第219話 王との密約
父さまは陛下と話があるので、わたしたちに先に帰るようシヴァへと預けた。
「父さま……」
背中に呼びかければ、心細さがそのまま声に出た。
陛下と話なんて……、陛下を呼んだのも父さまみたいだし……。
そんな心を置き去りにして、シヴァに抱っこされたまま馬車に乗り込む。
ドアを閉めて家族だけになると、シヴァに褒められた。
周りにあるもので対処したのもよかったと、頭を撫でてもらう。あの場合、世話役の女性の袋だね。投げつけてしまったから、謝りにいかなくちゃ。それから蹴りも決まっていたと。
ロビ兄が修行の成果だなと鼻高々だ。
確かにその通りだ。
もふさまが『我が根気よく付き合ってやったからだ』と自信満々に胸を張る。
「おいらも手伝ったでちよ」
といえば、アラ兄がアオを撫でた。
『なんだ、修行とは、楽しそうだね? 私もやる!』
レオが飛び跳ねる。わたしは心の中で、それはちょっと……と思った。
だって楽しくなりすぎるとレオは〝加減〟を忘れるタイプに見えるから……。
フォンタナ家に帰ってからはみんなでご飯の用意のお手伝いをした。ただ父さまを待っているだけだと不安が膨れあがる気がしたからだ。今度どこかのタイミングで食事を作らせて欲しいというと、アマンダおばさまが許してくださった。
お菓子の噂は王都にまで届いていたみたいなので、とっておきのをだそうかね。暑い時にも食べやすいレアチーズケーキを食べてもらおう。ゼラチンで固めているわけではないので、特に暑さには弱く売り出すのは難しいお菓子なのだ。
そうこうしているうちに父さまが帰ってきた。一緒にわたしたちの部屋に引き上げる。
父さまはわたしをぎゅーっとして、それから兄さま、そして双子をと次々に抱きしめた。父さまはとても穏やかに微笑んでいて、いいことがあったのだと思った。
「父さまは陛下と何を話されたの?」
尋ねれば、父さまはなんともいえない表情になり、心を決めた顔になった。
ベッドに腰掛けて、みんなを周りに座らせる。
「引っ越してきてすぐに母さまが具合が悪くなっただろう? それは呪いのせいだった」
「もふさまが教えてくれた。そっか、ずっと前から一緒にいたような気がするけど、あの時もふさまと会ったんだね」
アラ兄が言えば
「それでリーともふさまと母さまと3人の力で、母さまを浄化したんだ」
とロビ兄が得意げに言った。
『の、呪われたの? それを浄化した?』
「呪われたの? 浄化したの? と言ってるでち。おいらも初耳でち」
「リディーは光の属性を持っているけれど、それがわかるといろいろ大変だから秘密にしているんだ」
兄さまがアオとレオに言うと、ふたりは神妙に頷いた。手のひらサイズのふたりのそんな仕草はひたすらかわいらしいに尽きる。
「母さまに呪いをかけていた人が誰かを、ずっと調べていた」
わたしたちは父さまをみつめた。
「わかったの?」
父さまは〝わかった〟とも〝わからなかった〟とも言わず話し出した。
「直接、呪いをかけたのは、当時のモロールの領主邸で働いているメイド頭だった」
「何で? その人は何で母さまを呪ったの?」
「どうやってわかったの?」
アラ兄と兄さまが同時に尋ねた。
父さまはアラ兄と、兄さまの頭を力強く撫でた。そして説明を続ける。
「呪いを浄化した同時間帯に、モロールで領主のメイド頭が頓死したんだ。病気でもなかったから事件性がないか調べられたそうだ。事件性はなかった」
やっぱり、呪いが返った人は亡くなったんだ。もふさまがわたしの膝に顎をのせる。心配げに見上げる目と目が合った。大丈夫。わたしはもふさまに頷く。
「時期が一致しているから調べてみたら、引っ越す時に挨拶にきてくれた人の名簿の中に、その人の名前が残っていた。砦の町の住人という触れ込みだったが、それは嘘だった」
父さまは一息入れる。
「そのメイド頭と母さまやウチの繋がりはない。とすると、誰かから頼まれたと推測される。一番濃いのが勤め先、当時の領主・メイダー伯爵の奥方に頼まれたのが有力だろう。ちなみにメイダー伯夫妻とウチの接点もない。……そしてメイダー伯の奥方は王妃さまの侍女をしていたことがあるんだ」
みんなの理解が追いつくまでに、時間が少しかかる。沈黙が降りる。
「……王妃さまが母さまを呪わせたの?」
沈黙を破ったのは兄さまだった。
「光属性があるって、呪われるようなことなの?」
ヒステリック気味なアラ兄の叫びに、父さまはアラ兄をギュッと抱きしめた。
「光属性があるからって呪われるようなことはない。リディーも大丈夫だ。いい方が悪かった、驚かせたな、ごめんな」
父さまはアラ兄の背中を叩いた。
そして子供たちの顔をぐるりと見遣る。
「王妃さまが呪わせたのか、それはわからない。ただ限りなく怪しいとは思っている。母さまの一族の女性は王族と結婚を望まれるから、そうしなかった母さまたちの代にあたりが強いんだ。でもな、そんなことで呪いはしないだろうとも思うし、逆に母さまを羨んで呪いをかけることもあるかとも思う」
ロビ兄とアラ兄が、不安そうに手を繋いでいた。
