第215話 オープン
朝ごはんを食堂でいただく。昨日の夕食と同じスタイルだ。朝から肉が山積み。みんな大喜びだ。
ご飯を食べ終わってからは、わたしの修行時間となった。レオに絶対出てきちゃダメだからねと釘をさす。
演習場の片隅で、いつものようにロビ兄とのサシの稽古がつけられる。
稽古中に必ず一度は、木刀を落としてしまう。
元男爵のおじいちゃんに、おいでおいでをされる。木刀のここを持つようにしてごらんと、アドバイスをもらった。基本の握り方から外れているが、とても持ちやすい。
驚いて見上げると、眦を下げた。
「リディアには、まだこれが重たいのだろう。もう少し大きくなったら持ち方を変えればいい。これは自分を守るものだ。これを落としてしまったら、身を守るものを失う。だから正しい持ち方より、落とさないようにしっかり握るのことの方が、大事なんだよ」
そっか、そうだな。拾うまでロビ兄は待ってくれるけれど、攻撃されているときは誰も待ってくれない。
わたしはおじいちゃんにお礼を言って、稽古に戻った。
あ、動きやすい。魔法以外でロビ兄に攻撃を入れられたことはなかったけれど、木刀の持ち方を変えただけで、ロビ兄に木刀が届いた。
ロビ兄がニヤッっと笑って、バク転したりアクロバットな技を決めつつ攻撃してきた。ロビ兄の動線が読めないので魔法を使うことにする。水のカーテンを作ってロビ兄の動きを封じる。ロビ兄は膜をついたけれど、それぐらいじゃわたしのコーティングは破れないよ。ロビ兄の後ろにまわり木刀を突き出す。同時にカーテンを消す。ロビ兄に木刀を当てた!と思ったのは気のせいで、ロビ兄はわたしが突き出した木刀をしっかり持っていた。
ロビ兄に頭を撫でらえる。
「おれの後ろをとれるようになったか、すごいぞ、リー」
上手くなったと褒めてもらった!
遠巻きにわたしの訓練を見ていた筋肉マンたちが、こぞってこうするともっと良くなるといろいろと教えてくれた。わたしも会得するまではいかないけれど、それでも少し技が増えたような気がする。
午後は厨房を借りて食事とお菓子作りをさせてもらった。イザークたちに助けてもらったので、そのお礼をしたいと思ったのだ。手の空いている人が手伝ってくれた。すっごい食べたそうにしてたので味見をしてもらったら目を輝かせた。フォンタナ家にもお世話になっているから、どこかのタイミングでご飯を作ってお礼をさせてもらおうと思う。
夕方になると、父さまとシヴァが帰ってきた。
父さまは挨拶を終え、シヴァは次期辺境伯と認められたようだ。
夜はシヴァの認められたお祝いと、わたしたちが来たことの歓迎会で宴会となった。
メインはミートマウンテン!
肉もここまで積み上げられると、肉って思えないね、なんだか。
分厚い見た目トンテキがエベレストとなっている。その他もお肉を煮たもの、スープにも塊のお肉がごろごろ。野菜どこいった? まさに肉尽くしだが、フォンタナ家ではそれがデフォルトなのかもしれない。うん、多分食べ物と言ったら〝肉〟だけを指すんだよ。
レオはトンテキの味付けが気に入ったようだ。ニンニクと蜂蜜とオイルとで漬け込んで外側を強火で焼き付け、中を弱火でじっくり焼いたヤツだね。これならウチでも作れそうだ。
滞在1日と思えないほど、わたしたちはめちゃくちゃフォンタナ一家に馴染んでいた。
「明日は町に出かけるぞ」
食後のお茶を飲んでいると、父さまが言った。
どこに行くんだと男爵さまに問われて、
「ランパッド商会の店を見に行きます」
と答えた。
「もしかして、明日開店の〝鞄〟のお店に?」
アマンダおばさまが首を傾げられる。
「ええ、そうです」
「明日、開店なの?」
父さまが頷くので、テンションが爆上がりした。
なんと鞄の店のオープンを見られるとは!
