第310話 聖女候補誘拐事件⑩教会へ
何があるかわからないから、ふたりの逸れた時用のバッグを作った。
最低限の、水と携帯食料と、小銭などをいれたポシェット。
国が違かろうが神殿はふたりのことを知っているだろうし、保護してくれるはずだ。
お遣いさまをただ待つだけでは能がないので、街に行き神殿に助けを求めようと思う。
テントの中のものを収納し、テントも収納するとユーハン嬢に尋ねられる。
「あなた、街がどちらかわかりますの?」
わたしは指をさす。
「あれ、街って気がしない?」
マップではまだ相当距離はあるけれど、オレンジ色の空を背景に街を覆う壁じゃないかというものと、教会の先っぽかなという形が影絵のようにチラリと見える。
「あ、街だわ」
「教会ならありそうね」
「スクーターで街のそばまで行って、様子をみよう」
3人乗りをして、スクーターを発車させる。昨日と同じように灯りを灯し、赤い点を避けながら街へと向かった。
街の周りを覆う外壁が目視できた。門は夜中ゆえに閉まっていて、門番もいなかった。少し離れたところにテントを設置し、中で休憩をとる。
地面が揺れたような気がして慌ててマップを見る。テントは防音仕様なので、外の喧騒から遮断されている。
まだ日は昇っていないというのに、青い点がわさわさと集まってきていた。
近くに街はないから、みんな夜の間に移動してきたってことだ。
そっか、ダンジョンでは必要なかったけれど、テントにも窓はいるね。
スキル・改造! 窓を追加。
どんなにベストの状態のものを思い浮かべても、後から気づくことってあるじゃない? 全部作り直すんじゃなくて、わたしのギフトみたいにつけたせればいいのにと常々思っていたところ、いつの間にか生えたスキル〝改造〟。これにより最初から作り直さなくてもよくなった。重宝しているスキルのひとつだ。
早速できた窓。思い浮かべた通りだ。日よけの布を上にあげると、その四角い部分だけ透明のシートになっていて外が見える。
「うわー。テントに窓があるのね!」
今、つけたんだけどね。
動物に乗った人たちが列をなしていた。
揺れた気がしたのは、その人たちが近くを通ったからのようだ。
あ、そっか。路傍の石は獣には効きにくいから。
エンミュだ。ロビ兄が魔法で作り出して騎乗していた、鳥型の子。
エンミュは列をなしているけれど、時々気になるみたいでテントに近寄ってきて首を傾げてみたり、突いたりしている。エンミュに乗っている人たちがエンミュに何か言っている。〝なんだ大人しくしていろ〟とか言っているんだろう。
「人にはこのテントが見えてないみたい」
「正解!」
「え?」
「見えないというより、気にならないような魔法がかかっているの、このテント」
「そ、そうなんだ。世の中にはいろんな魔法があるのね」
アイリス嬢が不思議そうに頷いた。
「あ」
ユーハン嬢が短く叫んだ。
どうしたの?と聞くまでもなかった。
誘拐犯2がいた。マップでも確認すると、黄色い点は誘拐犯2の1つだ。
ゴクリとわたしたちの喉が鳴る。
その時、門が開き、中から人が出てきた。槍みたいのを手にしている。簡易ながらも装備をきちんとしているから門番さんなのだろう。
門が開くと吸い込まれるようにエンミュに乗った人々が門の中に入っていった。
「ど、どうしますの?」
「考えられるのは2つで、それによりどうするかは変わるね」
「ふたつって?」
アイリス嬢は泣きそうな顔をしている。
「ひとつは、わたしたちが逃げ出して街に来ているかもと探しにきた」
「その場合、中にはいないのがわかって出てくるでしょうね」
わたしはユーハン嬢に頷く。
「もうひとつは……」
「黒幕にわたしたちが逃げたことを伝えにきた」
ユーハン嬢がズバリ言うと、アイリス嬢が息を呑んだ。
「ここは黒幕の街なの?」
「わからない」
わたしたちは窓に顔を寄せるようにして、門を見ていた。
日が完全に昇りきった頃、中から誘拐犯2が出てきて、エンミュに乗り走り去った。
なんとなく息を吐き出した。
「ど、どうする?」
「わたし、ちょっと街の中を見てくる。ふたりはここにいて」
「え?」
「何言ってるの、もし黒幕がいるところだったら危険よ」
「わたしだけなら、絶対にみつからない秘策があるの」
スキル・路傍の石。わたしを知らない人たちだけか、わたしを知っている人がいても強くここにいるって〝知って〟いなければ、わたしは空気のように見えない。
家族と出かけた時に、美男美女の集まりだからこう視線がつきまとってね。視界にわたしが入ると、あの子だけ普通ね、みたいに見られたんだよね。ただのわたしのひがみかもしれないけど。そんな時よく空気みたいにわたしが見えなければいいと思った。わたしを知り、必要としてくれる人にだけみつけてもらえれば。そうしていつの間にか生えていたスキル・路傍の石。強く願えば、わたしは認識されにくくなる。
「中の様子を見てくる。探しにきたんだとしても、3人の女の子を見なかった、とか、見かけたら教えてくれとか言ってるかもしれないから探ってくる」
そういって、砦の子供たちの部屋から拝借してきた服に着替える。
「そ、それは?」
ちょっとバツが悪いので言い訳をする。
「あの子たちが欲しがっていた兄の服と、焼き菓子、それからお金は置いてきた」
すぐには気づかれないよう下の方に隠すようにね。焼き菓子は普通にみんなに渡したよ、もちろん。
砦の子は、特に誰のと決まっているのではなく、服を共有していた。何日か着たら、洗濯してある服に着替え、着ていた服はひとところに溜めて、溜まってきたら洗う、という方式を取っていた。
ユオブリアの服とは布が違う。何度か洗い込まないとチクチクする素材で、風をよく通す。白が好まれるみたい。年季が入り真っ白ではなかったが。ノースリーブのタンクトップみたいな形の上に膝丈のズボンを履き、紐でウエストを締めるのが一般的のようだ。靴は鞣した皮のもの。
「あなた、そんなに足を出して」
「ここだと、その方が目立たなさそうだから」
大人は足首までのズボンだけど、子供は膝丈なんだよね。
ここではそれが普通なんだと思う。
ストンとしたタンクトップに膝丈のズボンをはき、ウエストで紐を閉める。髪を後ろでひとつにルーズに結べば、現地の男の子といった感じだろう。
ふたりはかなりかわいいし、見た目で女の子とわかってしまう。
その点わたしは、ダボダボの男の子の服を着ていれば、男の子に見えてしまう。
悲しくなんか、ない。長く着るためだろう、大きなサイズのものだったんだ。わたしが着ても大きい。紐で落ちないようにぎゅっと結ぶ。
絶対テントの中にいるように注意をして街へと歩き出す。
テントに路傍の石の効果をつけておく。
窓から見ているだろうふたりに訝しまれないよう列に並ぶ。ぶつからなければ、ここにいる人たちはわたしに気を留めないだろう。
前の団体の最後尾についていく。やはり身分証のチェックはあるんだね。
もちろん見えてないから、身分証を見せなくても咎められることなく、中に入れた。
国が違うからという点でも、周りが砂漠だからというところでも目新しいものばかりだ。完全におのぼりさんで、左右を見ながら歩く。
サボテンジュース。おお、ご当地ものだね、あとでふたりに買っていこう。
子供もちらほらいて、同じような格好だった。浅黒い肌の人も白い肌の人も混在している。