「……繋がりがあるだけで疑うのも良くない。呪術方面からも何かわからないかと調べていった。呪術は禁呪だ。大っぴらにやれるものでもない。今も伝えられていることから、隠れ里のようなものがあると思った。
砦でアイラの母親が呪術師だったとわかった。だからマルティンにアイラの母親と会ったのはどこなのか、アイラの母親の出身の町を聞いたんだ。ビックスの町だった」
ビックスってカークさんが、隷属の札を手に入れた町だ。
「ビックスの町の近くに、呪術師の隠れ里があると思われる。そしてな、ビックスの町の隣のシロネスクが王妃さまの出身の町なんだ」
限りなく黒に近いね。
「だけど証拠があるわけではない。国母であらせられる。うかつに口にすれば、父さまが、父さまだけでなく一族もろとも消されるだろう」
父さまは悲しそうな顔をした。
「だからお前たちもこのことは、今話し終えたら、絶対に口にしてはいけないよ。……王妃さまは体調を崩されているというし、きっとこれ以上に何かが解ることはないだろう。悪いことをしたら、それは明らかにされて罪を償うべきだが、実際は明かされない出来事も多く存在する……。そうお前たちに知らせたくなかった。だから言うかどうかも迷った」
迷って、父さまは教えてくれることにしたのだ。
父さまはその調べたことを陛下に話したという。
そのことを話すというのは呪いを解除したことも告げることになる。本当の方法をはっきりとは伝えずに、父さまは幸運に導かれ(もふさまの)力を借りてと濁したらしい。保険として買った家がちょっと特殊だった旨はなんとなく伝えたらしい。陛下が調べたとしたら、あの家が魔使いさんの家だったことはすぐに伝わるだろう。魔使いさんが何か残していたに違いないと思われるだろうけど……。
なんて危険な!
だって脅しているともとれるし。
父さまは、わたしの考えなんてお見通しのように笑って見せた。
「陛下から約束をいただいた。国母が呪術に手を出したかもしれないと口にはしない代わりに、王妃さまが二度と母さまに手を出さないよう、母さまだけでなく、ウチの一族に手を出さないよう尽力してくださると」
「……今はそうでも、知っていることで、父さまが危険じゃないの?」
泣きそうな顔のアラ兄に父さまは頷く。
「王妃さまのご実家は、今も勢力がある。王妃さまが体を壊しているから大人しくはしているが。そのご実家と王妃さまを抑えるのに、王は父さまを生かしておくだろう」
?
「どういう意味?」
ロビ兄が尋ねる。
「陛下には王妃さまや側室さまたちがいらっしゃる。王妃さまたちの力関係が崩れると国を巻き込んでの大惨事になることがある。だから陛下はその勢力も手綱をとられている。呪術はたとえ事実ではなく噂がたっても、場合によっては廃妃に追い詰められるほどの弱味になる。陛下は王妃さまと王妃さまのご生家の弱味を握ったことになる。だからその弱味を簡単には手放さない」
やっぱり、父さまも貴族だなぁ。どこまでももっと先を見ている。奥さんの弱味を握るって……と思ってしまうが、立場のある夫婦間では、いたしかたないことなのかな? わたしはそんな関係、嫌だけど。
「リディーと第二王子殿下の婚約話ももう出ない。フランツに危害を加えることもない」
え?
「リディーと第二王子殿下の婚約は、確実に反故にしてくださった。だから、もうリディーもフランツにも危険はない」
?
「もう、大丈夫だ」
父さまは自分に言い聞かせるように言った。
……父さま。
……ああ、そうか。
わたしはロサと契約をしたけれど、ロサがわたしと婚約すると断言したということは陛下が認めた〝婚約〟ということなんだ。だからいくらロサが契約通り反対の声をあげようが、陛下の一声でそれは簡単に覆させられることだったんだ。
わたしは何を勘違いしていたんだろう。
ロサと約束をするだけで、頑張れば家族も領地も守れると思っていた。
ロサは確かに王子殿下だけど、第一権力者は王様である陛下だ。
陛下の一声で何もかもが変わったのに。
鋭い眼光を思い出して身が震えた。
だけど父さまは、ロサとのおままごとのような約束で安心しきっていたわたしには何も言わずに、婚約をしないですむ方法をずっと考えて、みつけてくれたんだ。
父さまは裁判に陛下を呼んでいた。……それは恐らくビックスの町の名を聞かせるため。呪術の札があったのがビックスの町だったと、裁判の記録に残すため。父さまの裁判の目的はそっちだった? ガルッアロ伯は〝ついで〟で、隠れ蓑だった……。
あまり知られていない呪符だが、呪符がビックスの町にあったと公の記録があれば、王妃さまが呪った噂が出た時に、結び付けて考える人が出てくるかもしれない。裁判も何もかも、それが目的だったんだ!
父さま……!
「父さま、ありがと……」
父さまに抱きつく。ぎゅーっと抱きしめてくれる。
「もう大丈夫だからな」
父さま、父さま、父さま、父さま…………………………!
父さまにしがみつくわたしごと、兄さまが抱きしめる。
「父さま、ありがとう」
アラ兄もロビ兄もわたしたちに被さる。
「父さま、ありがとう。かっこいい!」
「父さま、ありがとう。大好き!」
みんなでぎゅーっとした。
そこにアオとレオともふさまも中に潜り込んできて、みんなでぎゅーっとした。