「招待状がないと、入れないはずだけれど……」
「ああ、実はあの鞄の発案者はリディーでして、ランパッド商会から……」
アマンダおばさま、レラおばあさま、エメラルドおばさまから奇声が上がる。
「なんてことでしょう! 先立ってお披露目会があったんですのよ。そこで〝鞄〟を見ましたわ。とても素敵で、オープン日に参加するための抽選会にもちろん参加したのですが、当たりませんでした。あんなに素敵なんですもの、すぐに売れてしまいますわ。次の入荷までは、時間がかかるとのことでしたわ」
ホリーさんやるね。オープン前にレセプションを開いたんだ。それに呼ばれることも特別感があって心をくすぐられる。
「あの、本当に素敵でした?」
おばさまの目から見て本当に素敵と思えたのか聞きたくて尋ねてしまった。
アマンダおばさまが目を優しくして言う。
「形もかわいかったのはもちろんだったけれど、私は中が仕切られていたことに感動したわ。用途に分けて入れるのね。あんなに小さな空間なのに、それだけで使いやすそうだと思ったわ」
「どんな装いも邪魔をしないサイズ感がよかったわ。それに曲線に気が使われていて、とても女性にあう持ち物だと思いましたわ」
「私は普段ハンカチと扇を入れるぐらいの袋を持つのが嫌でしたの。でもあれならどこに持っていっても存在感はあるし、とてもいいと思いました」
絶賛してくださる。
わたしはゴソゴソと収納袋をあさるふりをして、収納ポケットからホリーさんからもらったサンプルと称された革の鞄と、素材はそんな高いものではないけれど、良さげな布でいろいろな形をした母さまと作った試し鞄を取り出した。
「こ、これは?」
「革のものは商会さんからもらったもので、1つしかないのです。他のは布製になります。それもわたしと母さまが作ったものなので、揃ってないところもありますが、形はいろいろあります」
「お義母さま、これは、お披露目会のと色違い。お義母さまが素敵とおっしゃったものではありませんか?」
「まあ、こちらはお披露目で見たものより少し大きいけれど、……マチがありますのね、かわいいわ。布と思えないくらいしっかりしているわ」
ふふふ、コーティングしているからね。
「この見えないところにされている飾りは何かしら?」
「それは、ウチの商品というサインです」
筆記体の「R」を崩して記号のプラス「+」とくっつけたロゴ、わたしが考えたものだ。
「良かったら、お好きなのをどうぞ」
「「「え?」」」
3人がぐりんと首を回してわたしを見る。
「ね、父さま。お世話にいっぱいなっているものね。わたし、このお洋服もいただいたの」
王都で買ったものだろうから、もらった服だけで鞄は何個も買えちゃうだろう。
「あ、ああ。もちろんです。おめがねに適うものがありましたら、もらってやってください。リディーはおばさまたちに使って欲しいようだ」
おばさまたちはバッグを選び、そしてお店のオープンにも一緒に行くことになった。
オープン当日。わたしの今日の装いは、夏用のドレスだ。ワンピースじゃない、ドレス! 袖のかわりについたレースがひらひらと揺れているのがかわいい。スカートはいつもより長めで全体的にちょっとお姉さんになった気分だ。もちろん、みんなかわいいと言ってくれた。
おばさまたちは、昨日選んだ鞄を持っていてくれた。
発売前のバッグを手にしているのが、彼女たちのテンションを上げていると見た。話を聞いていると、どうも張り合っている家門があるらしくて、その方は抽選会で当たってオープン日のチケットを手に入れたそうだ。なるほどね。
馬車だと店先で混むだろうから、歩いて行くことになった。おばあさまも歩くのに全く問題ないらしい。わたしは父さまに抱っこしてもらった。人が多いしね。
そうなのだ。王都は人が溢れていた。というか活気がある。どこかみんな速足なのに、でもそれを思わせない優雅さだ。町並みもどことなくキラキラしている気がする。
『魔力があふれているな』
『王族がいるところは、無駄に魔力を使っているよね』
「これが王族の魔力でちか?」
父さまに抱っこされた、わたしに抱っこされたもふさまと、わたしのポシェットに入っているレオとアオがキョロキョロしている。
もふさまのふわふわの毛で、時々顔を出すレオとアオも見えないとは思うが、ドキドキするよ。
予想通り、お店に続く道は馬車が数珠つなぎになって、動けなくなっていた。それを横目にお店のある一角にたどり着くと、外で並び始める奥さまたちに対応している人が見えた。ホリーさんだ。
わたしたちに気づき駆け寄ってきた。
「シュタイン伯さま、リディアお嬢さま、坊ちゃんたちも。来てくださったんですね!」
商会から経緯は聞いているだろうからか、少し不安げな顔をしている。
「ご尽力くださり、ありがとうございます。いい店構えですね」
