第210話 フォンタナ一族
男爵さまは、ご無沙汰なのはお互いさまだと苦笑いした。
ただ、ジョシュアが逝ったのは早すぎたとお悔やみの言葉があった。ジョシュアとは父さまの父さまの名前だ。
「こんなかわいい孫たちの成長を見られずに逝くとは」
と悲しそうな顔をした。
おじいさまのお兄さんの前男爵さまとも挨拶をする。おじいさまはどちらかという細身だがお兄さんたちは見ただけで圧倒されるムキムキの筋肉をお持ちだ。でも顔はすっごく小さい。どこと言われると答えられないが、おじいさまと似ていると思う。
父さまはシヴァがおじいさまの養子になったことを伝える。もちろんおじいさまからとっくの昔に連絡はきているだろうし、手紙でも伝えてあったようだから簡単な紹介だ。
シヴァと兄さまはおじいさまの息子だから、甥っ子になるなと目尻を下げた。
じろじろ見られるなーとは思っていたのだけれど、どうもフォンタナ一族は女の子が生まれにくい家系らしい。おじいさまの兄弟も男だけだし、その子供たちもそれぞれ3人の子供がいるが全て男の子。さらにその子供たちも全員男。その末の子がどうしても女の子が欲しくて願いをかけ続けて生まれた5人目も男の子だったそうだ。
そんなことから、わたしという女の子が生まれたことは、でかしたと話に挙がっていたらしい。羨ましいと思われていたみたいだし、わたしを一族の〝姫〟と呼んでいた。もふさまがにやにやしてわたしを見ている。いたたまれないと思っているのが伝わっているからだろう。
みんなに紹介すると言われた。
お屋敷も大きくて広いけれど、庭がものすごく広い。王都にこんな土地を持っているってかなりすごいことだと思う。
応接間にいたそれぞれの夫人たちが両手にフライパンのような物を持っていたので、どうして?と思っていたのだが、その理由が判明する。
夫人たちがそのフライパンを打ちつけだす。
その凄い音にびびりまくっていると、男爵さまに掬い上げられた。
「ごめんな、驚くよな。ウチは男ばっかりだからどうしてもな」
土埃?
『来るぞ』
え?
ドドドドドドドドっと砂埃と音を立て、走ってきたのは人、人、人だった。
大きかったり、小さかったりしたが、みんな骨太で筋肉ムキムキで、いかつい。シヴァよりも。
「お、女の子だ」
「ちっちぇぇ」
「なんだありゃ、姫か?」
なんかすっごく注目されているんですけど。
「すげぇ、犬抱きしめて、ふわふわした人形ぶら下げてるぞ」
「あれがぬいぐるみとかいうやつじゃないか?」
男爵さまが足をダンと鳴らすと、静かになってみんなが〝気をつけ〟のポーズで直立した。
「皆に紹介する。イオン・シュタイン・ランディラカ辺境伯の息子だ。明日。登城し、次期辺境伯の許しを得る」
目で合図を受け、シヴァが礼をとる。
「シヴァ・シュタイン・ランディラカ、だ」
「もう一人の息子だ」
「フランツ・シュタイン・ランディラカです」
「オヤジ、そのちびっちゃいのはなんだ?」
「順番に紹介してやるから待て。ランディラカ伯の孫だ」
「ジュレミー・シュタインです。大所帯ですみませんが、お世話になります。よろしくお願いします」
と礼をとった。
「ランディラカ伯のひ孫だ」
「アラン・シュタインです」
「ロビン・シュタインです」
「お嬢ちゃん、お名前を言えるかな?」
抱っこされたままで覗き込まれ、眦を下げて尋ねられる。
「リディア・シュタインです。もふさまとアオです」
と告げれば頭を撫でられる。
「いいか、テメェら、ちっちゃい女の子に汚い手で触ろうとするんじゃねーぞ、わかったな?」
それまでとうって変わった言葉遣いと迫力にびくりとする。
「ずるいぜ、オヤジ。何ちゃっかり抱っこしてやがるんだ」
なぜかその言い争いは、列をなしている筋肉マンたちの間で論争を呼び、ヒートアップし殴り合いの喧嘩となった。男爵は特別慌てるでもなく、わたしを抱っこしたまま眺めているだけだ。喧嘩に参加していない人は、座り込んだり、暴れている人から距離をとっていた。この状況にとても慣れている感じがする。ある程度時が経つと、女性陣がまたフライパンを鳴らした。
「そこまでにしな」
啖呵を切ったのは男爵夫人だ。
ドスのきいた、迫力の声。
「これ以上続けるなら、メシ抜きだよ」
今の今まで殴り合っていたのに、ピタリと動きを止め殴り合うのを止めすっと整列をする。
メシ抜きは最強呪文のようだ。
「ごめんね、びっくりしただろう? この通り、血の気の多い男ばっかりなんだ」
男爵夫人に頭を撫でられる。ロビ兄は暴れん坊と思っていたが、全然たいしたことなかった。
父さまとシヴァは朝一番に城に行かなくてはいけないため、お城のそばの宿に泊まるそうだ。わたしたちのことをくれぐれもお願いしますと言って、行ってしまった。
トイレに行って戻ってくると、なぜかシュタインVSフォンタナで試合をすることになっている。わたしも組み込まれている。
「リー、おれたちがいないときも、ちゃんともふさまと修行してたよね?」
ロビ兄がにっこり微笑んでくる。
「え、う、うん」
何で人さまのお家に泊まらせてもらうのに、試合することになってるの!?
と思ったけれど、もしかしたら、誘拐されそうになっていたかもしれない、わたしの怖いという感情を思い出させないようにとの配慮だったのかもしれない。