第29話 朝日
本日投稿する2/3話目です。
ほっぺに生温かく濡れたものが触れ、わたしは揺れている。
なんだ? と目を開けようとしても、全然開かない。
「リー、朝だよ。もうすぐ日が昇るよ」
アラ兄の声がする。
もう、朝か。今日は母さまの呪いを解かなくちゃ!
わかっているのに、やっぱり体は動かないし、目も開かない。
「兄さま、リーが起きない」
揺すっているのは双子で、反対側からもふさまにほっぺを舐められている。
『リディア、聞こえているのだろう? 起きろ』
うん、わかってる。わたしだって起きたいんだってば。
「リー、おはよう。起きて」
もふさまと反対のほっぺにアラ兄がちゅっとした。
もふさまはほっぺじゃなくて目尻をペロンと舐める。
まぶたがピクッとした。
「まぶただ、まぶた」
ロビ兄の声がして、いささか乱雑にまぶたにキスが降りてくる。
反対の目もピクッとした。
力を入れて目を開けようとする。
枕元が少し沈む。上半身を抱き起こされる。
「リディー、おはよう。頑張って起きてくれ」
耳元で兄さまの声がして、おでこにむにゅっとした感触。
目をなんとか開けると、兄さまらしき輪郭がある。
「おはよう、リディー」
おはようと言ったつもりが口はちゃんとあいていなくて、うんと頷く。
「起きた?」
暗い部屋の中でみんなに覗き込まれている。
起きてるよ。心の中では呟くものの、体に力が入らない。手を頑張ってあげて目を擦る。
『いいのか? 朝日の力を借りなければ、完全な解除はできないかもしれないぞ』
「…だめ」
とりあえず四つん這いになって、ベッドの淵を探す。背中をむけて降りる。
目は3ミリぐらいしかあいてない。ゆえに見えてない。
「リー、着替えないと」
わたしは首を横に振る。
「夜着……まま……いい」
そろそろと歩き出すと、兄さまが手をとって先を歩いてくれた。
隣の部屋で母さまを支えた父さまがいたようだ。挨拶もそこそこにわたしたちは庭へと出た。
まだ、真っ暗だ。暗い中、井戸に近づくのは怖いのでアラ兄がお水を出してくれて、それで顔を洗った。やっと目が開いた。
「リディー、眠いのに、ごめんね」
そう言ってきた母さまは父さまに支えられながら、ぐったりしている。
わたしは首を横に振って、自分のほっぺを2回叩いた。
『朝日が昇り始めたら、母君は自分に、リディアは母君を浄化するんだ』
「浄化? 治癒、違う?」
『治癒というのは、悪いところを浄化して本来の力を取り戻させることをいう。光の基本は浄化だ』
母さまに通訳すると、母さまも初めてきくことらしい。
『我はふたりの浄化の力を媒体に向かわせる。朝一番の清い光が、佳き想いに力を添えてくれるだろう』
話しているうちに、遠くの山間の方から〝暗い〟が薄れていく。
みるみるうちに谷間から明るくなってきて、光が渡ってくる。
もふさまが頷いて、わたしは母さまに呼びかけた。
朝日を横目に母さまと向き合って、手を取り合う。
母さまの悪いところを全部浄化! 呪いは出ていけ!
目をつむり、母さまの中をきれいにしていく感じで……。
母さまのシルエットの中に所々真っ黒なアメーバ状のものが蝕んでいた。浄化! いなくなれ! そう思うとそれは弾けるように消えたと思ったが、分離して逃げただけで、また違うアメーバとくっつく。その端っこの残像で、その黒いものがアラビア語のような綴りがびっしりと書き込まれた何かしらの文字だとわかった。
ひえー、このアメーバ、文字だ。呪術ってこういうことか。文字を消すなら、消しゴムだ。いや、真っ白のインク消しがいい? でもやっぱり浄化なら、上に乗せて潰すのじゃなくて、消す方がいい。全部消えろ! 弾けようが、隣とくっつこうが無駄。本質はわかっている。文字なら絶対消せるから!
後から思うと、わたしは何を確信していたんだ?と思う。消しゴムは鉛筆にしか有効ではないし。けれど、おそらく気持ちが高揚していたのと、眠いのに無理やり起きていたからナチュラルハイだった。この時は文字なら消しゴムで絶対に消せるという思い込みがあった。そこに疑いはひとつもなかった。
母さまに黒いところがひとつもなくなった。もう、母さまは蝕まれない。
呪術よ、もふさまに導かれて媒体へと帰れ。そしてついでに作った者のところにも行くがいい。
母さまの真っ白になった輪郭に温かい光が生まれる。さっきの変なアメーバではないけれど何かよくないものがいくつかあった。温かい光がそれをきれいにしていく。
母さまがとても〝元気〟になった。
『浄化した』
もふさまが言った。
目を開けて、母さまを見ると、さっきまでと全然違う、生きる力がこんこんと湧き出ている母さまがいた。
「母さま、浄化した。念のため、ステータス見て」
「……状態異常はなくなったわ」
わーと双子が母さまに抱きつく。兄さまも抱きついて、父さまがみんなを抱き込んだ。
「もふさま、ありがとう」
わたしは子犬サイズのもふさまを抱きあげた。
もふさまの額にわたしの額をつける。
もふさまの疲れを浄化する。
もふさまがわたしの額を舐めた。
『頑張ったな』
「リディー」
母さまに呼ばれて、もふさまを抱きしめたまま、母さまに駆け寄る。
もふさまも一緒に、みんなでぎゅーっとする。
この温もりは確かなものだ。これでもう大丈夫だ……。
わたしはそのまま寝落ちしたらしい。そしてお昼過ぎまで眠ってしまった。
慌ててベッドからおりて隣の部屋に行くと、みんなが揃っていた。
「目覚めたか、お姫さま?」
父さまの横を通り過ぎて母さまの足にまとわりつく。
見た感じはとっても元気に見える。
「母さま、だいじょぶ?」
夢じゃないよね?
母さまが屈み込んで、わたしと目の高さを合わせる。
「すっかり元気よ。お腹が空いたでしょう? ご飯食べる?」
わたしは大きく頷いた。
「あれ、もふさまは?」
「出かけたよ」
兄さまが教えてくれる。
「さ、リディー、着替えような」
父さまと子供部屋に戻った。