父さまがお礼を言った。
真っ白の壁。道路に面した一面をガラス戸にしていて、中の様子がよく見えることだろう。オープン前の今はカーテンがかけられているけど。
ホリーさんは後ろのおばさまたちに会釈をした。
「……フォンタナ家の方々とお知り合いですか?」
「ホリーさん知ってるの?」
「我が商会のお得意さまです」
「ああ、そうなんですね。親戚なんです」
「はい?」
「ひいおじいさまの生家なんです」
アラ兄が告げれば、ホリーさんは驚いた顔をした。
「そ、そうだったのですか。それは存じ上げませんでした」
そしておばさまたちの鞄に目をやった。
「り、リディアお嬢さま、フォンタナ夫人たちがお持ちの鞄は、ひょっとして新作ですか?」
「いいえ、第二弾はまた違うものです。あれは母さまと好きに作ったものです」
「奥さま、大変不躾ですが、その逸品を私めに見せていただけませんでしょうか?」
おばさまはホリーさんにバッグを見せてあげる。
「ああこれはF5とF3を合わせて、ああここをカットしたんですね。なるほど、こちらの方が使いやすいかもしれないですね。素材も皮でなくても、これだけしっかりしている布なら……」
ぶつぶつ呟いているところに、中のスタッフの人に呼ばれて顔をあげる。
「し、失礼しました。見せていただき、ありがとうございました。今日は楽しんでいってくださいませ」
わたしたちに後ほどと言葉を残して、お店の中に入っていった。
「あ、アマンダさま?」
呼ばれて、おばさまは振り返る。
「あら、バークス夫人ごきげんよう」
ゆったりと挨拶する。
「開店日のチケットは当たらなかったんじゃなかったかしら。未練がましくお店までいらしたの?」
バークス夫人と呼ばれた人は、レラおばあさまやエメラルドおばさまに挨拶したあと、嫌味ったらしく大きな声で尋ねる。
「あら、チケットならありましてよ」
バッグから、わたしたちが配っていいと貰っていたチケットを出す。
「まぁ、誰かに譲っていただきましたの?」
扇で口元を隠すようにして、嫌味攻撃だ。
「あの、失礼ですが、そちらお持ちなのは鞄ですの? 今日初めて売り出すと聞いていますけれど」
後ろに並んでいた人が目ざとく鞄に気づいたようで、おばさまに尋ねる。
「はい、こちらの鞄ですわ。今日初めて売り出すのも間違いではありませんのよ。ただ、ウチはこちらの鞄を売り出したオーナーと親戚ですの。この形はこれだけ、世界でたったひとつの物ですの」
おばさまは優雅にちろりとバークス夫人に目をやっている。
バークス夫人が目を見開き、手がブルブル震えている。こ、怖い。
アマンダおばさまは相手により口調を変える。みんなへのお小言の時のおばさまを知っているだけに、夫人モードの時とのギャップが激しくて楽しい。
「お嬢さま、シュタインの皆さま、どうぞこちらに」
ホリーさんがわたしたちを呼んだ。
「皆さま、こちらが鞄をお作りになられたオーナーさまでございます。フォンタナ家の方も中へどうぞ」
「皆さま、あの犬の背負っているもの、あれも鞄じゃありませんこと?」
「ご子息たちが斜めにかけられているのも、あれも……」
みんながっつり見てるね。リュックや斜めがけ鞄も需要が出ると思うよ、ふふふ。そしてウチにお金が入る。バンザーイ!
カーテンの中に入れば素敵なバッグがガラス板の上に陳列されていた。
ガラスは透明だから鞄の存在感が増す。
「どうでしょう、お嬢さま」
「とっても素敵だと思います」
ホリーさんがわたしに確かめているからか、スタッフが不思議そうな顔をしている。ま、誰もこんなちびっちゃいのが発案者とは思わないよね。わたしも記憶から拝借しているのであって、作り出したわけじゃないけど。
お店のオープンだ。中から様子を見せてもらう。
「お手にとってお好きにご覧くださいませ。何かありましたらおっしゃってくださいませ、お手伝いいたします」
貴族が訪れるような店は、お客さんにスタッフがついて、ずっとお手伝いをするのが普通だという。でも鞄はもっとカジュアルに見て欲しいし使って欲しいので、お客さまから声がかかるまではスタッフはついて回らないようお願いした。
一番人気は革の鞄のようだ。あの色合いがどれをとっても同じじゃないもんね。次が毛皮。夏に見ると暑苦しく感じてしまうけれど、季節が移ろいコートが必需品になる頃にはどんな装いにも合うだろう。みんな鞄との対話を楽しんでいる。おばさまたちも、飾られた鞄たちをひとつひとつ手にとっては、姿見に自分と鞄を合わせて見ていた。
ホリーさんが父さまに耳打ちする。
商会でも、わたしを王都に連れてくる依頼の詳細を調べたようだが、あの偽ブライドさんが手続をしているので、わかったことはないようだ。何事もなくて良かったけれど、くれぐれも気をつけてと心配してもらった。