第302話 聖女候補誘拐事件②三姉妹
誘拐犯が近くにいるのに、赤い点はひとつもない。
不思議なことに魔力は遮断されていても探索と地図は作動していた。けれど、タボさんと話すことはできない。地図は進行方向には何もなく、後ろに地図が書き足されていく。でもいつものように一度記憶したところを保持することはできないようで、現在地を中心としてある程度の距離しか映し出されない。海の上なので、周りに道も何もなく、ただ船に乗っている人の点がバラバラとあるだけだった。
赤い点がないから探索機能が壊れたのかと思ったけれどそうではないらしい。ピンクの点はアイリス・カートライト令嬢だった。残る三人姉妹のもう一人はルーシー・ユーハン令嬢。
わたしたちは聖女候補だから誘拐されたようだ。
わたし、違うけど。
わたしが聖女候補でないことはあの夕食会の時に告げているのに。誘拐犯に「わたしは違う」と言おうとするとユーハン令嬢に止められる。
「あなた、バカなんですの? 聖女に用があり、聖女候補だから連れてこられたのですよ? そうじゃないとわかったらどんな扱いを受けるかわかりません」
だからわたしは言った。あのあだなで勘違いしたのだろうけれど、勘違いだったことは夕食会で話したのだと。ユーハン嬢は驚いている。
アイリス嬢は目が真っ赤だ。とても怖くて恐ろしくて、涙が出てしょうがないそうだ。仲良くは決してないが顔見知りがいて安心したみたいで泣かなくなった。それで誘拐犯たちは、わたしたちを一緒にしておくことにしたようだ。
わたしが起きたのが一番遅かったようなので、何か仕入れた情報をとお互いに知っていることを話した。ふたりにも言っていたようだが、危害を加える気はないと吹聴している。本当かいな?
3人のうち誰でもいいから、聖女の力が解放され〝本来の姿〟に戻ることを望んでいる。
あのふたりは、聖女候補を誘拐するために視察団に潜り込んでいたようで、視察団の団体から誘拐されたわけではないようだ。学園で爆発、火事が起こったのかを聞いたが、それに対しては答えてくれなかった。
アイリス嬢も、ユーハン嬢も、麻酔薬みたいのを嗅がされて、意識を奪われ、港から船に乗せられた。起きた時は船の上で、魔法は使えないようになっていた。誘拐犯1はフント、2はビックスと名前はわかったが、わたしは誘拐犯1と2と呼び続けてやる。船には船員の他に、わたしたちのお世話をする女性たち、手伝い要員なのか小さな子たちもいた。みんな姫さまといって善良な顔で寄ってきた。多分善良な人々なのだろうけど、誘拐犯の仲間だ、わたしは線を引いて絶対に馴れ合わないと決めた。
設定では一番上がアイリス嬢でウミ姫。
真ん中がユーハン嬢でホシ姫。
で、わたしが末のソラ姫だそうだ。アイリス嬢と仲良くなった小さな男の子が言っていたのだが、わたしたちが彼らの国を救う救世主の3姉妹と聞いているようで、敬われている。辿々しいユオブリア語で一生懸命話している。アイリス嬢は人気者だ。みんなの話に耳を傾けているし。
わたしは総無視していることも手伝って、評判は最悪だ。出されたものは食べずに、収納ポケットにあるものを食べている。ふたりにもどうするか尋ねたが、アイリス嬢は今まで彼らの作ったものを食べても問題なかったのでそれを食べるといい、ユーハン嬢はできればわたしの持っている物がいいと言うので、一緒に食べることにした。ユーハン嬢はフォルガード語も話せるんじゃないかと思うけど、ユオブリア語で通し、フォルガード語はわからないていをとっている。わたしも同じだ。
船内は自由にしていいと言われたが、小さな子が見張りでついた。
「ちょっと、シュタイン嬢、あなた大丈夫?」
ベッドの上でうとうとしていると、ユーハン嬢に声をかけられた。
アイリス嬢は甲板で子供たちと遊んでいる。
「酔ったみたいで、ずっと気持ち悪いの」
2日後、わたしは起き上がれなくなっていた。それどころじゃない状況なので、我慢していたが、いよいよしんどくなってきた。
ユーハン嬢が出て行ったと思ったが、戻ってきた時には誘拐犯たちを連れてきていた。ユーハン嬢と誘拐犯たちのやりとりが聞こえてくる。
「船医はおりませんの?」
「仮病じゃないのか?」
「あなた、この顔色を見て、本当にそう思いますの?」
「船医なんているわけないだろ。船酔いだ。寝てるしかないだろ?」
「聖女候補に何をさせる気か知りませんが、ご存知なのでしょう? 彼女が聖女にはなり得ないと。それなのにどうして連れてきましたの?」
「学園や神殿が嘘をついているかもしれないだろ?」
苛立たしげな誘拐犯2の声。
誰かがわたしを覗き込む気配があった。
「半日ほどで陸に着きます。我慢してください」
誘拐犯1の声だ。
誘拐犯たちが出ていくと、ユーハン嬢は言った。
「あなた運が悪いわね。聖女候補でもないのに、あんな噂が出たために訂正しなくてはいけなくなって、それで疑われるなんて」
本当だよ。
そう言いたかったけれど、口には出せなかった。
気持ち悪いんだけど、吐きそうというのとは違った。
強いて言えば、あのアイリス嬢と言い合いになって魔力の暴走を起こしそうになった時と似ている。
……魔力の暴走?
わたしは魔力が漏れている。排出しておかないとそれに身体が耐えきれないからだ。ではその排出さえも遮断されたら? 魔力がわたしの中に溜まるしかない……。魔具をつけられてから、恐らく4日は経っている。
「お願い、もう一度、呼んできて」
ユーハン嬢は驚いたようだけど、ええと頷いてもう一度彼らを呼んできてくれた。
「半日、待つしかない。到着して船から降りれば良くなるだろう」
船酔いだと思っているのだろう。
「外して」
わたしが腕輪を触ると、目を細める。
「魔法で何するつもりだ? 光属性でも持ってるのか?」
具合が悪いのを光属性で治す気かと聞かれる。
「わたし、魔力漏れてる。そうしないと、身体がもたないから。遮断されて魔力が溜まってる。このままじゃ、わたし、おかしくなる」
誘拐犯2は鼻で笑った。
「外させて、魔法を使う気か? 達者な演技だな」
「演技じゃない」
「ほっとこうぜ、行こう、フント」
「いや、確かに調べた時、シュタイン嬢は子供の時魔力漏れをしていたそうだ。それにより体も弱いと」
「だからって外してやるのかよ? それで何か魔法使われたらどうすんだ?」
「魔力は少なかったはずだ」
「それだってギフトで何するかわからねーだろ?」
「薬で眠らせて、その間だけ魔具を取る。それでいいですか?」
わたしは頷いた。
「おい、フント!」
「僕がついて見てるから」
そう〝2〟に言い捨てて部屋を出ていく。戻ってきたときには白い布を手にしていた。
「あの時よりずっと薄めているから、到着するぐらいには目が覚めるだろう。その間、魔具を外しておくから」
布を口元に当てられる。
意識がなければ、わたしは魔力を垂れ流すだけ。
ユオブリアから4日分は離れているはず。
わたしの魔力をもふさまが見つけてくれるといいのだけど……。