第231話 甘やかされて
「聖女候補って、アイリス嬢の他にもいたんだね?」
父さまは頷いた。
「そのようだ」
「他の国の人でもそんなことあるんだ……」
「学園に通う年齢なら、ユオブリアの学園に通われるそうだ」
「兄さまも知ってた?」
「聖女候補の留学生って教えられたよ」
「なんでわたしに教えてくれなかったの?」
「……聖女候補の話、リディーは興味があるの?」
「…………」
「そうだったんだ、ごめんね。リディーはまだ学園に通っていないし、聖女候補と関わることはないと思ったから」
「……確信はない、でもあのユーハン嬢が不安なの」
ピンク髪といい、聖女候補とわたしは合わないのかもしれない。
父さまがアルノルトに目を遣り、アルノルトは心得ていますとばかりに頷いた。
「リディーが気にかかるということは、何かあるのだろう。令嬢のことは調べてみる」
話をしていると、送った伝達魔法が返ってきて、明後日に再試験が決まった。兄さまが送り迎えをしてくれることになった。
『母さま、双子が帰ってきたよ』
フリンキーの言葉が響く。
「まぁ、大変。リディー、母さまは行くわね」
母さまはわたしのおでこにキスをした。
もふもふ軍団が羨ましそうにしたので、母さまはみんなにすることになった。ベアもちゃっかりアオの隣に並んで待っているし。レオやベアもスキンシップは好きみたいだ。寝る時もみんな寄り添って眠っているもんな。
「父さま、お仕事で忙しいのにありがと」
「いいや、父さまが学園に一緒について行ってやりたいが、シュタイン領にいることになっているからな」
父さまは苦笑いだ。
「〝念〟のこともあるし、しばらくは私と一緒に行動しようね、リディー」
「はい」
『そうだ、我を置いていくからだ』
「だって学園は認められた人しか入れないし、いろいろな魔法がかかっているんだって。だから一緒には行けないよ」
学園に行けると夢見ていた頃、そのことはもふもふ軍団にことあるごとに話したが、納得できないようだ。
『我は聖なるものだから引っかからない』
『わたしたちだってぬいぐるみになれば、感知されないぞ』
「ぬいぐるみ防御を解いた時にわかっちゃうんじゃないかな。それに……学びに行くところにぬいぐるみを持って行ったら怒られるよ」
もふもふ軍団はみんな口を開けてショックを受けている。
いや、実は7歳ぐらいから、ぬいぐるみを持ち歩くわたしにイタイ目を向けられているのは気づいていた。いつも子犬と一緒、そしてぬいぐるみを5つ持ち歩く。でもどう思われても、みんなと一緒のことの方が大事だから気にしないでいたのだけど。学園に持ち込んだら、そりゃもう重症扱いされてしまうだろう。
父さまはアルノルトと仕事の話をしていたみたいだ。決着がつきサブサブルームに帰るという。ハグをしてお別れした。兄さまやみんなにわたしのことを頼み、そして帰って行く。
居間に戻る。アルノルトはデルとヘリに今日の仕事が終わりの旨を伝えに行く。特別なお客様が来る時以外はわたしがご飯を作っている。
今日は何にしようかな。デザートはシフォンケーキだ。焼いておいたのがある。あれに生クリームたっぷりで食べよう。今日は自分を甘やかすんだ。
お寿司がいいけれど、お魚だとなかなかお腹がいっぱいにならないのがもふもふ 軍団なので、お肉のお寿司にしよう。
7年前に縁のできた小島にあるシュッタイト領。お礼にお菓子や料理を送ったら、特産品の〝ワケビ〟をいただいた。それが山葵だったんだ。ご縁、大切! きれいな沢があるんだって。いつか行ってみたい。
ご飯を炊いて酢飯にする。お肉と野菜を焼いたのと、ネギも大量に白髪葱にしておく。香り野菜も用意しておく。握りにするとすごい数になるから丼にご飯を盛って、野菜とお肉をのっけていく。香り野菜と白髪葱、山葵は各自好みで。あとは野菜の煮物とお吸い物。
フリンキーの守りがあるので、アルノルトも家に帰ってくれてもいいと言ってあるのだけど、子供だけにするのは不安なのか残ってくれる。
ピドリナと、息子のダインは王都の第7地区に住んでいる。ウチは5地区で歩いて2時間ぐらいの距離がある。7歳の男の子といえばヤンチャ盛り。ピドリナも苦労しているようだ。
みんなでいただきますをすれば、あっという間に完食したもふもふ軍団からおかわり要請が。絶対こうなるとわかっていたから、ワンコそばのように丼を出したよ。
デザートは生クリームたっぷりのシフォンケーキ。みんな生クリームはひと口で十分というから少量にしておいた。アルノルトの入れてくれた紅茶でちょっぴり贅沢だ。
もふもふ軍団とお風呂に入り、おやすみなさいだ。
兄さまにおいでおいでをされた。
「どしたの?」
「約束して」
「約束?」
「今日は何も考えずに眠って。いい夢を見られますように」
兄さまが屈み込む。目の前に端正な顔があって、愛おしむような甘い瞳に息を呑む。勘違いしそうになる。ゆっくりと近づいてわたしの額に口付けた。
『願い事がありすぎるんじゃないか、長いぞ』
……やっぱりもふさまもそう思う?
おでこを気にすれば、そっと離れた。
わたしのほっぺを両手で挟み込む。
甘やかな瞳で覗き込まれて、なんだか頬が熱くなった。
「おやすみ、いい夢を」
耳元でいい声で囁かれて、なんか胸がギュッとした。
「お、おやすみなさい、兄さま」
『どうしたリディア、顔が赤いぞ』
やっぱり。
「なんでもないよ。眠ろう」
部屋に入る。両手で顔を覆う。
『リー、どうしたの?』
『リー、眠らないの?』
「眠るよ」
明かりを消して、気配でベッドにたどり着く。
みんなの体温で上掛けの中はぬくぬくだ。海きのこのホウシであるシロホウシで作った上掛けは軽い上に通気性がよく、それなのに温かい。これは紹介制で売っている。中の綿が貴重ということにしているが、それは嘘だ。
実はミラーダンジョンには海のエリアがあった。ダンジョンで作物が育つ。もしかしてと思って、眷属さんにお願いして海きのこと雪くらげを獲ってきてもらって、海エリアに放してみたところ、順調に増えていったのだ。
領地のみんなもこの上掛けで冬を暖かく越せるようになった。
あったか、ぬくぬく……。
兄さまのおまじないがきいたのか、スーッと眠りに入ることができた。