第214話 追跡③援軍
町の自警団には届けを出していて、踏み込んでもらうタイミングはシヴァと子供たちが知らせるはずだった。ところがみんな捕らえられてしまった。魔力も使えない魔具を取り付けられた。
父さまとシヴァ、そして子供3人が本気を出せば、魔法を使わなくても、脱出は可能だった。ただ、そうすると捕らえられていた決定的な〝現場〟を見せられなくなる。ガルッアロ伯がわたしを葬ろうとした〝証拠〟は見つかっていない。訴えるには早計。罠には食いついているから犯人には間違いない。調べてもらえば絶対に〝証拠〟は出てくる。そのために裁く場に引き込む必要がある。自分たちを監禁している現場を押さえてもらう必要がある。ギリギリまで待ち、そしてもしもの時は脱出するつもりだった。
その夜に現れたのがわたしだった。食事も取れたし、レオのおかげで魔法も使えるようになった。父さまはそこから伝手を駆使し自警団に踏み込んでもらうよう手紙を送った。
次の日、自警団がなかなか乗り込んでこないので肝を冷やしたという。なんとか時間を引き伸ばそうと、要らぬことを言って、殴られたりした。
そこにイザーク、ブライ、ダニエルを中心とした子供たちが踏み込んできた。
父さまが頼んだ自警団の人たちは来なかった。この町はガルッアロ伯に支配されていたので、ガルッアロ伯に牙を剥くことはためらったことが後からわかる。
イザークたちが救世主のように現れたのは、伝達魔法のやりとりで、兄さまたちの状況を知ったからだ。
彼らは父さまが王都にやってくることを知っていた。もしかしたら、子供たちの誰かは一緒に王都に来るかもなと思っていた。そんな時にトリノの町でシュタイン伯のご子息を取り合う騒動が起き、その噂が流れてきた。
なんだよ、トリノまで来てるのか? 王都にはいつ来るんだ?とイザークは伝達魔法を使った。アラ兄たちは、今ガルッアロ伯の屋敷の地下に閉じ込められているので、当分王都に行けそうもないと返事をした。
その手紙に驚いたイザークはブライやダニエルに相談をする。王都の騎士団員にも相談してみたが、助けを求められたわけでもなく、手紙にそう書いてあるだけで、違う町に口を出す権限もないしと及び腰だ。
それから伝達魔法を送り、もっと詳しく状況を、それに助けがいるんじゃないのか?と手紙を送ったが届かなかった。これは牢番が届いた伝達魔法に気づき、弾くようにしたようだった。
イザークたちは連絡がつかないことから焦りだした。王都の騎士団に告げたが、やはり違う町のことには応援要請がない限り動くことはできないと言われる。
ところで彼らには弟思いの兄がいた。お兄ちゃんたちは、騎士団に喧嘩を売っている弟たちを目撃した。馬で町を飛び出していきそうな弟たちを見て、よくわからないながらもサポートすることにした。あまりに必死だったので、弟たちに必要なことなのだと思ったからだ。
トリノの町に着きガルッアロ伯の屋敷まで行ったが、イザークは双子たちの魔力のオーラを感じなかった。それで町中を走りまわり、恐ろしいほどの魔力を漲らせている場所があることに気付いた。微かに、兄さまや双子の魔力も感じたので、屋敷の中に踏み込んだ。兄たちはせめて手順を踏めと止めたが、弟たちはただ勢いに任せて襲撃した。
見知らぬ身なりのいい子供たちが馬で乗り込んでくる。屋敷の者たちは仰天した。そこではシュタイン伯が暴力を受けている真っ只中だった。シュタイン家の者が拘束されている。多くの子供たちが目撃したことだ。王都のお偉方の子供たちがトリノの自警団に飛び込み、彼らが踏み込むことになり、捕らえた。ガルッアロ伯はシュタイン伯に暴力を振るい、シュタイン伯の令息、辺境伯の息子たちを監禁したとしてお縄になった。
なんて綱渡りな!
イザークたちが来てくれなかったら、危なかったじゃんとわたしは詰め寄った。が、兄さまたちにしてみれば踏み込んでもらうことが目的なので待っていただけで、父さまから号令が出ればコテンパンにやっつけるつもりだったという。レオを抑えるのに大変だったそうだ。言葉は通じないが、ポケットから出そうになり、怒っているのがわかったので、大丈夫だから、もしもの時はお願いするからとずっと唱えることになったと振り返る。
「みんな、ありがと」
結局ガルッアロ伯を捕らえるのは、わたしを殺害しようとしたことの罰を受けさせるためだ。そのために、みんなが危険な目にあった……。イザークたちにも感謝だ。
その罠って……どういうものだったんだろう。ガルッアロ伯が見事に食いついたわけだからね。
「あのね、リディー」
兄さまがわたしの手をとった。握り締めた手の上に、アラ兄とロビ兄も手を乗せる。ん?
