第312話 聖女候補誘拐事件⑫幽霊
わたしたちはそれから街に入って情報を集めた。その後はエラの張った神官について回る。
エラの張った神官は素人のわたしからみても、こんな考えの人が神官名乗っていいの?と思える、思考が偏っていて、そして嫌な奴だった。
テントに帰ってから神官について話し合ったのだけど、やっぱりふたりも嫌な奴だと感じていて、何かしてやりたいという気持ちがむくむく起き上がってくる。
でも、魔力があったってやっぱりわたしたちは子供で、黒幕仲間がどれくらいいるかもわからないし。教会にいる神官さんがもしみんな仲間だったら、わたしたち3人なんか簡単に捕まっちゃいそうだし。
そこでユーハン令嬢が考え出したのが、幽霊になりきることだった。
「幽霊になるですって?」
「シュタイン嬢の見えたり見えなかったりという魔法、使えると思いませんこと?」
「見えたり、見えなかったり?」
「例えば説教をしているときに、私たちが恨み言を言って差し上げますの。よくも私たちをこんな所に連れてきましたね。神さまが私たちを哀れみ、他の魂を持ってくれば、生き返らせてくれるっておっしゃってますの。ですから、代わりにあなたの魂をくださいませんか?って」
気持ち、ユーハン嬢がイキイキしている。
「まぁ、面白そう! 怖がるかしら?」
「声が聞こえるから、私たちが見えるかもしれませんわ。でも、周りの方には見えなくて、神官には何が見えているんだ?と首を傾げられる。みんなには見えてないのか?と訝しんだとき、私たちが移動していたら、幽霊って思うかもしれませんわ」
「わかりました! そこで、悔い改めて罪を告白せよと言って、悪事を語らせるのですね?」
「それもいいかもしれないわ。お前は聖女候補を誘拐させたな?って白状させるのはどうかしら?」
「いいですわ」
ふたりが思いのほか盛り上がっていた。
盛り上がったところに反対意見を入れるのは申し訳なく、けれど悪党がそんな簡単に改心するとは思えなかったので、翌日とりあえず、幽霊騒動を起こしてみようということになった。
誘拐された姫設定の時のワンピースにベールを被り、3人でひっついて街に入る。そして教会に向かった。
朝早くから日差しはもう厳しい。空を見上げれば真っ青だ。
もふさま……。魔力を解放してから3日経った。会いたい。みんなに会いたい……。
「シュタイン嬢、どうかして?」
「ううん、今日も暑いなと思って」
「そうですわね。涼しくして差し上げましょうね」
アイリス嬢が楽しそうに笑って、ユーハン嬢も笑う。わたしも笑った。
例の神官をみつけ、後をつける。
あれ、そっちは教会の出入り口だよ。教会から出ちゃった。そして細い通路に入った。
あ!
わたしたちは口の前に人差し指を立て、お互いに頷く。
誘拐犯2がそこにはいたのだ。
《みつかったのか?》
《いや、まだ》
《じゃあ、来るんじゃねー。お前みてーな小汚いガキとつるんでるとは思われたくないんでな》
《報告に来いって言ったのはそっちじゃんか》
《うるせぇ! 報告ってのは進展があってするもんだろ。早く遺体を見つけやがれ、この間抜けが!》
《遺体をみつけてどーすんだよ? 家に帰してやるのか?》
《馬鹿か、おめーは。神聖国で祀ってやんだよ。神殿が間違った聖女を選ぶから神が怒ったって大々的に広められるだろ。世論も大きく動く。そうなりゃ神殿は失墜する》
神官でありながら、属する神殿に恨みがあるようだ。
《聖女候補を得られなかったのは痛手だが、死んじまったのは仕方ねぇ》
《なんで死んでるってわかるんだよ?》
《砂漠はガキが着の身着のまま、生き延びられるようなところじゃねー》
《もしかしたら、誰かに助けられて……》
《砂漠にゃぁ、人の面倒をみる余裕のある奴なんかいねーよ》
唾を吐き捨てる。
《それより、おめー、証の在り処は聞き出したのか?》
《いや、まだ》
《早くしやがれ。王子とかいうのが持ってんじゃねーのか?》
《部屋を隅から隅まで調べたけど、それらしいものはなかったよ》
《ったく、このグズが! 聖女候補はいねーんだ。あそこから取れるもんはもう証だけだ。婆さんとしっかり探しやがれ。王子の首にナイフでも当てて、口を破らせろよ》
《……》
《お前、情が移ったわけじゃねーよな? 次の満月までに証を手に入れられねーなら、こっちも考えがある。オメーの弟分たちから一人ずつ消していくからな》
《……》
《なんだ、その目は? 一丁前に怒ってんのか? あー、俺にタテつく気か? おい、お前、まさか、お前が聖女候補を逃したりしてねーだろうな?》
《なっ。なんで俺がそんなことすんだよ?》
《知恵がついて、どっかに売りつけたんじゃねーだろうな?》
《何言い出すんだよ? 俺がどうしてそんなことすんだ?》
《まとまった金を受け取って逃げる気だろう?》
神官は誘拐犯2を思い切り蹴飛ばした。狭い通路だから、壁に激突し思わず漏れたような呻き声が。
え?
アイリス嬢がわたしの手を離して、神官を突き飛ばした。
《う、ウミ姫?》
痛みに耐えながらお腹を押さえていた誘拐犯が、絞り出すように名を呼んだ。
「神官でありながら、子供に暴力を振るうとは何事です?」
アイリス嬢は凄んだ。
《……ウミ姫? 聖女候補か? 確かに桃色の髪だな。生きてやがったのか》
わたしはアイリス嬢の手を握って、素早く引き寄せた。
《消えた!》
《そんな馬鹿な!》
わたしとユーハン嬢が先走ったアイリス嬢を睨むと、彼女は口パクでごめんと言った。
「我らはお前たちの計略に落ち、誘拐され、殺されたようなものだ。我らは神に会った。神は言った。そんなに死するのが悔しいのなら、代わりの魂を差し出せと。さすれば生き返らせてやると」
ユーハン嬢やるね。
そこまで言って、わたしたちの手を引っ張り狭い通路内を移動する。そしてまたそこで話す。
「どうせなら、我らを死に導いた魂がいいと思いましたのよ」
そして移動する。神官と誘拐犯は、声のした方を見て、でも姿は見えず困惑しているようだ。
「聖女候補さまの魂ですか? 何をおっしゃいますことやら。安全なところから自ら出て、お亡くなりになったんですよね? それを俺たちのせいにされても、ね」
誘拐犯2は動けずにいる。青い顔をして、声のした方を見上げるだけだ。
「ほんっとに悪党ですわね」
「さぁ、それはどっちかな? 何か仕掛けがあるんでしょう?」
「「「きゃあーー」」」
広範囲に水をかけられ、頭から水を被り、わたしたちは叫び声をあげた。