第224話 面接
ノックをして中に入る。
正面の長机の向こうに3人の先生が座っている。左からすっごく生真面目そうな人、真ん中は頬杖をついていて何事もめんどくさそうな人、それから優しげな女の先生だ。荷物置きに荷物を置いて3人の前にポツンとある椅子に座るように言われた。鞄を置き、歩いていく。椅子の横でカーテシーをし、名前を告げる。
「リディア・シュタイン、座りなさい」
座ることを許されたので、母さま仕込みのなるべく優雅に見える仕草を意識して、椅子に座る。
「あなたはこの学園に入ることを望んでいますか?」
中央のやる気のなさそうな、ワイルドチックな先生に尋ねられる。
まずは意思確認から面接は始まった。
「はい、望みます」
長い前髪に隠れがちな目を見るようにして答えると頷き、手元の紙に何か書き込んだ。
「学園に入ったら何をしたいですか?」
生真面目先生に、隣の大陸・エレイブの共用語であるフォルガード語で聞かれた。
外国語で面接なんて聞いてないんだけど。
「行事がいろいろとあると聞いているので、それを楽しみにしています。それから、お友達と一緒に勉強をしたり、遊んだりしたいと思います」
フォルガード語で答える。母さまから日常会話は一応合格ラインをもらっているが、未だに自信はない。
「フォルガードに行ったことがあるのですか?」
女性の先生がユオブリア語で言った。ほっとする。
「いいえ、わたしは行ったことがありません。父と母の留学先だったので、フォルガードのことを少し聞いています」
「きれいな発音でしたよ」
「ありがとうございます」
ヤッタァ、褒めてもらえた。
「盛大に遅刻をしてきたそうですね?」
口を開きかけたが、生真面目先生はさらに続けた。
「双子の兄といい、シュタイン伯はどういった教育をされているのか……」
え? なんで双子や父さまを引き合いに? それに、遅刻したのだって閉じ込められたからだ。それなのになぜ家族が侮辱されなきゃいけないの? 膝の上で揃えていた手に力が入る。
「ああ、殿下と面識があるようですね。だからって何もかも許されると思ったら大間違いですよ」
フォルガード語で試してきた生真面目そうな先生は、わたしを呆れた目で見ている。
ロサと面識があると知っているということは、保健室に行ったことを知っているってことだろう。
怪我したことを知っていて、言うことがそれ? わたしの怪我は自業自得だけれど、理由は誰にも話していない。だったら、先にそこ心配するところじゃないの? なんで怪我するようなことになったのか、そこを知ろうとするべきじゃないの? 先生なら。あ、でもそっか。正確にはわたしは受験生でここの生徒でない。だから、心配する筋合いもないのか。
それはそれで頭にくるね。わたしは家族を引き合いに出されて気分が悪くなった。
面接なんだからとむくりと起き上がったイライラをおさめようとしたが、やっぱり家族を侮辱されたことは面白くない。ちくんとするぐらいは言ってもいいだろう。
「……こちらの学園は陛下も通われたという由緒正しき学び舎で、先生方も一流と聞いておりましたが、大変残念ですわ。なぜ殿下と保健室に行くことになったのか、そこは聞かれないのですね? そしてただ侮辱しますのね」
生真面目先生に睨まれる。
「軽く足を捻ったと聞いています。それも教員が治癒したはずだ。遅刻をしたから走っていた、もしくは殿下をみつけ走り出して足を捻った。それ以外の理由ですか?」
真ん中のやる気のないワイルド先生に尋ねられる。
そういうことがあったのは、初めてではないような口ぶりだ。
「学園の制服を着た女生徒に、試験会場に案内すると言って一室に閉じ込められました。そして怪我をしました」
閉じ込められて起こったことだから、そうと言えなくもないよね。
「あ、殿下に助けていただき、怪我をしていたので手当てのため、保健室に連れて行ってくださいました。その際、崩れ落ちた椅子をそのままにしてきてしまいました。申し訳ございません。魔法を制御されている部屋でした。その部屋を後で教えてくださいますか? 椅子を直したいのです。自分のしたことの責任を取るように教えられていますので」
生真面目先生の目を見て言えば、顔が真っ赤になった。嫌味がわかったようだ。
ワイルド先生が机の上で手を組み、わたしに尋ねる。
「椅子はこちらで直します。……そうですか、閉じ込められた……」
何か考え込んでいる。
「……侮辱ということは、殿下の威光を笠に着るつもりはない、ということかな?」
「殿下とは確かに面識がありますが、それだけです。……事を大きくする気はなかったのですが、気が変わりました。なぜそんなことが起きたのか、誰のしたことなのかは、はっきりさせたいと思います」
ワイルド先生は腕を組み、背もたれに身を任せるよう身を後ろに引き、わたしを見据えた。
