第308話 聖女候補誘拐事件⑧脱出
目が覚めた。ユーハン嬢がわたしの手を握っていた。誘拐犯がいない合図だ。
そっと目を開ける。目が合い、わたしたちは頷き合う。
時間が惜しい。深呼吸をする。
水を一滴。大丈夫、出せた。水が出た。涙が出そうになった。魔法はいつの間にかわたしの一部になっていたんだね。
さてと。わたしの付与に機能をなくす〝解除〟を。
ギフト、プラス! 解除!
『スキル、付与に〝解除〟がプラスされました。スキル・付与13にレベルアップ』
頭に響くタボさんの声を、ものすごく懐かしく感じる。
早速、枕元にあった銀の腕輪に触れる。
魔力を込めないと解除できないと言い訳にするつもりだったことを思い出して、見せ袋を引き寄せ、スライムの魔石を出す。魔石を握りしめ腕輪に触れる。
「解除」
鑑定すると、ただの腕輪になっている。成功!
階段を登ってくる音が聞こえた。袋に魔石を入れると、ユーハン嬢がその袋を自分の背中に隠すようにした。わたしは横になり、眠っているふりをする。
誘拐犯1が帰ってきた。アイリス嬢の声もする。
「まぁ!」
滅多に大声をあげたりしないユーハン嬢が、驚きの声をあげた。
何、何?
「怪我をするなんて、気をつけてください。沁みますよ」
アイリス嬢が怪我をして、誘拐犯がそれを手当てしているみたいだ。
手当てが終わると、1は焦ったようにわたしに腕輪をはめた。
少ししてから目を開けると、誘拐犯に覗き込まれていて驚いた。
「いかがですか? 体調は」
起き上がりながら大丈夫だと告げる。油断させようと大人しくしていたら、それが元気がなく見えたようだ。複雑な気持ちになる。
アイリス嬢が腕に包帯をしていた。
「ど、どうしたの?」
「ぶつけてしまったの」
アイリス嬢はにっこり笑った。ひょっとして……ひょっとしなくても、怪我して誘拐犯の気をそらしてくれた?
……これは絶対に帰りつかなくちゃね。
変わったことはしないようにして。お互いへの質問も今はしないで、時を待った。寝静まり、ババさまの見回りの後、誘拐犯1の見回りを待つ。
誘拐犯1もいつものように、それぞれの小部屋の外から灯りをかざし、むしろの上にわたしたちがいるかを確認した。階段を降りていく微かな音。
わたしたちは起き上がって、窓から灯りがわたしたちの寝泊まりしている棟から出て、少し先の岩山へと消えるのをみつめた。
人数が少ないこともあり、夜は静かだ。わたしたちは静かに靴を履き、3人で手を繋いだ。砦の中では灯りをつけるわけにはいかない。
暗いと一歩は力強く踏み出せない。だから余計に時間がかかる。
でもこの見回りが終われば、朝ごはんの時間にチェックに来るまで人は来ない。夜の見回りも女の子の寝顔を見るなんて何事だと散々言ってやったから、部屋の外から灯りを照らして、いるかどうかの確認をするだけになった。
小さな一歩、でも確実に、自由に向かって歩き出す。やっと広場にたどり着いた時声が聞こえて、わたしたちは岩の影に身を寄せた。
「それで、いつ来るんだい?」
「もう少しです」
ババさまと誘拐犯2の声だ。
「無害な世話役ってのも疲れるもんだよ」
「ちゃんと監視しててくださいよ。ここから逃げたら死ぬだけだ。今までの苦労が水の泡になる」
「死の砂漠を見せてやったんだろう?」
「フントがね」
「どうだった?」
「骨を見て言葉を無くしてました」
「貴族の嬢ちゃんだ。怖気づいて逃げ出す度胸なんかありゃしないよ。それより、末裔たちに知恵をつけられちゃ困るよ。あの3人が孤立するようにおし」
「俺にばかりやらせないで、自分でやってくださいよ」
「飴と鞭の使い分けが大事なんだよ。お前にひどい扱いをされれば、私に頼るようになるだろう。その方が手綱を取りやすい」
ふたりは話しながら部屋のある塔に向かって歩いて行き、会話が聞き取れたのはそこまでだった。
わたしたちは長い間じっとしていた。
会話が衝撃的で動けなかったという方が正しい。
ババさまも誘拐犯2の仲間だったんだ。黒幕のひとり。誘拐犯1と王子と子供たちが気の毒に思えたけれど、何かできるとしてもわたしたちが無事帰ってこそ行動を起こせるってものだ。
わたしたちは震える足を叱咤して、壁を手で触れて通路を開いた。通路の先がほのかに明るい。月明かりが溢れていた。わたしたちは気持ち急いで夜の砂漠へと繰り出した。
月明かりはあるけれど、基本暗くて、相変わらず風にのり砂が舞う。
「ど、どっちに行くの?」
アイリス嬢の不安そうな声。
タボさん、この辺のマップをダウンロード。
『YES、マスター。半径12000キロの地形をダウンロードしました。バージョンを14.35に修正済み。探索8の機能が使えるようになりました。半径10000キロ、スキャニング。クリア』
ええと。あっちが港で、こっちが街。港より街の方がいいか。昼間は暑いから夜に移動した方がいい。……獣や魔物がいる。抑えた赤色の点に近づかないように進まなくちゃ。
わたしは見せ収納袋からスクーターを呼び出した。スクーターといっても車輪はついていない。飛ばして移動するものだからね。
体が大きくなったので、おまるだと足を折り曲げるのが辛くなってきて、スクーターを作った。二人乗りもできるゆったりサイズ。今回は3人で乗るからぎゅうぎゅうになりそうだけど。
アイリス嬢とユーハン嬢が口を開けている。
「逃げるよ。はしたないけど、跨いで座るの。それで前の人に捕まって」
わたしが一番前で手本を見せる。ふたりはアイコンタクトで相談し、わたしの後ろにアイリス嬢、その後ろにユーハン嬢が乗った。
「しっかり捕まって」
わたしのお腹に回された手が緊張している。
「テイクオフ」
魔石が原動力で動く空飛ぶスクーターは、3人乗せても問題なかった。
「と、飛んでる」
飛ぶといっても地上より50センチぐらい浮かんでいるだけだけどね。
「眠るのだけはナシね。しっかり捕まっていて。なるべくここから離れるよ」
タボさん、朝までに行ける範囲でどこか人が隠れていられるようなところはあるかな?
心の中で問いかける。
『YES、マスター。1時の方向、およそ60キロの速度で4時間行ったところにオアシスと呼ばれる水場と木があります』
ありがと。
「もうちょっと速くするよ、平気?」
「うん」
「なんとか」
「じゃあ、飛ばすよ!」
飛ばすのと同時に、少しだけ強く魔力を放出する。
〝もふさま! わたし、ここにいる!〟
気づいてと願い込めて。