにお前は何にも守られない」
「タギュアさま!」
神官が嬉しそうにターバン男の名を呼んだ。
「だからお前はいつまでたっても下っ端なんだ。こんな騒ぎを起こして。人払いはしたが……」
真打ちの黒幕さん登場ってとこかな?
こんだけ街中で魔法が使われているのに、警備の人が来ないなんておかしいと思った。人払いしたわけだ。この街を仕切っている人っぽいね。
仕切れるような地位の人が、黒幕なわけね……。
悪いことをするのに、手下にやらして上は高みの見物をするのは世の常だけど、それを子供にやらせたのは同じ子供として許せない。
そうね、後々のことを考えて使える魔法は水と風だね。得意な土魔法で埋めてやりたかったけど。
タギュアとかいうターバン男はわたしの腕を持って捻じ上げた。
いったいなー。
「リディアさま!」
「シュタイン嬢!」
ふたりが心配して叫び声をあげる。
痛いので、大丈夫と言えない。
攻撃でも、こう腕を持ってからだと、弾き返す条件から外れるみたいでわたしを守るシールドが発動されない。
まあ、いいけど、反撃するから。
水の球を作って顔にお見舞いする。
ターバン男は驚いたのだろう、手を離した。わたしは痛みの残る腕をさすった。
わたしを睨みつけてきたけれど、間髪入れず水の球を連発する。
結構な量の水が絶えず顔にかけられている状態で、息ができてないね。
今のうちに、手をまとめて水の手錠で拘束。
ターバン男は肩で息をしている。男は咳き込み、わたしを睨んだ。そしてわたしに向かい手を伸ばそうとして、手を拘束されていることに気づいた。
普通なら外からその膜を突けば、水の球は形状を保っていられない。だから男は手を振ったりなんだりしているけど、わたしのはコーティングした特別性だから、そんなんじゃ外れないよ。男の顔がどんどん焦っていく。
さて、風でもう一発お見舞いしよう。動けないくらいまでダメージを与えておかないと!
「リディアさまーー、お助けしますわ!」
「アイリス嬢、水浸しの人に雷はやめた方が……」
下に水溜りがある。あの水に帯電して長くビビビとなるんじゃないだろうか?
「もちろん手加減しますわ、ショット!」
あ、プスプスしてる。大丈夫かな?
『リディア!』
反射的に空を仰ぎ見る。
頭と耳に〝感じる〟声。
わたしがずっと待っていた声だ。