第294話 誇りをかけて
「再戦?」
驚いた声をあげたのは取り巻きさんだ。
「退園をかけるのかしら?」
「いいえ。懸けるのはD組の誇りです」
「D組の誇りですって?」
馬鹿にしたように言ったのは、またまた取り巻きだ。
「ミランダ、少し口を挟まないでくれるかしら?」
「申し訳ございません、マリーさま」
取り巻きさんはミランダというみたいだ。ヤーガン嬢に注意されるとしゅんとしてしまった。
ヤーガン嬢、わたし本気でいかせていただくよ。みんなの〝平民だからこんな扱いを受け、それはきっと今後もそうなんだ〟って思いを取り除くために。平民だろうがなんだろうが、何かをすればした分だけ、何かが変わることを実感してほしい。これからも顔をあげて生きていけるように。
「D組の誇りとはどういうことかしら?」
「去年、アベックス寮とドーン寮は勝負をしましたよね。それでドーン寮が負けました」
「ええ、そうね」
「ヤーガンさまは負けたドーン寮生に退園しろと言ったそうですね」
「ええ。そうはならなかったけれど」
「そうですね、他の願いに変えてくれと懇願されて、平民だけのドーン寮に寄付をしろとおっしゃったのですよね? 社会貢献をするなら、平民でも認める、と」
「ええ、そうよ」
「その願いはとても残酷でした」
「そうかしら? ドーン寮は寄付をしたではありませんか。誰も退園にはなりませんでしたわ。退園から譲歩しましたのに、残酷だなんて酷い言われようですわ」
「ドーン寮生の実家は貴族ほど裕福ではありません。それがわかっているから、金銭面で親に頼るようなことはできません。退園はしたくない。でも寄付金なんて降ってきたり湧いてくるものでもない。寮生はどうしたと思います?」
「さぁ。誰かに泣きついたのかしら?」
「寮に支給される寮費の人件費を削り、食費をギリギリまで切り詰めて、寄付金を捻出したんです」
ミランダ嬢の顔が曇った。
「夜の食事が、わたしの拳にもならないぐらいの硬いパンと、野菜の切れ端を集めたサラダ。そして薄っぺらい野菜がひとかけら入っていたら大奮発な薄味のスープだったんですよ。掃除の業者も頼まず、早起きして掃除をしているんです。それが3ヶ月以上続いたんです、先輩たちは」
わたしはにこりと笑って見せた。
「それがどうしましたの? 勝負は勝負。わたくしに何か落ち度が?」
表情も声音も変わってないけれど、ヤーガン嬢はいらっときている。
「いいえ。だからもう一度、勝負をお願いしたいんです」
「何度やっても結果は同じだと思うけれど……」
「そう思うなら、勝負を受けてくださってもいいのではありません?」
「……勝負をして、わたくしたちにひとつもいいことはありませんわ」
「ええ、ドーン寮も勝負を受けてもひとつもいいことがないのに、総寮長のヤーガンさまのおっしゃることだから断れず受けることになったんです」
ヤーガン嬢が微かに唇を噛んだ。
「ドーン寮が負けたら、今度こそ皆さまで退園してくださる?」
わたしは癇に障るだろう、甲高い笑い声をあげてみた。
「いやですわ、ヤーガンさま。勝った褒美というのは同じ重さでなければやる気が起きないものでしょう? ドーン寮はアベックス寮生の皆さまの退園なんて望んでません。そんなことでお腹は少しも膨れませんから」
ヤーガン嬢の手が微かに震えている。いい傾向だ。怒りで我を忘れてくれれば、こちらの案が通りやすくなる。
「それでは、誇りをかけるとは、具体的には何をかけるんですの?」
「ドーン寮が勝ったら、わたしたちと同じ生活をひと月してください。同じだけ苦労していただきたいですけれど、そこはおまけしてさしあげますわ。生粋のお嬢さまにそこまでの根性はないと思いますので」
ミランダ嬢の額に怒りマークが出ているね。
ヤーガン嬢も手を強く握っている。腹が立つのを抑えている感じだ。
「アベックス寮が勝ったら、ドーン寮もひと月、その生活に戻します。いかがですか?」
「そうすることのどこに、誇りがあるのかしら?」
「あら、わかりません? 勝負に勝てば誇らしいじゃありませんか。それも頂点、入園試験の点数の良かった方たちの集まりに、一番点数がよくなかったわたしと、皆さまが家庭教師から教えを受けている時に家の手伝いをひたすら頑張っていたD組が勝てたら」
