第206話 計画通り
家に帰ると母さまにしこたま怒られました。もふさまとアオも一緒に。
でも怒られながらわたしが船を漕いだので、そこまでとなった。
起きれば朝で、アルノルトは町に行ったあとだった。
母さまからも今日は絶対に家から出てはいけないと再三言われた。わたしも神妙に頷く。母さまに詳しいことを知っているのか聞いてみたのだけど、母さまもよく知らないそうだ。
というか、母さまは父さまたちが牢屋のようなところに閉じ込められている状況を知らないみたいだ。胎教に悪いかとわたしも口をつぐむ。
アルノルトはもう少し状況を知っているだろうから、話したかったのにな。
夜遅くにアルノルトが帰ってきた。夕方に誰か来ると言っていたのに誰も来ないし、とても静かだった。成功したら人が来るとのことだったので、人が来ないということはと胸が潰れる思いだったが、アルノルトが帰ってきてから、少しわかった。
どうもハウスさんが、外の喧騒を遮断していたみたいなのだ。
夕方に使者は来て、おじいちゃんたちに連行されて町へと行ったみたいだし、その後も交代でおじいちゃんたちが見守っていてくれたようだ。
アルノルトは母さまに報告する。恙無く計画通りだが、念のため明日も家から出ないように、と話を終わらせた。
わたしは頑張って目を開けて、父さまの仕事部屋にアルノルトを引っ張っていく。
「アルノルトは父さまたちの〝作戦〟をどこまで知っているの?」
「流れは聞いておりますが、思ったように事は運ばなかったようです」
「本当に成功した? もう危険はないの?」
「はい、全てはうまくいったと手紙にありました」
『偽りはないか?』
もふさまが尋ねると、アオが通訳する。
「偽りはないか?と言ってるでち」
アルノルトは、ほっと目を和ませた。
「手紙にはそうあります。言葉が少ないのは〝後片付け〟をしているからなのでしょう」
そうか。今までにあったことも、事情聴取とかですっごく時間を取られたものね。
「アルノルトが聞いた流れとはどんなふうなの?」
「お嬢さまはもう、お休みになられる時間です。明日、お話ししますから、今日は休んでください」
ものすごく聞きたかったが、まぶたが閉じそうなのをこじ開けているのも限界だったので、アルノルトの意見に従った。けれど、起きてみれば、またアルノルトは町に行った後だった。
「もふさま、アオ、起こしてって言ったのに!」
わたしは八つ当たりをした。
「起こしたでちよ」
『いくら揺らしても起きなかった』
「ワラに突っついてもらったら、リディアごろんとしたでち。ワラ、怒ったでち」
「え? ワラ、大丈夫だったの?」
「ワラは素早いでち。逃げてからリディアの背中を高速突っつきしたでち。それでも起きなかったでち」
「……ごめん」
アルノルトを待って、昨日は夜更かししたから……。
帰ってきたアルノルトに今日こそは聞かせてもらうと意気込む。
だけどそれはとても淡白な内容だった。
「ある貴族が犯罪に手を染めていました。けれど確かな証拠がないので、旦那さまが囮になり、そこを騎士に捕らえてもらうという計画でした」
「父さまが囮ってそんな危ないことを?」
「シヴァと連携をとって危険はないはずでしたが、……違う勢力から坊ちゃんたちが狙われ、シヴァがそれを助けるために動き、みんなで捕まることになったようです。そこにお嬢さまが」
ドアが勢いよく開く。昨日と同じく父さまの仕事部屋で聞いていたのだが。
「違う勢力って? 子供たちは? フランツ、アラン、ロビンは無事なの?」
アルノルトは母さまを椅子に座らせる。
「坊ちゃんたちの強さを、奥さまもご存知のはずです。無事です」
「違う勢力って何なの?」
母さまはアルノルトを問い詰める。彼はわたしを少し気にした。
「アランさま、ロビンさまと婚約を望まれる強引な方々がいらっしゃいまして」
縁談!?
「それからフランツさまにも婚約を解消して新たに結んで欲しいという方も」
「近頃、届いていた手紙はそれだったのね」
母さまが呟く。両手で顔を覆う。
「坊ちゃんたちがこちらに残り、ジュレミーさまが不在の時、私では貴族を止めることができない場合もあります。それでジュレミーさまは坊ちゃんたちを王都にお連れになったのです」
縁談か……。
「……昨日の夕方来た使者は何者なの?」
「今、調べているところです」
「父さまは作戦がうまくいったら、わたしを婚約者にという使者が来るって言ってた。わたしは兄さまと婚約しているのになぜ?」
「旦那さまはそこまでお嬢さまに話したのですね」
少しの沈黙。
「私が聞いているのは、ジュレミーさまが囮になり捕まり、相手側がうまく行っていると思えば、この領地を好きにしようとするだろうとのことでした。ジュレミーさまと仲良くなり、ジュレミーさまが屋敷に滞在中に不慮の事故で亡くなる。亡くなる前に証文で、お嬢さまと家の者の婚約と、自分に何かあった場合、奥さまではなく自分が後見人になるとでもするとね」
「そんなばかな!」
だって、そんなこと口にするのも嫌だけど、父さまに何かあっても領主を指名するのは国だ。領地を好きにできるわけない。あ、だから後見人。そうか、アラ兄やロビ兄だと成人すればシュタイン伯となる可能性が高い。だからそれまでは後見人で、わたしと家門の者を婚約させて親戚になる必要があるのか。領地発展中だから目をつけられたとか!?
「ええ、世の中には本当に愚かな人が多くてですね。欲の皮が厚くなると、善悪も見境もなくなってくる者がいるんですよ。だから付け入る隙があるというところもあるのですが」
不慮の事故で亡くなる? そんな危険な想定だったの!?
「あの人は何でそんなことを……」
「ご家族を護るためです」
母さまと顔を見合わせる。
「護るため?」
アルノルトが頷く。
アルノルトはこれ以上は、父さまが戻って来たときに聞いてくれといった。
「もふさま、レオはもうとっくに帰って来ていい頃だよね?」
『ああ、確かに』
「……手紙に父さまたち無事って書いてあったんでちよね? 大丈夫でち」
『あやつのことだから、帰ってくるのを忘れて遊び呆けているのやも』
「手紙で心配かけないようにしているだけで、何かあったんじゃ」
『リディア、大丈夫だ。領主も、次期辺境伯も、兄たちも強い。簡単にやられるようなたまじゃない』
「殺られる?」
『いや、それはそういう意味で言ったのではない。……大丈夫だ』
そりゃみんなが強いのはわかっている。でも、不安が胸の中で渦をまいて、どうにかなりそうだ。
わたしは母さまの元に走った。
ドアを開けると、鏡の前で髪に櫛を入れていた。
鏡ごしに目が合う。
「母さま、わたし王都に行く」
母さまは目を伏せる。
「どうやって?」
「もふさまに乗って」
一歩母さまに近づく。
「王都で急にリディーが現れて、そのことをどう説明するの?」
「遠くから見るだけ。無事かどうか確かめるだけ」
母さまがこちらに体の向きを変えた。
「何が起こるかわからないわ。リディーまで危険な目にあったり、誰かに見られたらどうするの?」
それは……。
母さまがわたしの手をとって引き寄せる。
「母さまが兄さまたちを、心配していないと思う?」
ダメ押しに、わたしは首を横に振った。