第264話 幼い
部室に先生がやってきた。顧問は無口なモナシ・ルーダ先生、魔法学の先生だという。先生が部室に顔を出すのは週の初め、火の曜日だけ。用事があったら職員室を尋ねてくるよう言われた。
ルーダ先生は、お遣いさまであるもふさまをジロリと見た。
もふさまは先生の魔力量がすごいと言っていたから、先生ももふさまに何かを感じたのかもしれない。
物語をちょろりと書き、エッジ先輩がキッチンを使わなくなったところで、お菓子と食事を作らせてもらった。魔石を消費していくタイプのコンロではなく、魔具に魔力を溜めて使うタイプのコンロだった。エッジ先輩は魔力量はそこそこ。なので思う存分コンロを使えないのが悩みだったそうだ。わたしも魔力量を少なめに設定しているから存分に使えはしないが、わたしにはお遣いさまがいる! お遣いさまはわたしが困っていると手を差し伸べてくれる。というわけで、お遣いさまに魔力を入れてもらえるのなら、ふたりでキッチンを使っても構わないと言ってくれたのだ。
夜食の用意も終え、先輩たちとさよならをして、寮に帰るのに歩いていると、門のところで女生徒が数名、立ち話をしていた。通り過ぎようとした時
「落ちこぼれの令嬢ごときが!」
冷たい声が聞こえ、思わずそっちを見るという反応をしてしまった。
サラサラの金の髪。青い目。陶器の人形のように美しく、けれど表情が動かない。どこか冷たい感じの美少女を中心に、華やかな女生徒が群がっていた。
「ご機嫌よう」
カーテシーで挨拶をする。
「リディア・シュタイン嬢ですね?」
お人形が口を開く。見た目を裏切らない耳に心地いいきれいな声だ。さっきの暴言は取り巻きの誰かが言ったようだ。
「お初にお目にかかります、ヤーガンさま」
訂正されなかったから当たったみたいだ、やっぱりそうか。
「平民の中のたったひとりの貴族、一番上だからと吠えているようですわね」
「ずいぶん意地悪な見方をして告げる方がいるようですね」
言ってからしまったと思った。ヤーガン令嬢にはマイナス感情があったみたいでついつい尖ってしまった。
表情は変わっていないが、まさか自分に言葉を返してくる者がいると思っていなかったのだろう。あまりの無礼さのせいか手が震えてきている。ずいぶん激昂型だ。
「は、伯爵令嬢ごときがわたくしにっ!」
「すみません、お返事をしない方が失礼にあたるかと思いましたので」
すまして返してみると、さらに怒った気がする。
表情はそのままなのにブルブルと手は震え、そのチグハグさが恐ろしく感じる。
もふさまがわたしとヤーガン令嬢の間にきておすわりをした。
「リディア嬢に、ヤーガン嬢、何かありましたか?」
唐突にロサの声がして驚く。
ロサ殿下が目に入ると、みんな一斉に礼を尽くした。
わたしも慌ててカーテシーをする。
「同じ学園の生徒なんだから、身分は気にしないでくれっていつも言ってるだろう? 身分の壁をなくした友を得ることが、この学園創立の意味のひとつであるのだから。そうだよな、ダニエル?」
「はい、創設者の言葉にそうあります」
ダニエルはそう答え、その後ろにはブライがいた。隙なく周りに視線をやっているところはさすが代々騎士の家柄と思わせた。
「殿下はシュタイン嬢をご存知でしたのね?」
ヤーガン令嬢が冷たい声音で問いかける。
「ああ、同じ執行部のフランツ・シュタイン・ランディラカの婚約者でもあるしね。小さい頃からよく知っているよ」
「まぁ、殿下の覚えがいいからと寮で好き勝手に振る舞っておられるのね?」
は?
