第249話 聖樹(中)
なんかみんな〝繋がった〟ってわかったようなことを言っている。わたしだけわからなかったらどうしよう。胸がバクバクしてくる。
聖樹さまの前で礼を尽くす。
「聖樹さま、リディア・シュタインです」
聖樹さまに触れれば触れたところがパァーっと光り、あまりの眩しさにわたしは目を閉じた。
何!?
恐る恐る目を開けると、木漏れ日のような緑と光で構成される空間にいた。
えー、わたし聖樹さまの前にいたのに。
『ご機嫌よう、リディア・シュタイン』
ど、どこから? わたしは周りを見渡した。どこにいるのかはわからない。声は目の前から聞こえたような気もするし、後ろから聞こえたような気もする。反響しているのか、どこから聞こえてきたのかわからなかった。
「ご、ご機嫌よう」
どこに向かって話していいかわからず、わたしはその場で声に出した。
『すまんね。稀にみる純度の高い魔力だったので、リディア・シュタインの魔力を一気に吸い込んでしまったみたいだ』
「せ、聖樹さまですか?」
『ああ、悪い。ワシは聖樹と呼ばれている。ん?』
『リディア!』
わたしの前に真っ白のもふもふが。
「もふさま?」
『リディア! 何ともないか?』
もふさまはくるっとわたしに背を向けた。
『これはどうしたことだ?』
もふさまが不安げに言った。
『おぬし、聖獣か? ……森の護り手か?』
『あなたさまは……』
もふさまが伏せの姿勢となる。
『御前を失礼いたしました。我が友、リディアの気配が急に消えたため、急ぎ参上いたしました』
もふさま、離れていてもわたしの気配を見守っていてくれたんだ。
『森の護り手の友とな?』
驚いたような声がしている。
『それはそうと、どうしてリディアがあなたさまと?』
『ワシはこの地を護っておる。ゆえにここに通う子らと顔合わせをしておる。リディア・シュタインとも普通に顔合わせをしたはずだったが、触れた魔力があまりにも純度が高かったからか、あろうことか魔力を思い切り吸い込んでしまったようなのじゃ』
『魔力を、思い切り? リディア、大丈夫か?』
ステータスを呼び出すと魔力が100切っていた。
『人は魔力がなくなると生命力を削る! なんて危険なことを』
『悪かった。魔力はもらっているが、これほど心地いいのは300年ぶりじゃて、うっかりもらいすぎてしまったのじゃ』
今、魔力はもらっているって言った?
わたしほったらかしで進んだ聖樹さまともふさまの会話によると。
・聖樹さまももふさまと同じ〝聖なる方〟の一派らしい。
・聖樹さまはこの地を護っているらしい。
・聖樹さまはポインター活動の手助けをしている代わりに、生徒たちの溢れる魔力を受け取っているらしい。
いつの間にか、もふさまが聖樹さまをお説教している。
聖樹さまが気の毒になって間に入った。
「もふさま、いつもわたしの気配を気にしていてくれたんだね、ありがと!」
そう言って後ろからムギューと抱きついた。
『学園に……安全なところにいると聞いていたのに、気配がなくなるから驚いたぞ』
「すぐに来てくれてありがとう。……そういえば、ここはどこです?」
トラサイズのもふさまに抱きつきながら辺りを見回す。
『樹の中じゃ。ワシの作り出した空間と言った方がわかりやすいかな? 護りをしているとそれだけで魔力がいっぱいいっぱいでな、久しく人なんぞ呼んだことはなかったが、リディア・シュタインの魔力は純度が高い故、こうして話すこともできる』
もふさまがこのことは聖なる方に報告をするというと、声だけだけど聖樹さまがしょぼんとしたのがわかった。
「もふさま、それは絶対に報告しないといけないの?」
『ん? そういうわけではないが、もしまたこんなことが起こったり、魔力を全部取られたりしたら大変なことになるだろう?』
「もう、吸い込んだりしませんよね?」
答えがない。
「あ、わたし魔力が漏れているんです。よかったら祝印しましょうか? そうしたらわたしの魔力を辿れるんでしょう?」
ハウスさんから聞いたことがある。
『リディア、ここは王都だぞ。祝印をしたら王都にお前の魔力が行き渡ることになる』
『リディア・シュタインの魔力が王都に伝わるとまずいのか?』
もふさまと顔を見合わせる。まずいというか。
「王都には魔力の高い人がいっぱいいます。魔力をオーラとして視ることができる人もいるし、わたしの魔力って見分けがついてしまうかも。わたしは魔力量以外にもいろいろと秘匿していることがあって……。もふさまと話せることもです。目をつけられたり、本当のことを知られてしまうのは困るんです」
『もし、他の者にわかることがなければ、祝印してもよくて、垂れ流している魔力をワシがもらってもいいのだな?』
もふさまと目で相談して頷く。
『それならワシ以外にはわからないものにしておく』
「そんなことができるのですか?」
『ハハハ、これでも土地護りの〝聖樹〟だからな』
やっぱり幹に祝印するのがいいのかしら?と考えていると
『純度の高い魔力をもらえるのは非常に助かる。リディアよ、ワシにして欲しいことはあるか?』
「学園や人や土地を護ってくださっているのですよね? それならありがたいばかりで、わたしの魔力が役立つなら使ってください」
『リディア、欲がないぞ。くれるというんだから何か貰えばいいのに』
そう口を尖らせたもふさまは、聖樹さまと交渉して、自分たちが学園に自由に入れるよう約束を取り付けた。
ふと我に返り、今わたしってどんな状態なんだろうと思った。
わたし急に消えた感じ?
青くなって尋ねると、聖樹さまの空間に入っているだけだから、外に出れば外の時間が動き出すと、幹に触れたその瞬間のわたしに精神体が戻る感じだという。
学園の上の者にうまく言っておくから、心配はないと言われたが、そこはかとなく心配だ。わたしはすぐに祝印をすると約束をして、聖樹さまに挨拶をした。
あ、もふさまは家に帰るのかな、その話してないやと思ったとき、わたしは聖樹さまに手で触れたまさに〝その時〟に戻った。手元がパァーと光り輝き、わたしの中からごそっと何かが抜けて、あ、魔力かと思い出す。
あ、祝印しなくちゃと思ったときくらっとして、わたしは聖樹さまにぶつかっていた、口が。またこのパターンかと思いながら気が遠くなり、もふさまの真っ白のもふもふが見えた気がした。
切羽詰まった声で名前を呼ばれまくっている気がしたが、定かじゃない。そして何もわからなくなった。