第272話 寮長ですが、何か?②強気と弱気
慰めたいと思ったけれど、その方法はわからなかった。
わたしなら、もふさまを撫でていればかなり浮上できる。もふもふ軍団といれば癒される。家族に甘やかしてもらうのも有効だし、ご飯を作ったり、おいしいものを食べたりするのもわたしには〝効く〟。
先輩の気持ちをせめて明るくしたいと思ったけれど……やはり言葉は見つからず。
けれど、代わりに思い出したことがあった。自分でもなんでそれを思い出したのかわからなかったんだけど、口にしていた。
「……先輩は『血と決別のアメリア』を読んだことあります?」
唐突だったから、ガネット先輩は理解が追いつかなかったようで、きょとんとしている。
「……ええ、衝撃的な物語だったわ。って貴族のお嬢さまが、あなた、その年で、あの話を読んだの?」
途中から驚いたように声が大きくなる。
わたしは頷きながら言った。
「パン売りのおばあさんが、アメリアの行動を嘆くところがあるじゃないですか?」
先輩は記憶を探るように目を細めた。
「ああ、復讐のためにトニーと別れた時ね!」
エピソードを思い出したみたいだ。
復讐を忘れて、トニーと幸せになっちゃえばよかったのに、自分でもその道の方が絶対にいいってわかっているのに、そうできないアメリア。そんな主人公に彼女を小さい頃から見てきたパン売りのおばあさんが言うのだ。
『お前は本当に馬鹿だねぇ。誰が見ても幸せになれる道がある。その道への扉が開かれているのに、その道にだけは進まないんだ』
アメリアはそれに答える。
『人は確かにつまらない自尊心のために愚かしい選択をするけれど、その道を通ったからできたことを作っていけば、振り返った時に通るべきだった道になるわ』
その時、強い人だなと思った。だけど、その後にトニーを忘れられない自分のためにワンワン泣くのだ。トニーとの思い出を散りばめながら、幸せになれるとわかっている道になぜ飛び込めなかったのだと。押し寄せる後悔が垣間見えて……ああ、強い人じゃないんだ、弱い人でもないけれど、と思い直した。
「自分の過ちだと認めている選択を、その選択をしたからこそできたことを作ればいい。そう正当化するのだと声に出して言えて、かっこいいとも思ったし、強い人だと思ったのに、その後ワンワン泣いていて。その時、強いだけの人もいないし、弱いだけの人もいないって思ったんです」
「確かにわんわん泣いてたわね……」
「強気でいられる時も弱気の時もある」
ガネット先輩はわたしを不思議そうに見る。
「あなた、私より年上なんじゃないかって時々思うわ」
似たようなことを言われたことを思いだす。
「……それは老けてるってことですか?」
「え、老ける?」
「前に先生にも言われたんですけど」
口が尖っているかもしれない。なんで残念な要素って増えていくんだろう。
11歳で老けてるって、すっごく残念なことじゃない?
「ふ、老けているとは言ってないわよ」
恨みがましく見ると、ガネット先輩は吹き出した。お腹を抱えて笑い出す。
1年生の教室の前まで来ていたので、何事かと廊下にいた子たちがわたしたちを見ている。
先輩は目尻にたまった涙を指で拭き取ってから、わたしの頭を撫でた。
「そうね、強気でいられる時も、弱気になる時もあるし。ガネットガンネの時もあるし、めげていてもお腹は空くし、こうして笑えたりもするのね」
どこが笑いのツボなのかはわからなかったけれど、ガネット先輩の表情で少しは吹っ切れたように見えたので、そこは嬉しかった。
自分で話しておきながらやっぱりなんでこの話を思い出したんだろうって思ったけれど、泣いてはいないはずのガネット先輩がワンワン泣いて後悔しているアメリアを思いださせたのだと気づいた。
「また、寮でね」
と言われ、わたしはガネット先輩に一緒に挨拶に行ってくれたことと、教室まで送ってくれたお礼を言って別れた。
ガネット先輩は1年生からリコールされたことになっている。だからそれを広めにいくのは気が進まなかったと思う。だけど挨拶するためと一緒に向かったのは、これから始める再戦のための第一歩。ヤーガン令嬢対策でもあった。女子寮の寮長というトップだけでなく5年生の他の方々にもドーン寮で何かあったらしいと印象づけるためだった、わざとね! 公けにしておけば卑怯なことはしにくくなるからだ。
教室に戻ってからは、総会で賛同をしてくれたお礼を言えてなかったので、みんなに言ってまわる。みんな食費を削らないのは嬉しいけれど、後味が悪いと恨みがましい視線を向けられた。そこはもう謝った。みんな朝ごはんをわたしが手伝ったのを知っているようで、おいしかったしそれでチャラにしてくれると言った。
料理を覚えたい子もいたので、また先輩たちも交えてみんなで話し合い、料理と掃除の助っ人を当番制で入れようかという話をした。厨房があまりにもかわいそうだったからだ。今日の様子を伝えるとみんな胸に迫るものがあったみたいだ。量は少ないし、質素だと思っていたが、それでさえも他の寮に頼み込んで、もらったもので量を増やしてくれていたのである。そこまでわたしたちのためにしてくれていたなんて……。レノアには感謝しかない。