第234話 クラス発表
「リディー、何しているの?」
「兄さま」
兄さまはわたしとロサを交互に見て、大きなため息をついた。
「リディーが新入生の待機場になかなか来ないから見にきてみれば、殿下と何を? 殿下は挨拶の言葉は考えられたのですか?」
ロサは挨拶の言葉を考えるという理由で、一人だったのかもしれない。
「それに、どうしてふたりしてお揃いに口を青くしているんです?」
ロサと目を合わせる。
「アルネイラの実を……」
「リディーはまだいいでしょう。殿下、殿下はうかつに物を召し上がってはいけません」
あ、そうだ。
「あ、ごめんなさい。わたしがおいしいってあげたの」
兄さまが目を押さえる。
「ふたりしてそんな口を青くしていたら、何を言われるかわかりませんよ?」
兄さまは顔を上げてチラチラと隙なく目を遣ってから見定め、木の幹を踏み台にし、そこからジャンプした。
手に握りしめていたのは、青い実と花だった。花をわたしの手のひらに乗せ、自分は青い実を口に含んだ。
「ほんとだ。甘くておいしいね。でも、リディー、お腹を壊したら大変だから、なんでも口にしちゃダメだよ」
「……はい」
ロサも口答えを一切しないところを見ると、きっと反論して大変な目にあったことがあるのだろう。
周りをキョロキョロと見ている、制服に着られているような子たちが歩いていく。ちょうどいい時間になったのかもしれない。
ロサとはそこで別れ、兄さまに連れられて、新入生の待機場に行った。
「いち姫! フランツも」
「やあ、ケラ。入園おめでとう」
「ありがとうございます!」
「ケラ、リディーのこと頼んでいいかな? 私はやることがあって」
「あ、大丈夫ですよ。もう少しで式も始まりますし」
「それじゃあ、リディー、また後でね」
兄さまに頭を撫でられる。
「なーなー、にの姫とノエルが来てるってほんとか?」
わたしはケラに頷く。
「うん、来てるよ」
「じゃあ、週末みんな来るよな? それなら、週末帰ることにすっかな」
フォンタナ家の方々は下の双子にめちゃくちゃ甘い。特にエリンにはメロメロだ。
寮は前日までに外泊の届けを出しておけば、週末外泊することができる。
ケラの鼻がヒクヒク動いてわたしに顔を近づけた。
「何?」
「いち姫、甘い匂いがする。ん、口青くね?」
わたしはこっそりと言った。
「アルネイラの青い実食べたの。口の中、真っ青」
「何やってんだよ、お前、式の前に」
ケラのいうことはもっともだが、青くなるなんて知らなかったんだもん。
「甘くておいしかった」
ケラは笑っている。
「伯爵令嬢のやることかよ?」
「あの実でパイを作ることができても、ケラにはあげないから」
「え、嘘ウソ。いち姫の食い意地が張ってるおかげで、うまいもん食えるんだもんなー。悪かったって」
ケラはお調子者であるけれど、どこか憎めないかわいらしいところがある。
その時先生らしき人が3人入ってきた。
「はい、皆さん、この度は入園おめでとうございます。これから入園式の会場に入ります。3列になり、私についてきてください」
もう一人の先生が告げる。
「入園式の後に、クラス発表があります。クラスがわかったら、教室に向かってください」
わたしが列に並ぼうとするとケラに止められる。
「何?」
「こういうのは爵位順だから」
え。
青い髪の男の子が先生の後についた。
「公爵家の次男だ」
小さい声で教えてくれた。次に女の子が並ぶ。
「公爵家、長女。侯爵家、三男」
「よく知ってるね」
「王都で暮らすなら常識だからな」
近くに住んでいたら会うことがあるかもしれないものね。そしたら知っておかないと何が起こるかわからないってことか。王都恐っ。
「いち姫は伯爵令嬢だからもう並んで平気だぞ」
「ケラと一緒に行くよ」
そう伝えると、にかっと笑った。
男爵が並び出したようなので、ケラと一緒に列に並ぶ。前の方にエリーを発見した。隣にはユリアさまだ。
式をあげるのは魔力測定をした講堂のようだ。入り口から赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれていた。正面には舞台があり、教卓が置かれている。
入ると保護者たちのスペースのようで、左右に座った人たちの拍手で迎えられた。保護者たちの席を抜けると、洒落た小さな椅子が並んでる。
足が長めで座る面積は小さい。お洒落をウリにしたような子供には不向きな椅子。順番に座っていくように言われて、いわれた通りにする。座りにくいし居心地悪いし最悪では。制服にマントまでつけているのに、ここ寒くない? 風邪をひきそうだ。
新入生たちが座ると式が始まる。
司会者が入園式の始まりを告げた。
この学園の成り立ちを含ませた簡単な説明があり、わたしたちはその523期生だそうだ。本当に長く続いた学園なんだなーと驚いた。
迎えた新入生は160人。そのうち10人はもう辞めたらしい。始まってもいないのに。
5年間、ここがわたしたちの学び舎となり、みんなが自分の力を余すことなく発揮し飛び立つことができるよう祈り、またそれを教師一丸となり手助けをするつもりだと前置きがあった。
学園からの簡単な注意事項があり、校長先生の話となった。
新入生の耐久性を試すような長さだ。もうダメだ。言葉が全然頭に入ってこない。気を緩めたら眠ってしまいそうだ。
わかった、そのための寒さだ。眠らないための! 眠らせないために、身の全てを任せられないこの椅子にしたんだ。寒さも座りにくい椅子も、すべては眠らせないため!
自分との戦いになり、わけが分からなくなっているとやっと話が終わった。
そして新入生代表の公爵家の坊ちゃんが、これからの抱負を語る。
在校生からの祝辞はロサだった。
こんな近くで王子様を見る機会は、初めてだろう少女たちが前のめりで耳を傾けていた。短かったけれど、なかなか素敵な挨拶だった。
様々な人からの祝辞が続く。宰相はダニエルのお父さんだし、騎士団長はブライ、魔法士長はイザーク、神官長はルシオのお父さんだ。考えてみるとすごい子供たちと知り合いなんだなーと思った。
やっと式が終わる。保護者は一時退場だ。父さまと母さまにそっと手を振る。
クラス発表だ。名前を呼ばれたら、返事をして移動するように言われる。
1年A組、背の高いめちゃくちゃ厳しそうなウィルバー・エックルズ先生。
先生が自分のクラスの生徒の名前を呼び上げる。ほぼ、爵位の上から順に35人の子供の名前が呼ばれた。
1年B組、優しそうなおばあちゃんの先生。ニナ・ライアンズ。こちらも貴族のみのクラスのようだ。40人。
1年C組、デーブ・ロウズ、まだ若い朗らかな男の先生。ほぼ貴族だが、数人平民も呼ばれていた。と思ったら、後から知ったのだけど、来年貴族になる準貴族だった。
ケラもC組だ。40人。
残りが1年D組、最下位のクラスだね。わたしも含まれる。
先生はラルフ・ヒンデルマン先生だった。それは嬉しかった。貴族はわたしともう一人で、あとは平民だ。35名。
Dクラスの列に並んでいると、悪口が聞こえてきた。どうも貴族なのに最下位のクラスになるのは恥ずかしいことらしく、恥知らずという言葉が幾度となく聞こえる。
ちなみに、わたしが試験に遅刻した原因は沈黙することになっている。理由を話すと、わたしを憎むと言っていた人を追い込むことになりかねず、何が起こるかわからなく危険だからだそうだ。それと留学生の聖女候補を守るためでもある。
わたしは大したことではないので了承した。