「わたくしたちがその生活をすると、ドーン寮の皆さまの〝お腹が膨れ〟ますの?」
「はい、社会貢献をするのが貴族というのなら、自分たちの生み出すお金で社会貢献していただきたいですね。親のしている寄付や、親からもらったお小遣い、もしくは親から与えられた持ち物を売ったお金って結局、親のものですよね。本当の社会貢献を見せていただきたいですわ。〝本物〟を見ることができれば、わたしたちはこれから社会貢献を疑わずに済む。寄付金を捻出する必死な姿を見られれば、貴族も同じだと〝満足〟できて、お腹も満たされると思います」
ヤーガン嬢はわたしを睨め付ける。お人形くさい時の顔より、血の通った人っぽくてよっぽど好感が持てる。
目を伏せてから言った。
「いいでしょう」
「マ、マリーさま⁉︎」
ミランダ嬢が必死に止めにかかる。
「マリーさま、理不尽ですわ。吹っ掛けられているだけですわ」
「わかっていてよ。でも、シュタインさまはおっしゃられたわ。去年の勝負がドーン寮の方にとって理不尽だったとね」
「それは……」
ミランダ嬢は下を向く。素直な性格らしい。恐らく去年の勝負において、ドーン寮にとって理不尽だと思っていたのだろう。
わたしはヤーガン嬢を少し見直す。
「たとえひとりにでも理不尽なことをしたと思われているのは、我慢ならないわ。去年その場にいなかったシュタインさまにそう思われたのも不快です。けれど、勝負をすることで、解消されるというならのってさしあげますわ。寮母のこともありますしね。わたくしの総寮長の経歴に傷をつけたくないの」
さすが、プライドが高いね。
「勝負方法は去年と同じく……」
「年末の試験の総合点と1年生の魔法戦の結果も入れたいんですよね」
「魔法戦?」
「はい。試験の総合点だけじゃ、地味じゃないですか。じめっと暗い感じ」
合わせてやってるのに追加注文入ったからだろう。誰もヤーガン令嬢にこんなふうにポイポイ言ってやらなかっただろうし。
イラッときてる、イラッときてる。去年の勝負を〝地味〟とか〝暗い〟と言ったからね。
わざとらしく胸の前で手を合わせる。
「魔法戦を入れてパッと派手にいくのはどうでしょう?」
「いいですわ」
「マリーさま!」
ミランダ嬢が大声を出す。
「マリーさま、話は持ち帰りましょう」
「あ、そうしてくださって、結構ですよ。総寮長が一度口にしたことを違えるとは思いませんけれど、もしかしたら、アベックス寮の方が〝不満〟をもたれるかもしれませんものね。わたし寮長になってみて初めてわかったんです。皆さまの意見をまとめるのって大変ですよね。1年生のわたしには難しいことですけれど、ヤーガンさまみたいに最上級生で、身分も高くて、それに合わせて能力が高い方には簡単なことなのでしょうけれど。でも、皆さまの意思を確認してからで、よろしいですよ」
おお、怒ってる、怒ってる。譲歩をみせたのにわたしが調子にのってるから。激昂型なのは、この間話した時にわかっていたから。刺激しまくってみた。
「いいえ、わたくしの決めたことに異を唱える方はいませんわ」
「さすが、総寮長ですね。皆さまを掌握されているのですね」
素晴らしい。その自信は本物だ。実際の寮の方々の心は知らないけどね。
「シュタインさま、記録の者がおりませんわ。もう一度時間をとって記録の者をつけて話し合いましょう」
ミランダ嬢は有能な秘書だね。
「あら、いやだ」
わたしは首から下げていたネックレスを手に取り、今気づいたように声を上げる。
「でも、ちょうどよかったですわ。わたし先日怖い目に遭いまして。家族がとても心配をしていて、誰が何をしたか証拠となるように記録する魔具を持たされているんです。さっき試し撮りをしていて、切るボタンを押さずにずっと記録していたみたい」
わたしはネックレス型の音声記録魔具を止めて少し巻き戻し、再生してみた。
【シュタインさま、記録の者がおり】
ミランダ嬢は魔具から自分の声が聞こえると息をのんだ。
「バッチリ録音されていますから、話し合いの場を持ち誰かに記録してもらなわなくても大丈夫そうですね」
わたしはにっこりと笑いかけた。