「カークがみつかった」
カークさん?
わたしを隷属の札で呼び出して、人売りに売った人だ。
「怖いよね。でも、絶対に二度とリディーに何もさせないから。大丈夫だから。だから怯えないで」
ああ、そうか。兄さまも双子も、実行犯が捕まったとあって、わたしがパニックにならないよう、手をとってくれたんだ。……わたしあの時、みんなに会えてわんわん泣いたもんね。涙が止まらなかった。それをきっと思い出してしまうのだろう。
あれ、でもカークさんがみつかったなら、そんな危ないことをしなくても、カークさんがガルッアロ伯に指示されたって言えばいいんじゃないの?
わたしが考えたことが言わなくてもわかったかのようにアラ兄が言った。
「ガルッアロ伯はゴロツキにシュタイン伯令嬢を害するように指示を出した。そのゴロツキがカークを脅したそうだ」
間に人がいたのか。それなら、カークさんがみつかってもガルッアロ伯を追い詰める証拠にはならない。
それじゃあどうするの?
監禁と暴力を振るったことでしかしょっぴけないってこと?
「そのゴロツキを今探している」
兄さまが言った。
「絶対に探し出す。そしてガルッアロ伯に罰を受けさせる」
兄さまの言葉に、双子が力強く頷いた。
寄り添って眠ったはずだが、起きるとアオとレオしか残っていなかった。遅くまで話したので、この陽の入り方からずいぶん寝坊をしたような気がする。
「アオ、レオ」
ふたりを揺すって起こす。
「朝でちか?」
「うん。起きよう」
レオはすやすや眠ったままだ。
「レオ」
呼んでも、全く起きないよ。
先に着替えてしまう。アマンダおばさまが用意してくれた服だ。うわっ、お人形の服みたいだ。半袖だし、布地も薄くて夏用だけど、肘までの白い手袋がついている。
「リディア、かわいいでち」
「そう? ありがと。レオ、どうやって起こそう」
揺すっても呼んでみても起きないよ。
兄さまたちが戻ってきた。朝練に行っていたようだ。筋肉マンたちとの朝練は楽しかったようだ。
レオが起きないんだと言ってみる。
もふさまも揺すったりなんだりしてみたが起きなかった。
わたしも寝坊助だけど、レオはわたし以上だね。
昨日まではどうしていたのか聞いてみた。レオはわたしたちと別れてから眠っていないようだった。まさか見張りをかってくれていたのかとジーンとする。
500年眠り通したことからも筋金入りの寝坊助なのに。
もふさまが〝我が殺気を向ければ起きるだろう〟とあくびをしながら言った。……それは最後の手段にしよう。
そういえば、あの洞窟は居心地がいいとか言っていたね。なんて言い合って、それじゃあ居心地が悪ければ起きるんじゃない?とアラ兄が言った。
レオの居心地が悪いってなんだろう?
シードラゴンだから、水、海と親しみ深い。といえば、じゃあ、火が苦手だったりしてと、ロビ兄がマッチを擦ったぐらいの小さな炎を出した。
レオが飛び起きた。
レオは火が嫌いなようだ。そういえばスープを作っていた時、覗き込んでこなかったなと思い出す。アオは覗き込むんだよ。もちろん火は熱いってわかっているから距離はとっているんだろうけど、わたし的には火のある近くにいられるとドギマギする。
レオにずっと眠ってなかったの?と聞いた。
10年後に一族の集まりがあるそうだ。それはとても大切な会議。今度は絶対に出ないといけない。レオは自分が寝坊助だとわかっている。それで、10年間眠らないと決めたそうだ。500年寝だめできるのだから、10年寝ないのもできることなのかもしれない。そういえばもふさまも、寝る必要ないって言ってたもんね。
気の毒になって、眠りたい時は家においでといえば、レオがなんで?と言わんばかりにキュキュっと鳴いた。
「ウチに来て眠った時は、朝ちゃんと起こすから。起きられれば眠ってもいいんでしょ?」
『起こしてくれるのか?』
うん、今ので起こし方がわかったからね。そう答えるとレオはぶっとい尻尾をフリフリと動かした。