第21話 気づき
本日投稿する3/3話目です。
どうしよう。でも、謝るのも違う気がするし。
部屋の前をウロウロしていると母さまが声をかけてきた。
「入っていらっしゃい」
わたしが覗き込むと、母さまは優しく微笑む。
「朝ごはんはちゃんと食べた? さ、こっちにいらっしゃい」
母さまは上半身を起こした。
「ごはん、食べた」
母さまはわたしを抱き上げて、自分の隣に座らせる。
「どうしたの? 何かあった?」
瞳を覗きこまれる。口調は優しいけど、わたしの表情や仕草の何ひとつ見逃すまいとする〝母の顔〟だ。
前世のわたしよりずっと若いのに大人だな。とても怖い状況なのに、自分より子供のことを考えるんだ。そんな母さまだから、やはり謝るのは違うと思えた。だから違うことを尋ねることにする。
「ギフト、みんなもらえる?」
「ギフト?」
「兄さまたち、みんなある言った。わたしだけなかったら、どうしよう」
母さまがギュッとわたしを抱えこむ。
「もしギフトがなかったら、それがなくてもいいぐらいリディーが他の贈りものに恵まれているってそれだけのことよ」
おでこにそっとキスをくれる。
実は、本気でちょっと心配だったりする。もふさまはもふさまの言葉がわかるのはギフトに関係しているんじゃないかって思っているみたいだけど、前世の記憶があるってことでロハになるんじゃないかと思えてさ。転生しているけれど、思い出したことで、なんかはみ出してしまったような気がして、この世界から爪弾きされたらどうしようという思いがよぎる。それにみんなギフトはあるものだと確信しているみたいだけど、わたしだけそうじゃなくてがっかりさせたらどうしようと思っていた。
でも、母さまの言葉に揺らいでいた心が落ち着きを取り戻す。たとえ爪弾きされても〝ここ〟にいられればわたしは大丈夫だ。あってもなくても、もうスンバラシイ環境にいるから、いいや。そりゃないよりある方がいいけど、そうであったとしても落ち込まない! だってわたし十分に幸せだもの。でもその幸せも母さまあってこそのもの。絶対、母さま助けるんだから。呪いなんかに負けないんだから。
「でも母さまは、リディアにとても素敵なギフトが贈られると思うわ」
頭を撫でてくれる。
「ギフトってどうやってわかるの?」
「魔を通す祝福をしたときに、その人が一番わかりやすい形で〝気づき〟が訪れるの」
「気づき?」
「ある人は物の形が頭に浮かんだというし、氷の何かを授かった人は全身が凍るように冷たくなったそうよ。母さまは〝音〟でわかった」
「音?」
「リディーも、リディーが一番わかりやすく納得する形で、気づくと思うわ」
それぞれの一番わかりやすく納得できる気づきかー。それはあるなら楽しみだ。
「やっと笑顔になったわね。元気になったら外で遊んでいらっしゃい。兄さまたちが心配しているわ」
ふとドアの方を見れば、少し開いた隙間に、下からもふさま、アラ兄、ロビ兄、兄さま、父さまの一部が見え隠れしている。母さまの心のケアをなんて思いつつ、却ってわたしがみんなに心配をかけたようだ。
「うん、遊んでくる」
大きな声でいうと、慌ててドアから離れていく気配がする。
「母さま、明日水浴びいくって、もふさまが。今日ゆっくり寝てね。ビリーとベアさん、蜜くれた。おいしいの作る!」
わたしはベッドから飛び降りた。勢い余って、もう少しでおでこが床につくところだった。まだ飛び降り危険。
「大丈夫? リディー」
「だいじょぶ」
「楽しみにしてるわね」
「うん!」
外に出ると、お風呂の横に、土で作られた燻し小屋ができあがっていた。
「これ!」
「フランたちから聞いて、こういうのかと思って作ってみたんだが、どうだ、合ってるか?」
わたしはうんうん頷く。
父さま、すごい! 小屋みたいのを作れる技術もそうだけど、横穴が空いていて、ここに枝を通せば、これにお肉とか吊せる。
「父さま、土硬くするのどうやるの?」
双子もスイッチが入ったみたいで、父さまにやり方を習っている。
『リディア、我は少し出かけてくる』
「あ、もふさま、ベアさん会う、どうすればいい?」
『なぜだ?』
「蜜のお礼。シャケの開きと燻製渡す」
『それならちょうど良い。我が渡しておいてやろう』
「ありがとう。お願いします」
わたしは開きとシャケの燻製を包んだものをキッチンから持ってきてもふさまに渡した。
結んだところを咥えて走るのかと思ったが、大きくなって風呂敷包みをふわんふわんの毛の中に置いたと思ったら、それは見えなくなった。
『では行ってくる』
「行ってらっしゃい」
わたしたちは飛ぶというより、空を駆る青空に浮かぶ真っ白なもふさまを見送った。
蜜をつかったおいしいもの、何がいいだろう?
バターとパンがあるからバタートーストにして蜜をたっぷりかけよう。甘塩っぱいパンと、燻製して味が深くなった肉をあぶろう。
父さまと兄さまを巻き込んでレッツクッキングだ。
お鍋にバターをじゅうじゅう溶かして、カットしたパンを投入していく。隣のコンロでお肉と野菜も焼いていく。もふさまがブンブンの蜜はそのまま食べても害がないというので、蜂の巣の外側を取って内側一部を砕いたものを、ガーゼっぽい布に包んで、コップの上においておいた。濾された蜜がコップに溜まっている。きれいな蜂蜜色だ。
できあがったら、ブドウのジャムを添えてお盆にのっけて母さまに持っていく。
蜂蜜をたっぷりかけたバタートーストを母さまは気にいっていっぱい食べてくれた。
お腹がいっぱいになったらお昼寝だ。ああ、幸せ。
起きると、ちょうどビリーとカールがやってきた。
耳にした情報を伝えにきてくれた。
例の帽子の女性はカトレアの家がやっている宿屋に泊まっていること。トネルの親父さんのやる居酒屋で男と少しの間話をして、ヨムのところで買った野菜をその男がモロールのメイダー伯爵家に届けるよう手配したこと。
ちょっと、みんな優秀すぎる!
本当に危ないことはしていないか、探っていることがバレるような言動はとっていないか聞いたけれど、そんなことはしていないという。
いつも通り午前中は家の手伝いをして、いつもよりちょっとだけ耳をそば立てていただけだと。
ふむ。宿屋に泊まっているのか。わたしは尋ねた。
「わたしともふさま、その宿屋に入れる?」