「君はまだ受験生、学園に入園していない。君にいたずらを仕掛けた者がいたのなら、君やご家族が今までに恨みをかって起こったことと言えるのではないかな? 明らかにすれば、君のご家族が困るかもしれないね」
そこで言葉は途切れたが、さぁどうする?と言われている気がする。
学園内で起こったことだけれど、春休み中だし、被害者は学園の者ではないから、学園と関係ないと言っているのだろう。
「家族が困るようなことは何もないと思います。わたしは家族の中で一番温厚なんです。家族が知ったらどんな結果になるとしても裁判まで話を持ち込むかもしれません。やるときは徹底的にが家訓ですので」
そんな家訓はないし、実のところおじいさまやフォンタナ家からは他者への処罰が甘過ぎると注意を受けているが、そんな内輪話は言う必要はない。逆に話を盛ってみたところ、ワイルド先生には効いたようだ。顔つきが変わった。
ウチが裁判を起こしたのは6年前のことだ。詳細は語られなかったが伯爵令嬢の誘拐未遂事件のはずが、人売りの存在がクローズアップされ、禁呪が売られていたことも発覚し、そしてそれが実は王族の婚約者候補の殺害未遂事件であったことから、センセーショナルで外枠だけ大きく取り沙汰されることになった。今も記憶に残ることだろう。執念で首謀者をみつけたとも言われ、レアワームの新事実、領地の発展、売り出したものがことごとく売れたことからも、父さまは切れ者と評価されている。しかも辺境を守る一員でもあったことから腕も確かだし、なんせ辺境伯、そして武で固めるフォンタナ一族が親族だ。
うちの名前と裁判というキーワードを出せば、忘れていた人たちも当時を思い出すぐらいには知れ渡ったことだった。
「で、どうするつもりだい?」
「明らかにするつもりです」
「君は入園前だ。どうやって? ああ、殿下の力を借りて?」
まぁ! ずいぶん〝温厚さ〟を評価してもらっているみたいだ。先ほどの会話からわたしが殿下の威光を着る気がないと思ったみたいだ。そんなふうにいえば、わたしが殿下の力を借りることは良くないと取り下げると思ったのだろう。確かに殿下の威光を着る気はなかったが、気が変わったって言ったのに。やだなぁ、わたし12歳だよ。力がなかったら殿下だけでなく〝力〟を借りるに決まってるじゃん。
わたしはにこりと笑って見せた。
「さぁ、どうなっていくか見当がつきません。わたしは試験日の今日しか学園には入れませんが、兄たちは違います。わたしが突き止めたいといえば協力してくれると思います。言わなくてもわたしが怪我をしたと知れば、過剰なまでに反応し、みつけ出すと思います。殿下も正義感の強い方ですし、閉じ込められた部屋を蹴破ってくださったのが殿下ですので、わたしが何か言う前にすでに動いてくださっているかもしれません。兄にも伝わっているかもしれません」
わたしは事実を述べた。
「君がその中で一番温厚なんだね?」
「はい」
「それなら、君に頼むとしよう。明らかになり、学園の生徒だった場合、裁判に持ち込むのではなく、学園の規定にのっとり罰することとしてほしい」
「先生は先ほど、わたしが入園前だから学園は関知しないというようなことをおっしゃいませんでした?」
「そこは謝罪しよう。学園の中で起こったのなら、生徒である率が高い。どんな経緯でそんなことになったのかはわからないし、被害にあった君に頼めることではないが、やりたくないが仕方なくやらされた者であるかもしれない。そこを考慮してほしい」
悔しいからいろいろ言ってみただけで、裁判沙汰にするつもりは毛頭なかった。
「いいでしょう。わたしの質問に答えてくださるのなら」
ワイルド先生の眉間にシワがよる。
「なんだ?」
「先ほどの外国語での質疑応答は皆にされていることですか、それとも特定の者だけなのでしょうか?」
ちょっと疑問だったから聞いてみたのだけど、ビンゴだね。
なんで初めて会う〝先生〟から敵視されてるの、わたし。
ワイルド先生は大きなため息をついた。
「事前の調書により尋ねることは変えている。君のご両親が留学されていたとあったから、語学力がどうなのか気になったようだ」
「そうですか、わたしもわたしだけ語学力が気になられたのかが気になりますので、兄たちに協力を頼み、わたしの前に面接が終わった方々が外国語で質問があったのか調査しますわ」
生真面目先生の顔色がいささか悪い。
「学園の規定にのっとり罰するのは、生徒の場合ですよね?」
どんな試験をするのも学園の自由だし、人によって何かを変えるのもこの世界ではおかしなことではない。だから罰せられることではないのもわかっている。由緒正しく、公正なところを謳っているから、ちっとも公正でないと騒がれたら煩わしいだろうけれど、それだけだ。
それなのに、わたしがくだをまいているのは悔しかったからに他ならない。
あれ、なんかに刺された?ぐらいの煩わしさだろうけど、それで構わない。ただの嫌がらせだ。