第307話 聖女候補誘拐事件⑦虚構の箱庭
「……決行しますの?」
ユーハン嬢に聞かれて、わたしは頷いた。
「魔力遮断の魔具を外すのは、施錠した人が解除するしかないようよ」
彼女にはわたしの魔具を外す時に同席してもらい、外し方を観察してもらっていた。
「魔具も外せない。ここがどこだかわからない。どの国だか知らないけれど、私たちは不法侵入だわ。こちらの言葉も達者ではない。勝算はあるかしら?」
珍しくユーハン嬢が弱気だ。確証はないので、全部は話せなくて、わたしを信じてもらうしかない脱走計画を立てている。だから無理はないんだけど。
「わたし、これ以上学園を休みたくないのよね。帰ったら補習の嵐よ、きっと」
軽口を叩くと、ユーハン嬢は苦笑する。
「それは勘弁してほしいわね。でも留年はもっとごめんだわ」
人を拐うってオオゴトだと思うんだよね。中途半端な覚悟でやることではない。どうしてもそうしなくてはいられなかったぐらいの切羽詰まった状況で、仕方なくこうなったんだ、ぐらいのさ。でもここにはそんな緊迫感はない。
いつ聖女の力が開花するかわからないのに、精霊が騒いでいるからもうすぐだと、確かな根拠もない見切り発車。
見通しは甘すぎるし、使用している魔具の価値を知らないのも変。
それらを踏まえた結論が彼らにはバックがいるというものだ。
元々その黒幕が出てくるまでには行動を起こすつもりだった。
わたしとユーハン嬢の仮説では、バックの狙いは証と聖女候補を得ることではないかと思っている。橋渡ししているのは誘拐犯2。
神聖国の末裔である誘拐犯1と仲良くなった2は、誘拐犯1が証のありかを知っていることを知った。黒幕はそれを聞き、計画を立てた。証が輝けば国が再建できると思っていたか、そう焚きつけるかして、聖女候補誘拐を計画させ、手を貸す。失敗しても捕まるのは誘拐犯1と2だ。聖女候補は手に入らないが、この砦の年長である誘拐犯1たちがいなくなれば王子と証は手に入る。
見事成功したら、聖女候補と証を横取りすればいい。時が経ち実行犯に騎士たちがたどり着いても、聖女も証もそこにはない。そんな筋書きが考えられる。雑な仮説だけどね。
事件があると警備隊や騎士で事件ごとにチームが結成される。騎士団の3の部隊と警備隊5の合同とか。ただ日々問題ってのは何かしら起こるから、それだけにいつまでも人員を割くわけにはいかないので、20日経つとチームが縮小される。ひと月経つともっと縮小され……事実上の解散となることが多い。
もうすぐ誘拐されてから20日は経つ。チームが縮小されたら黒幕が動き出すだろう。成功と見越して。仮説は仮説でしかないけれど、黒幕がいるのはかなりの確率で当たっていると思うし、黒幕が出てきたらややこしくなるのは目に見えている。その前にとんずらだ。
ただ、わたしたちは11歳と12歳と13歳の少女。わたしの収納ポケットにより、3か月ぐらいどこかで篭城し助けを待つことも可能だけど、魔力が使えないとやはり不安が残る。
わたしたちはここから逃げ出す計画を立てながら、少しの間諦めたように大人しくしていた。もちろん油断させるためだ。
抜け出すのは簡単だが、地図もなく魔力が使えない状態では脱出した後が厳しい。
腕輪さえ外すことができれば……それが全部可能になる。
腕輪を外してもらえるのは2日に一度、でもそれも絶対に誘拐犯1がついているし、外してもらえるのは眠り薬を嗅がされて意識がない間だ。
ということは、眠り薬を嗅がされても眠らないでいる、もしくはいつもより早く目覚めることができ、その時誘拐犯1がいなければ、わたしは腕輪を壊せるかもしれない。
わたしはレオが魔力遮断の魔具を壊したところを見た。あれを〝解除〟と名付けようと思う。わたしの〝付与〟の機能のひとつに解除をプラスしようと思う。できたら、ただのガラクタの腕輪になる。
わたしの魔力が解放されればきっともふさまが拾ってくれる。
もふさまが来てくれるまで……ここはユオブリアから離れているから少し時間がかかる。それからこの岩山の空間が閉ざされていたら、せっかく魔力が漏れていてもみつけてもらえないかもしれない。だからこの砦から出る必要がある。
