第282話 緑草
次の魔法史の授業でも、偽アダムがなんだかんだ話しかけてくるままに答えていると、2回ほど先生から注意を受けてしまった。
再戦に向けてどうするかを考えたかったのに、邪魔された感、半端ない。
3限の薬草学では初の実習だった。
班わけされたのだが、最悪だ。
偽アダムとアイデラとイシュメルが同じ班になった。
おばあちゃん先生は声は小さいのだが、早口で、文字を書くのが早ければ消すのも早い。黒板に書かれたのをノートに写すので精一杯なうえ、わたしの目の前では、へこたれないアイデラとイシュメルの攻防戦と、それに加えちょっかいをかける偽アダムにイシュメルがキレる寸前で、授業に集中できない。頭痛がしてきた。
3人が作業をなかなかしてくれないので、薬草を切り刻み始めたのだが……。
「そこ!」
チョークが飛んできて、手にあたり、わたしは手にしていた薬草を落とした。おばあちゃん先生が走り寄ってきて、わたしの手をとった。魔法を使ったのか、わたしの手が水の玉に浸される。その水の中でわたしの手が青紫に染まっているのが見えた。
「シュタインさん、魔力の20000以上の方は名乗りを上げるように言ったのに、どうして言わなかったのです?」
おばあちゃん先生が怒っている。
「わたしの魔力はもっとずっと少ないです」
そういうと、先生は眉をひそめてわたしを見る。
「あなた、魔力が漏れているのですか?」
みんなが見ている。
「小さい頃は魔力が漏れていたようなのですが、もう完治したはずです」
おばあちゃん先生は考える仕草になった。
先生はみんなへと向かって言った。
「薬草学の基本となる、緑草。全ての薬草の下地として使います。魔素がのりやすいものだからです。魔素がのりやすいだけに魔力を多く持つ人が触ると緑草が魔力を吸い取り暴走することがあります、こんなふうに」
と、わたしたちの班の机に視線を走らせた。
机の上ではわたしが刻みかけた緑草が命を吹き込まれたかのように身動ぎしていた。切り離されたものも微妙に動いていて気持ち悪い。
「ですから、魔力の多い人は私がつけている〝魔力遮断手袋〟を使います。シュタインさん、なぜかはわからないけれど、緑草があなたの魔力を吸い取るようだから、これからは手袋をつけて実習にのぞんでください。それから、魔力をかなり吸われたはずなので保健室に行ってください。保健委員はシュタインさんを保健室に」
ダリアが立ち上がり、近くに来てくれる。
先生はダリアにわたしのことを頼み、実習室から送り出した。
「大丈夫? 顔が青いよ?」
後ろをちょこちょこついてきているもふさまが、わたしたちの前に回り込む。
顔が青いとダリアが言ったから気になったのだろう。
「そう? 全然大丈夫なんだけど、授業中なのに付き合わせてごめんね」
「委員の仕事だから気にしないで」
隠蔽で数値をごまかすことができても〝草〟には通用しないなんて……どこか滑稽だ。笑いごとではないけれど。
先生たちに怪しまれたらやだなと思うと、保健室にも行きたくない。
だけど、おかしいな。本来の魔力も2万まではいっていない。
「リディアは土地勘?って言うか地図がなくても学園内で迷ったりしなかったのに、地図を買ったの?」
「うん、副委員にもなったし、寮長になったからだと思うんだけど、ポイントがけっこう入ったから」
5ポイント入った時点で、そのポイント数で引き換えにできるものがリスト化されるようになり、7ポイントの学園内地図を最初に引き換えてみた。これで移動した教室にたどり着けても怪しまれない。
「私も買っておこうかな。保健委員って、委員のお仕事をしてもポイントが入るんだ。この間保健室の掃除や書類の整理を手伝ったら割ともらえて感動しちゃった」
「そうなんだ、よかったね!」
「うん」
保健室について中に入ると、メリヤス先生が驚いた顔をした。でも瞬時に状況を把握したようだ。
「緑草……君の魔力はよほど〝おいしい〟ようですね」
「え? おいしい?」
ダリアがわたしと先生を見比べるようにしている。
「ダリアさん、ご苦労さま。処置に少し時間がかかりますので、教室に戻って結構ですよ」
そう言ってパチンと指を擦って音を鳴らすと、ダリアの前に蛍の光のような頼りない灯りが現れた。
「それについて行ってください、実習室に戻れます」
帰り道の案内を付けてくれたのだと気づきダリアは先生にお礼を言い、わたしにまた後でと言って保健室を出た。
「座ってください」
座ると膝の上に大きな桶を乗せられる。その桶の上に水の玉に包まれた手を置くように言われる。
もふさまがトラサイズのお遣いさまモードになった。リュックは器用に首にかけている。
「青緑色に手が染まって見えるでしょう? これは緑草の胞子です」
胞子?
「緑草は魔素と相性がよく効果を高めるので、薬草の下地に使います。けれど、魔素、魔力を与えすぎると暴走して植物属性の魔物になります。このように魔力を奪い取り胞子をまき、やがて宿主に寄生することもあるのです」
恐っ、怖すぎるぞ、緑草!
「親しまれ役に立つ緑草ですが、魔力の多い者には脅威になることもある。さて、アケ・ボーノ女史が施されたのなら問題はないと思いますが。水でしっかり動きを止めていますね。これは胞子が苦手としている成分です。メーゼと言います」
メーゼ? さっきノートに書いたような。
これと言って見せてくれたのは、トロみのある透明な液体に見えた。
「薬には緑草の他に必ずこのメーゼを入れます。緑草は刻まれた時点で胞子を作り出すのは不可能となりますが、万一のことを考えて胞子が絶滅するこのメーゼを一緒に入れるんです」
そうだ、材料にメーゼってあった。
スポイトのようなもので水の玉の中にメーゼを入れると、わたしの青緑色の手が普通の肌色になった。
「顔色が良くないですね。気持ち悪かったりしますか?」
「少し気持ち悪いかもしれないです」
寄生されるって恐って思ったからかもしれないけど。
先生が何かを唱えると、水の玉の膜がなくなり下の桶にジャバっと落ちた。
「どうです? まだ気持ち悪いですか?」
覗き込まれ、自分に自答する。
寄生って聞いて気のせいって気もするし、何だか気持ち悪い気もするし。
どっちつかずで言えずにいると、もふさまが吠えた。
スッと気持ち悪いのが消えた。
「消えた」
「消えた?」
「はい、やはり少し気持ち悪かったみたいなんですけど、もふ……お遣いさまが吠えたらスッと楽になりました」
メリヤス先生がもふさまを見ると、もふさまはシュシュっと子犬サイズのもふさまに戻った。
なにかしてくれたんだ。
「先生と、お遣いさま、ありがとうございました。もう大丈夫です」
先生はにこりと笑って、桶を受け取った。
わたしの膝上にもふさまが乗ってくる。
先生が桶を片付けている間にわたしはもふさまに顔を埋めた。
「ありがとう」