第225話 職員室
「私を罰するつもりか? まだ入園もしていないくせに! 兄たちから何か言われたのか?」
「……先生」
ワイルド先生が、生真面目先生の肩を掴んだ。
生真面目先生と兄さまたち、何かあったの?
そこにノック音が聞こえた。
女性の先生が立ち上がり、ドアをあけ、制服姿の生徒と何か話す。
戻ってきて
「受験生が5人、待っています。この後に体力測定もありますし……」
とおうかがいを立てている。ワイルド先生は腕を組みながら
「他の受験生との兼ね合いがある。話は終わっていないから試験の後に時間を取ってもらえるだろうか?」
とわたしに尋ねた。わたしは「はい」と返事をした。
とりあえずは終了と言われたので、立ち上がり礼をする。荷物を持って部屋をでた。
椅子に座っていた受験生たちが一斉にわたしの顔を見る。
長引かせてごめんよ。心の中で謝る。
一室で着替える。乗馬服の指定があったので、それにだ。
なんで体力測定みたいなものがあるんだろう。これは試験結果に関係ないとされているが。わたし運動能力、低いからね。
演習場みたいなところに入る。紙を渡された。10個項目があり、測定を受けるごとに受けましたとサインがされるらしい。まず、握力測定だ。これ、なんか意味あるんかい?
反復横跳びのところに兄さまが係でいたが、わたしは違う列になった。兄さまはわたしに気づき微笑んだ。何人かノックアウトされている。
兄さまは同学年の中で頭ひとつ大きい。プラチナブロンドのサラサラの髪。アイスブルーの憂いを帯びたような瞳。14歳としているけれど、本来は17歳で、もう少年ではなくパッと見で青年だ。兄さまはすこぶるイケメン。そこに年齢の色気も出てきて、ずっとそばにいたわたしでさえ、直視するのが難しい時もある。
「あなた、あの先輩をご存知ですの?」
わたしの前に並んでいた子に話しかけられる。
「ええ」
「まぁ、どちらのご子息ですの?」
「フランツ・シュタイン・ランディラカ。前ランディラカ辺境伯のご子息、現辺境伯の弟です」
うっとりと兄さまを見てから
「あなたとランディラカ先輩はどういったお知り合いですの?」
ひとりに尋ねられたとき、ずさっと乗馬服姿の女の子たちがこちらに耳を傾けた。
「婚約者です」
「はい?」
「誰が、ですの?」
横から突っ込まれる。
「わたしの婚約者です」
すっごい目で見られる。この展開もう慣れたけど。
走れば遅いし、力もあまりない。同年代とやらされると一目瞭然のところが嫌だ。運動ができなすぎて落とされるってこと、本当にないのかな?
いや、それより、あの面接で落ちたかもしれない。
なんで我慢できなかったんだろう。
その前に、筆記試験で落ちたか。23問しか書けなかったもんな。15分だもの、15分。なんで妨害されなくちゃいけないのよ。わたしが何したっていうの?
お店などいっぱい儲かっているけれど、それはわたしの名前は出していないし。領地がのっているといっても、それだって領主の功績でしょ。今わたしがピンポイントで狙われるってかなり〝異常〟なことなんだけど。
「イザーク!」
更衣室から出て、女生徒たちがチラチラ見ていくからなんだろうとそちらを見れば、イザークが立っていた。イザーク・モットレイ、兄さま、ロサ殿下と同じ今年から3年生となる。魔法士長・モットレイ侯爵さまのご子息だ。紺色の髪を背中まで伸ばし、後ろでひとつに結んでいる。魔力がかなりあり、魔力をオーラとして見ることができる。兄さまたちと仲が良く、ウチにもよく遊びに来る。ロサ殿下の側近枠はイケメンとかわいい子しかいない。容姿も条件に含まれるのではないかとわたしは思っている。
「元気そうだな」
「うん、イザークもね」
今度はわたしも一緒にチラチラと見られる。それもそうか、先輩に親しげにしちゃっているものね。
「問題があったって? 執行部の状況確認のため、一緒に来て欲しいのだが」
ロサ殿下と側近たちは2年生から生徒会執行部に入り、すでに頭角を現していると聞いた。
「職員室にも行かなくちゃいけないんだけど、どっちを先にしたらいいんだろう?」
「職員室?」
「面接の時に、その問題アリを話して、ちょっとね」
「……ああ、激怒しそうだな」
「なぁに?」
「いや、なんでもない。そういうことなら、職員室に案内しよう」
また階段を上り廊下を歩き、うん、戻れる気がしない。面接の先生は誰だったか聞かれ、ラルフ・ヒンデルマン先生だと告げる。自分を訪ねてくるようにと名前を教えてもらったのだ。
イザークは職員室にわたしを連れて入り、ヒンデルマン先生の元に案内してくれた。
イザークは先生に執行部でも話を聞く必要があるので、自分が外で待っている旨を告げた。そしてわたしに目で合図して去っていった。
予備の椅子を出してくれて、そこに座るように言われた。
「モットレイとも知り合いか?」
「はい、兄たちの友達ですので」
と伝えれば納得したようだ。
近くに他の先生も誰もいなかった。広い職員室にわたしたちふたりだけだ。
「執行部に泣き付くのか?」
ニマニマしているのが頭にきた。だから微笑む。
「それもいいかもしれません」
先生は机に肘をつき、手に顎を乗せわたしを見ている。
「なんでしょう?」
「ころころと印象が変わるな」
「……常に相手の状態に合わせるようにしているので」
先生が違った印象なんだよと伝えておく。めんどくさげなところは変わりないが、面接はいやいややっているようであり、けれど生徒の未来を心配してみたり、同僚を案じてみたり、一貫性がないように感じるよ。
「シュタイン伯の子供たちは、楽しませてくれるな」
また父さまを悪くいう?
「それが君の逆鱗か。本当に守りたいものがあるなら感情は隠しなさい。そのままでは君はいいように利用されてしまうぞ」
そう言った時は先生っぽかった。
「さて、君に謝罪する。君の前の面接では外国語での質疑応答はなかった」
「先生が、あの先生に質問するように言ったのですか?」
「? いいや」
「では、先生に謝ってもらうようなことではありません」
先生は長い息をついた。
「あの部屋での、責任者は私でね、ゆえに私が謝っている」
やっぱり生真面目先生の独断か。
「……謝罪を受け取ります。でも、本当に謝るようなことではないです。だって試験ですもの、面接ですもの。学園に主導権があり、受験生にそれをとやかくいう資格はありません」
「それじゃあ、君はなぜ……?」
先生はわたしが見ないようにしていた思いに踏み込んできた。