第221話 まさかの
「嘘でしょ」
情けない声が、雑多に物を詰め込まれた部屋に響いた。
これって閉じ込められたってやつ?
まさか、試験を受けさせないように?
力が抜ける。
入園試験は、筆記(常識問題)、魔力測定、面接、体力測定の4つのテストがあり、どれかを棄権したり評価を得られなかった場合、入園の許可がおりない。
これってわたしにテストを受けさせたくないってこと?
つまり学園に来るなってことよね?
わたし、それなりに学園生活を楽しみにしているんだけど……。
今年12歳になるわたしの魔力は150と設定している。魔法を使うテストがあるから、魔力は残しておきたい。実際は魔力は多い方なので(自慢!)なくなるほど使うことはないと思うのだが、もし魔力は150なのに、こんなに魔法を使えるの変じゃない?と思われたら面倒なので、設定を越さないよう普段から気をつけている。
でも背に腹は代えられないか。と、ドアを吹っ飛ばそうとして魔法が使えないことに気づいた。
魔力が制御されている部屋のようだ。
まずい、時間ギリギリだったはず。筆記試験が始まっちゃう。
開かないドアを睨みつけていると、試験開始を告げる鐘の音が聞こえた。
万事休す!
なんでこんなことになったんだか……。
わたしは今朝からのことを思い返していた。
「お嬢さま、馬車をお使いください」
「アルノルト、試験日だよ? みんな馬車で来て、道がすっごく混んでいるよ」
「では、せめてデルが戻るまでお待ちください」
デルは17歳の男の子で、アルノルトが教育中の執事見習いだ。
「学園まで1時間かからないよ。ひとりでも大丈夫」
「お嬢さまは厄介ごとに好かれますから、ひとりで外を歩くのは危険にございます」
「アルノルト、わたしは今年12歳になるんだよ? みんな過保護過ぎ」
「やはり、主人さまかレオさまを」
わたしは口の前に人差し指を立てた。
「学園だからって、やっとのこと納得してもらったのに。大丈夫だから。気をつける。行ってきます!」
もふさまやレオたちが、新しい猫じゃらしに夢中になっていて気づかないうちに……。そのためにおニューのものを用意した。ひとりでに蛇のように動くおもちゃで、みんなの目がキランと輝いていた。もふさまと同じ子犬サイズになったみんなが、わたしの部屋で運動会中だ。
王都にも家を買ったのは2年前のことだ。兄さまが学園に来ることになった時。
平日は寮ぐらしだけど、休息日の前日から王都の家に帰ってくる。もちろんサブサブサブルームを作り、週末は兄さまと会えるようにした。執事やメイドも増やし、アルノルト夫妻には王都の家に来てもらっている。
兄さまやアラ兄、ロビ兄の送迎を断るのも大変だった。3人は春休みなんだけど、双子は砦経由のやることがあり、兄さまは学園の用事があった。それをわたしの送り迎えで時間を使わせるわけにはいかない。領地の町外れの家から町までより、王都の家から学園までの距離の方が短いぐらいだし、何かあろうはずがない。わたしはそう思った。
家から出てわりとすぐに、蹲っている人を発見した。
声をかけるとおばあさんで、具合が悪そうにしている。少し疲れただけだから大丈夫、と言われたが顔色が悪い。水魔法でお水を出して飲んでもらうと、少し落ち着いたみたいだ。様子を見ていると背中に声がかかった。
「いち姫か? 今日試験だろ? なんでまだ、こんなところにいるんだ?」
「その呼び方やめてってば」
振り返れば、やっぱりビクトンだった。フォンタナ男爵の孫のひとりだ。わたしの1つ上。誰かに聞かれたら、どこらへんが〝姫〟って思われちゃうでしょ? 一族に単に女の子の生まれてくる率が少ないってだけなのに。
「ケラはとっくに向かったぞ」
ケラもフォンタナ男爵の孫のひとりで、わたしと同学年。同級生予定。
アクシデントがなければ、余裕で到着する時間を考慮して動いてるってば。
「今日はひとりなのか? 付き添いの者が足りないなら声かけろよ」
だから学園ぐらいなら、ひとりで行けるから。そうビクトンに返答しようとしたが
「大丈夫ですか?」
状況を察しただろうビクトンが、おばあさんに語りかける。
「俺が引き継ぐから、いち姫は学園に行けよ。あ、ひとりで行けるか? 大丈夫か?」
……フォンタナ家も過保護だ。
ビクトンも今年13歳ながらフォンタナ家の血統を守っており、すでにムキムキだし体も大きい。何もできないわたしがいるより、ビクトンの方が頼りになりそうなので、ありがたくその場を任せ学園に向かった。