「好き勝手をした覚えはありませんが、わたしが何をしたとおっしゃられたいのですか?」
「昨日寮の合間の森を沸かせたようではありませんか? それが好き勝手以外のなんと言えばよろしいのかしら」
「10名以上で集まる時は届けを出すこと、存じております。ですから生活部に届けを出し承諾をいただいています。〝好き勝手〟には当てはまらないと思いますが」
公爵令嬢は瞬きをした。
寮則はきちんと読んだ。4つの寮で共有することになる森は、届出さえすれば結構何をやっても許される場所だった。過去、キャンプをした生徒たちもいるみたいだ。後から何か言われないために、そこらへんの手回しはキチッとやっている。
一瞬キッと睨まれた。一瞬だったけど。
「殿下、御前失礼しますわ」
わたしへの侮蔑の発言を謝ることもなく、スカートを翻し、ヤーガン令嬢は取り巻きたちと門から出た。
「ありがとうございます」
アイボリー令嬢たちから話を聞いていたのだろう。だから援護射撃してくれた。
そこから執行部の3人とたわいないことを話しながら寮に向かい、それぞれの寮へと途中で別れた。
わたしはこの時いっぱいいっぱいだったので、ロサたちが女子寮の争いについて何も言わないことをなんとも思わなかった。ずいぶん後に、アイボリー令嬢がすでに生徒会へ相談をして話し合い、ドーン寮からヘルプがあるまでは、介入しないと結論づいていたことを知った。
貴族と平民を隔てる意識は根深い。いくら学園で身分の垣根を低くしようとも反発は消えない。学園内で身分差がフラットな分、外の世界である学園以外で平民への嫌がらせをすることもある。下手に貴族の子どもを糾弾すれば、その腹いせが平民の親にむかうこともあるのだ。学園の外ではただ気に入らないという理由だけで平民を虐げることは普通に起こるからだ。そしてそれを取り締まる法はまだない。だから表だって生徒会が平民の味方をした結果、平民に被害が及ぶことを恐れた。親へ報復する考えがあるなんて、わたしは聞いたとき驚愕した。でもそれは後から聞いたことだ。その時は頭の中でどうコトを運ぶべきか考えを巡らせていたから、他の人たちの気持ちを思う余裕はなく、この件に触れてこられなくてよかったぐらいに思っていた。
部屋に入ると、もふもふ軍団がいたので驚く。
「ど、どうやって?」
「もふさまに連れてきてもらったでち」
思わずもふさまを見る。
『聖樹さまから許可はもらっているから大丈夫だ。顔合わせをしてこの者たちの気配も把握なさっているし、魔力などでは人族に感知されない』
「これでずっと一緒にいられるでち」
『みんな一緒だな』
『リーと一緒』
『毎日会える』
『学園とは面白いところですね』
「一緒なのは嬉しいけど、この部屋の中だけだからね。みんなのことがバレたら大変なんだからね?」
そういうとみんな神妙に頷いた。そしてこの中でレオが一番不安材料だ。
でも、まぁ。これがわたしの日常って気がする。
アオをギュッとしてレオもギュッとする。アリとクイをギュッとして、ベアに頬擦りする。
ついでにもふさまの毛並みに顔を突っ込んで匂いを嗅ぐ。ひととおりの〝もふもふ〟を堪能すると嫌な出来事が昇華される気がする。
「着替えてくるね」
ベッドの上で跳ねて遊びだしたので、断ってからわたしは洗面所へ入る。
顔と手を洗い、服を着替える。
ベッドの上で塊になって何か話していた。
「なんの相談?」
『ぬいぐるみ防御を解かないから、教室にも行ってみたい!』
え。
「一日って結構長いよ?」
「それでもいいでち」
『リーが何しているのか知りたい』
『人がどんなことしてるのか興味ある』
『わたくしたちのような魔物が人族の学び舎を見ることなんか今後もないでしょうからねぇ』
ノック音がした。
ベッドを見ると、みんながその上ですでにぬいぐるみ防御をかけて転がっていた。
「はい」
ドアを開ければ、レニータたち4人がいた。
4人は素早く視線で部屋の中を探る。
「どうかした?」
「誰か来てる?」
「うーうん、誰もいないよ」
「誰かと話しているみたいに聞こえた」
わたしは焦った。
ドアを広く開ける。
「ほら、誰もいないでしょ?」
4人は部屋に入ってきて、ベッドを凝視していた。
ん?
ベッドにはもふさまが寝そべり、その周りにぬいぐるみに擬似したもふもふ軍団が散らばっている。
「リディア、そっか、そうだったんだ」
え?
「リディアって頭が回るし、いろんなこと考えつくし。貴族っぽくないけど貴族なんだなーって遠い存在に思えることもあるけど」
へ?
「ぬいぐるみだっけ……こういうのとお話ししてるんだね、なんかかわいい」
「お遣いさまとも時々話しているもんね」
げっ。気をつけていたのに、もふさまと話しているところ見られた?
「お遣いさまだけじゃなかったんだね……」
同級生にものすごく生暖かい視線を向けられる。
ち、違う。この子たちぬいぐるみじゃないから。
「や、やだな。そんなんじゃないよ。誰とも話してない」
「そう?」
レニータがレオを手にとった。
「ダメ」
レオは嬉しくなると防御をといちゃうから!
焦ったあまりレオを奪還してしまった。
「あ、ごめん。あの、なんていうか、こう」
感じ悪く奪ってしまったのに、みんな微笑ましそうにしている。
「幼いところもあるんだね、なんか安心する」
「うん」
ということで、わたしは同級生から、この歳になってもぬいぐるみに愛情を向け、悩みを相談しているようなイタイ子だと認識されたようだ。
でも、みんなどんなことがあろうとも学園ではひとりきりで乗り越えているのに、わたしは結局こうしてみんなの助けを欲してしまうのだから〝幼い〟は正しい評価なのだろう。