第228話 もふもふ軍団
家に帰れば、玄関にみんな勢揃いだ。
『リディア、我を置いていったな』
「おいらのこと嫌いになったでち?」
『ずるいよ、どこ行ってたの?』
『リー、遊ぼう』
『リー、遊ぼう!』
『何やら禍々しい気をつけてきましたね』
最後のベアの言葉に、もふさまとレオにひっつかれ、匂いを嗅がれる。
うっ。
『確かに、微かであるが。リディア、学園とやらに行ってきたのではないのか?』
「ただいま。そうだよ、学園に行ってきた。禍々しい気って何?」
ベアがふんふんわたしの匂いを嗅ぐと、アリとクイも鼻をつけてくる。
匂いを嗅がれるって、慣れない。
『アリ、クイ、わかりますか? これが良くない気です。特に瘴気の少ない稀な人族、リディアには良くないものです。これを感じたらすぐに主人さまに報告するのですよ』
ベアに教えてもらったふたりは尻尾を振って力強く頷いた。
『わかった』
『覚えた』
3カ月ベアの元で、アリとクイは戦い方だけでなく生活の基本など全てをマスターしてきた。ふたりは頼もしく成長して獣なら難なく、魔物でもふたりで協力すればかなり強いものも倒せるようになり、どこででも暮らせるぐらいに強くなって帰ってきた。わたしたちにはベア族の習性はわからないから本当にありがたく、お世話になった。ベアはアリとクイの親のような存在だ。
3カ月一緒に暮らしていたら情が移ってしまったみたいで、最初はダンジョンに行くときとかに来ている感じだったんだけど、山で暮らさなければいけない何かがあるわけではなく、みんなと一緒にいるのも楽しいようで、少ししてからはずっとほぼウチで暮らしていて、時折山の家に帰る感じになった。
レオも時々どこかに出かけるが、起こしてもらえるウチを拠点と思っているようだ。アオがいればダンジョンに行き放題なので、よくもふもふ軍団だけでダンジョンに行き、大量のお土産を持ってきてくれる。ちなみにみんな小さくなれるのでぬいぐるみ防御をつけ、外出時もわたしと一緒のことが多い。
『リディア、体は大丈夫か?』
「うん、なんともない」
『ベア、もっと詳しくわからないか?』
「お嬢さま、お帰りなさいませ。何かありましたか?」
玄関で話が続いているからだろう、アルノルトがわたしを探るように見た。
兄さまも後ろからわたしたちを見守っている。
「ただいま帰りました。なんかわたしに良くない気がついているみたい」
「え? どういうこと?」
兄さまが声を上げるとベアが顔を上げる。
『これは……思いつめた人の気ですね。呪術でもなく絡みつくとは、その者はよほどの闇を抱えておりましょう』
『リディア、誰に会った?』
「誰にって、いっぱいの人と」
『やはり王都は、いいにせよ悪いにせよ、集まってくるところなのだな』
『主人さま、これはリディアに向けられた思いつめた気でございます』
え。
『ベアよ、それ以上はわからぬか?』
『はい、そこまでですね』
『なら、よい、リディア浄化してしまえ』
「浄化?」
「お嬢さま、まずはこちらに」
アルノルトに促されて、足を一歩踏み出したところで、もふさま以外が消えた。
あ、と思うと後ろでドアが開いた。
「ただいま、戻りました」
執事見習いのデルだ。
「フランツさま、お嬢さま、お帰りなさいませ」
人好きのする笑顔を浮かべる。
「ただいま、デルもお帰りなさい」
デルは胸に抱えていたいくつかの袋を気にしていた。そのうち郵便物だけアルノルトに先に渡すことにしたようだ。
「ご苦労さま。居間にフランツさまとお嬢さまの飲み物を運ぶよう頼んできてくれ」
「承知いたしました」
わたしたちにも頭を下げて、厨房へと向かう。ハウスルールが適用されて、アオたちはサブサブサブルームに回収されたようだ。
クローゼットの前でコートを脱ぎ、アルノルトに渡し、居間に向かう。
メイドのヘリがお茶を運んできてくれた。アルノルトが受け取り下がらせる。
わたしたちは頷き合って、サブサブサブルームに転移する。
メインルーム、サブルーム、サブサブルーム、サブサブサブルームにはもふさまの守護補佐の魔具を設置した。同時に触れれば、もふもふ軍団と会話が可能になる。
「浄化ってどういうこと?」
兄さまがもふさまに尋ねる。
『今日会った者の中に、リディアに悪意を持つ者がいるようだ。その念がついたのだろう。リディアは瘴気をほとんど持たない人族ゆえ、そういう念は体に良くない。だから浄化を勧めた』
わたしは頷いて、自分に光魔法をあてる。頭から足の先までスキャニングしていくように光で満たしていく。
胸の奥がポカポカしてきて、体が軽くなった気がする。
軽くなったのに疲れた気がしたのでステータスをこっそり見てみれば4000近く魔力がなくなっていた。え? 光魔法でも使いすぎじゃない?
「リディー、心当たりは?」
「敵意を持たれていたのは、生真面目先生と、ユリアさまと、あと多分……女の子の先輩……」
おどおどしてみえたけれど、閉じ込めたってことは敵意があったってことよね?
『3人も敵ができたのか! リディアはすごいな』
レオが嬉しそうに言う。嬉しいところじゃないから、そこ。
「お嬢さま、正式なお名前をお願いします」
「……知らないんだ。兄さま、ヒンデルマン先生と一緒の部屋で面接をしていた男の先生、誰だか知らない?」
「特徴は?」
「青い髪で茶色の目、すっごく真面目そう。アラ兄、ロビ兄と何かあったっぽくて、ロサを目の敵にしていて、ロサの側近には厳しいらしい」
兄さまはため息をついた。
「面接、バウマン先生だったんだね。あの人は第三王子派なだけだから、特にウチやリディーに何か思ってってのはないと思う。ユリアさまって?」
「ブライの従姉妹のエリーが親しいみたい。水色の髪の子で……」
「ユリア・ハミルトン、だろう。あそこも特にウチに……」
「となるとやっぱり……」
『マスター、デルがアルノルトを探してるよ。居間をノックする!』
サブサブサブハウスの管理を任せている、ハウス仮想補佐・フリンキーの声がした。仕事は完璧の、小さなやんちゃな男の子の設定だ。
「居間に戻して」
周りの景色が変わる。
ノック音が聞こえて、アルノルトがドアを開けた。
「お話し中、申し訳ありません。お嬢さまにお客さまがいらしてます。ルーシー・ユーハンさまです」
「アルノルト、先触れは?」
兄さまが鋭くアルノルトに確かめた。
「ありません。ユーハンさま? 聞いたことがありません」
アルノルトの眉間にシワが寄った。
「ユーハン、去年の留学生がそんな名前だったな。リディーのひとつ上だ」
「留学生がお嬢さまになぜ?」
「あのどういたしましょう?」
デルが対応に困っている。
探索でチェックしても赤い点は近くにない。わたしは会ってみることにした。
面接があったので紺色の大人しめのワンピースを着ている。先触れもなくいらしたんだ、失礼にはならないだろう。
わたしは客間に案内してもらうように言って、客間に赴いた。