次は道を尋ねられた。キラキラしたものがいっぱい身についている、成人前ぐらいのお嬢さんだった。場所は知っていたけれど、いつも連れてってもらうので、ここからどう行けば、そこに行き着くかがわからない。あっちの方向というのはわかるんだけど。
とてもそうは見えないが田舎から出てきたばかりで、人に話しかけるのも怖いのでどうか連れて行ってくれと言われる。と言われても行き方がわからんとパニックになっていると
「リディア嬢? どうしたんだい?」
と声をかけられる。
騎士見習いの格好、ジェイお兄さんだ。騎士団長の長男。兄さまと同学年のブライの一番上のお兄さんだ。ブライのお兄さんだけあって、とてもかっこいい。見事な赤毛と意志の強そうな瞳が人をひきつける。今年最高学年の5年生。5年生は研究課程が多いので、就職先が決まっている人は5年生の時からやりだす人が多い。特に騎士になる人は、学園生と騎士見習いを並行してやると聞く。
「おはようございます。この方に道を尋ねられたのですが、その場所がよくわからなくて……」
「ああ、そうなの、どこだい? あれ、今年入園だよね? 今日って入園試験じゃなかった?」
わたしは、そうなんですと頷く。
「じゃあ僕が責任を持ってお連れするよ。お嬢さん、私は騎士見習いです。ご案内いたしますね」
とにっこりと笑う。
それから、またわたしに向き直り
「ひとりなの? ひとりで学園まで? 迷わず行ける?」
なんでみんな、わたしがひとりで学園まで行けないと思うのさ?
イケメン騎士が案内してくれるなら絶対その方がいいよね、わたしはジェイお兄さんにお任せすることにして、わたしも問題なく学園に行けると断言した。歩くスピードをちょっとあげる。
あ、マップ出せばよかったのか。歩き出してから気づいた。ちょうどその時『マスター、マップを呼び出します』とタボさんの声が頭に響いた。
え? 嘘、敵がいるの?
タボさんから自発的にマップを出すのは、危険要素を感知した時なんだよね。
目の前の画面を見れば、このまま真っ直ぐ行くと赤い点がある。
スリかなんか、かな。
うーむ、仕方ない、遠回りしよう。何回か遠回りしたため時間はかかったが、危険な要素は全て避けた。やっと学園に辿り着く。タボさんにお礼を言ってマップを消して一呼吸おく。
荘厳な佇まいの校舎が遠くに見える。数え年の12歳から受験することができ、受かれば入園を許される。5年間教育を受けられる学び舎だ。全寮制で貴族だけでなく平民にもその門は開かれている。ただ国が援助している機関といってもお金はかかるので、平民は圧倒的に少ない。
そもそも魔法を〝教える〟機関がこの学園しかない。だから学園に通えない人は、魔法を使っているのを見て、真似したり教えてもらったりするぐらいだ。属性はそれぞれに違うから、同じ属性の人に会えればいいが、会えなければ魔法を使えずに過ごす人も多いらしい。そういう体制が魔法が育っていかない要因ではないかと思う。
門番さんに挨拶をして門を潜る。いかついおじさんにしか見えないけれど、魔法で人の形をとっているだけと兄さまが言っていた。関係者以外、この門を通ることはできない。行事の時に兄さまたちの家族として入ったことはあるけどね。わたしは今日は受験生のバッジをつけている。
正面に見える花数字で表したおしゃれ時計は、まもなく試験が始まることを示していた。
マジでヤバい。
だから、もう馬車がほとんどいなかったのか!
庭園スペースを駆け足だ。試験会場の矢印に沿っていけば、制服姿のおどおどした先輩に声をかけられる。学園の制服は、なかなかかわいい。
「おはようございます。お名前は?」
「おはようございます。リディア・シュタインと申します」
「じ、時間ギリギリですよ。教室はこちらです、一緒に来てください」
わたしは先輩について、小走りに急いだ。
「こちらです」
わたしはお礼を言って、ドアを開け、あまりにも音がないので首を傾げた。
3歩入れば中が見えて、そこには雑多に物が積み上げられ、とても試験会場とは思えなかった。
振り返ればドアは閉まっていて、ドアノブを回そうとしてもびくともしない……。
わたしはドアを叩いた。
「先輩?」
声をかけ、もう一度ドアを叩いたが、反応なし。
「嘘でしょ」
わたしの声が乾いた部屋の中で響いた。