ギフトは成り立つと思うが、壊せる保証はない。いずれわたしのギフトが支援系なことはふたりに話すつもりだけど、付与、解除もできると知られると芋づる式に色々バレそうなので、もっと考えてから伝える情報を決めるつもりだ。
というわけで魔具を壊せるのはそういう魔具を持っていたからとする予定だ。壊す魔具を使うには、その魔具に魔力を入れないといけないということにしようと思う。だけどもし失敗してまた挑戦する場合、ややこしい言い訳になるので〝わたしを信じて〟に置き換えた。ふたりともそんな言い訳によくついてきてくれると思うし、心から感謝だ。
誘拐犯1を連れ出すのはアイリス嬢が引き受けてくれた。策があるという。
ユーハン嬢から薬を嗅がされて眠らないなんてことできますの?と心配されたけど、薬を作るつもりだ。
畑に緑草がポコポコあって、それを見たときに思いついた。メーゼはないけれど、昔はカタリの花の根の汁をメーゼのように使っていたという小話を思い出した。畑にはカタリの花もあったのだ。野菜に紛れさせて運んでいると、カタリは雑草で食べられませんよと誘拐犯1に言われ、心臓がバクバクした。わたしは部屋が殺風景だから、このかわいらしい小花を飾るんだといってコップに活けた。
魔力は遮断されているので、手袋なしで作業した。手袋も持ってるけどね。
薬を作るときのベースにする緑草。残りの胞子を滅するために、緑草に対し3分の1の量のメーゼを入れる。これが薬を作るときの基本だ。
作りたい薬の分量によってそのベースの量が変わるならわかるんだけど、作るものによりベースの量が変わる。ということは、薬によって全部覚えるしかないの? 法則性はないの?と授業でわたしは焦った。躍起になり、いろんな薬のレシピを見ていくうちに、内臓というか内側に効かせるものと、怪我を治すような外側からのもの、それから神経系のもので割合が似通っていることに気づいた。いや、似ているだけで結局は薬によって違うので覚えなくちゃなんだけどね。
でもわたしは不安になっておばあちゃん先生に聞きに行った。
もし、症状に作用する方の素材ではなく、ベースの配分が違った場合。それは効果がないだけのものになるか、それとも毒薬って言ったら言い過ぎだけど、悪い作用を与えるものになってしまうのか。
先生からどうしてそう考えたのかを聞かれ、正直に簡単に覚えられないかと法則性を探して、大まかにいって内臓系は効果のある薬草とベースは同量、外側系はベースが多く、神経系はベースが少量だと思ったと話した。でも量がどれも微妙に違うということは、それが大切ということだと思い、そこまで考えたら、急に覚え間違いとか測り間違いをしたらどうしようと怖くなって、思わず聞きにきたのだと白状した。
おばあちゃん先生は、少し微笑む。そして、薬を作る時にその先の処方される側のことを考え、驕ることなく真摯に薬と向き合うことが大事なんだと言った。薬を作ることに畏怖を抱くのは、薬草実習において実は一番大切なことだとポイントを5点くれた。そして気づいた法則のことは3年生になるともっと細かい系統の法則性を学ぶんだと教えてくれた。授業で習うより前に知りたかったらと本を貸してくれた。
そしてわたしが尋ねたことについては、神経系と一部の内臓系だけには効果がないだけではなく悪い作用を与えるんだと教えてもらった。
ただベースには面白い使い方もあって、神経系の薬は効きすぎてしまう人もいる。そういう時はベースだけで作った丸薬を先に飲ませることもあるそうだ。効果のある薬草と混ぜると悪く作用するものになったりもするが、ベースだけのものを別に飲むとそんな使い方もできるという。
眠り薬というと聞いた感じは柔らかいけど、麻酔薬みたいなものだと思う。感覚や意識を一時的に失わせるもの。そう、神経系。ベースで作った丸薬を先に飲めば効きにくくていつもより早く目が覚める可能性がある。
バレたらもっと薬を強くされてしまうだろうから一回勝負だ。
わたしたちは覚悟を決めた。
決行日、麻酔薬を嗅がされる前に丸薬を飲んだ。




